第132話:「口上:1」

 フェヒターに率いられたおよそ100名の私兵たちは、ぞろぞろと不揃いな隊列でやって来ると、シュペルリング・ヴィラの敷地内に進入し、屋敷の正門の前に陣取った。


 彼らは、短時間の間に改造され、臨時の要塞となったシュペルリング・ヴィラの様子に驚いていた様子だったが、白馬にまたがったフェヒターは不敵な笑みを浮かべると、少しも動じることなく馬から降りて、私兵たちの前へと進み出る。


「見ろ! この不格好な姿を!

 すずめ公爵め、ここまでしないと、オレが怖くて怖くて、夜も眠れなかったのだろう! 」


 そしてフェヒターは、要塞化されたシュペルリング・ヴィラを前に不安そうな顔をしている私兵たちを見渡しながら、エドゥアルドたちのことを嘲笑あざわらう。


 私兵たちの士気を鼓舞するためにわざとそう言っているのかもしれなかったが、どうやら、自信ありげな様子だった。

 エドゥアルドのことを甘く見ているのか、それとも、別の理由があるのか。


 ただ、私兵たちの表情が多少は明るくなったのは、確かだった。

 フェヒターの言葉でエドゥアルドがバリケードの向こうで怯えているのだと思った私兵たちは、その口元に笑みを浮かべ、口々に「出て来い、すずめ公爵! 」「怖くって、できないんだろう!? 」などと、エドゥアルドをあおるような声をあげる。


 私兵たちは、皆、元々はただのごろつきたちだ。

 エーアリヒ準伯爵からの支援を受けたフェヒターが、彼好みの派手な衣装で着飾らせ、オズヴァルトから横流しさせた小銃で武装させてはいるが、あくまで軍隊のように見えるのはその外見だけだ。

 口汚くエドゥアルドたちのことをののしる口調は、あまりにも品のないものだった。


「やれやれ、フェヒター準男爵も、もっと雇う人間は選ぶべきです」


 バリケードによって守られた屋敷の中で、私兵たちから浴びせられる罵声を聞き流しながらヴィルヘルムが肩をすくめてエドゥアルドを振り返る。

 すると、フェヒターからの挑発に額に青筋を浮かべていたエドゥアルドは冷静さを取り戻せたようで、バルコニーに向かって前に出ようとしていた足を止め、深呼吸をして笑みを見せる。


「まったくだな、プロフェート殿。あんな品のない挑発に乗せられたら、公爵の名折れになるところだった」


 フェヒターは、一応、タウゼント帝国の貴族としてのプライドを持ち合わせてはいるようだったが、これまでの行動を見ると、エドゥアルドに対して必ずしもそれが発揮されるという保証はない。

 エドゥアルドがフェヒターに反論するために姿をあらわしたところを、隠しておいた暗殺者に狙撃させる、くらいのことはしかねなかった。


「出て来い、すずめ公爵!

 それとも、もう逃げ出してしまったのか?


 いや、違うな!

 オレのことが怖くて、1歩も動けないんだろう!? 」


 フェヒターは、しつこく、エドゥアルドに向かって罵声ばせいを浴びせ続ける。


「それは、そうだろうなぁ!

 だって、お前は、本物のノルトハーフェン公爵ではないものな!


 本物のノルトハーフェン公爵は、本来のノルトハーフェン公爵は、このオレ、ヨーゼフ・ツー・フェヒターなのだからな!


 せっかくの機会だから、すずめ公爵と一緒に屋敷に隠れている兵士たちにも、その小僧が正当な公爵ではないという理由を教えてやろう! 」


 どうやらフェヒターは、エドゥアルドが挑発に乗ってこないために、その周囲で守りについている兵士たちの心理を揺さぶる作戦に切り替えたようだった。


 ここで守りについている人数は、警護の兵士たちが半中隊、士官も含めて60数名と、ヨハン・ブルンネン以下、近隣の猟師たち数名の、70名程度。

 フェヒターの私兵たちには数で劣るが、バリケードを築いている分優位に戦える人数がそろっている。


 だが、エドゥアルドたちはじっとバリケードの影に姿を隠したまま、息をひそめている。

 ミヒャエル少尉が連絡しに行った、アーベル中尉に指揮された残りの半個中隊が到着すれば、形勢はエドゥアルドたちに断然、有利なものとなるはずだからだ。


 時間をかければかけるほど有利になるのだから、エドゥアルドたちは、徹底的に時間稼ぎをするつもりだった。


「いいか、兵士たち!

 その小僧は、本来、ノルトハーフェン公爵を継ぐ資格のない者なのだ!


 なぜなら、このオレ、ヨーゼフ・ツー・フェヒターこそが、ノルトハーフェン公爵家の嫡流であるからだ!


 わが父は、先々代のノルトハーフェン公爵の、嫡出子であった!

 タウゼント帝国の国法でも、慣習でも、嫡子が領地と爵位を引き継ぐと決まっている!


 しかし、その、すずめ公爵の父が、卑怯な手を使い、我が父を嫡子の座から追いやったのだ!


 ゆえに、オレこそが、本来のノルトハーフェン公爵!

 その小僧は、不当に地位を得ているのに過ぎんのだ! 」


 フェヒターの主張に、エドゥアルドは眉をひそめる。


 フェヒターがノルトハーフェン公爵家に連なる者だと自称していたことは知っていたが、まさか、エドゥアルドと従兄弟の関係だとは知らなかったからだ。


 どうせ、作り話だろう。

 エドゥアルドはそう鼻で笑ったが、しかし、フェヒターの主張を黙殺することもできなかった。


 嫡子が領地と爵位を継承する。

 フェヒターが言った通り、タウゼント帝国の国法でも、慣習でも、そのように決められている。

 それは、嫡子に精神的異常や身体的欠損など、統治を行う上で明らかに問題となり、皇帝のために果たさなければならない義務を果たす能力が不足していない限り、必ず守られる法だった。


 領地と爵位を継承するということは、それだけの富と名誉を継承するということになる。

 当然、それを得たいと望むものは多かったし、血みどろの争いに発展することも多い。

 だからこそ嫡子を優先とする国法が定められ、慣習的にずっと守られて来たのだ。


 フェヒターの話が本当だとすれば、確かに、エドゥアルドにはノルトハーフェン公爵でいる資格がないということになる。

 フェヒターの話を聞いた兵士たちは少しも動揺などしてはいなかったが、しかし、このままエドゥアルドがだんまりを続けていれば、心が揺らぎ始める者が出てくるかもしれない。


 エドゥアルドは、自身の立場を明らかにする必要に迫られていた。

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