第131話:「私兵」

 こちらが備えているのだということを、はっきりと示す。

 それは、うまくすれば攻撃そのものが中止されるのではないかと、そういう期待もあっての行動だった。


 だが、その思惑は、外れた。


 ゲオルクと騎乗できる数名の兵士と共に、乗馬してシュペルリング・ヴィラの周辺の警戒に出ていたミヒャエル少尉が、フェヒターの私兵たちが向かってきていることを告げたのは、エドゥアルドたちが屋敷で応戦準備を整えた、その翌々日のことだった。


 向かってきている人数は、100人以上。

 予想していた通りの大人数で、全員、フリントロック式のマスケット銃で武装しているということだった。


 その集団の中央には、フェヒター自身もいるらしい。

 彼はいつも以上に派手な服装で、白馬にまたがり、まるで自身の存在を見せつけるようにしているのだという。


 フェヒターの私兵たちは、ぞろぞろと雑な隊列を組んで、雪の積もった街道をこちらへ向かって行進してきている。

 到着するまでは、あと30分もないだろうということだった。


「報告、ご苦労だった。すまないが、ミヒャエル少尉。夜の警備についていた兵士たちにも急いで連絡して、救援に来るように伝えてくれ」

「はっ! ただちに! 」


 報告を終えたミヒャエルは、エドゥアルドにそう命じられると、すぐさま立ち上がって自身の愛馬へと向かって行った。

 病み上がりだということを少しも感じさせない、さっそうとした様子だ。


「申し訳ございません、殿下。どうやら、わたくしの考えは、外れたようです」


 エドゥアルドと一緒にミヒャエルからの報告を聞いていたヴィルヘルムは、ミヒャエルが去るのと同時にそう言ってエドゥアルドへと頭を下げる。


「いや、プロフェート殿。気にするな。……大げさに準備をしておいたおかげで、こちらは万全の状態でフェヒターを迎えうつことができる」


 大げさに準備をすれば攻撃自体がなくなるかもと言ったのに、そうならなかったことをヴィルヘルムは謝罪したのだが、エドゥアルドは少しも気にした様子もなく、首を左右に振った。


 それからエドゥアルドは、一緒にミヒャエルからの報告を聞いていたペーター大尉へと視線を向ける。


「ペーター大尉。フェヒターの私兵が攻め寄せて来る。見事、撃退して見せて欲しい」

「はっ! それは、もちろん! 」


 ペーターはかしこまったように一礼すると、しかし、すぐには動き出さずに、じっとエドゥアルドの顔をうかがう。


「ん? どうしたのだ、大尉? ……なにかあるのなら、遠慮せず教えてくれ。僕は、実戦はこれが初めてだし、ベテランの士官である貴殿から助言をもらえるのであれば、ぜひ、聞いておきたい」

「いえ、その……、助言というようなものでは、ないのですが」


 ペーターは、エドゥアルドのまっすぐな、本心からそう言っているのだろうと思わせられる口調での言葉に、顔に冷や汗を浮かべながら口ごもる。


 いつも赤ら顔で、太っちょで陽気な大尉。

 ペーターはそんな印象の男だったが、今の彼は少しも酔っておらず、ただ、恐縮きょうしゅくしているようだった。

 そんなペーターの言葉をエドゥアルドはじっと待っていた。


「その……、殿下。本当に、我らにお任せしていただいて、よろしいのでしょうか? 」


 自分の言葉を待っている。

 そう感じたペーターは、やがてそう言うと、探るような視線をエドゥアルドへと向けた。


「ああ。……僕は、貴殿たちを信頼することにした」


 そんなペーターに向かって、エドゥアルドは明るい、純粋じゅんすいな笑みを向ける。


「どうせ、僕は[すずめ公爵]だ。

 公爵とは名ばかりの、実権のない、小僧だ。


 だから、僕にできることは、貴殿たちを信じることしかない。

 それしかできないのだから、僕は、貴殿たちのことを信頼する」


 ペーターの懸念は、エドゥアルドにもわかっている。


 兵士たちの中に、裏切り者が潜んでいるかもしれないということ。

 それを、ペーターは心配しているのだ。


 兵士たちの演習に参加したエドゥアルドのことを狙った、暗殺者。

 あの暗殺者のような者が兵士たちの中に紛れ込んでいれば、これから始まるフェヒターの私兵たちとの争いの中で、突然裏切り、エドゥアルドを害するかもしれない。


 戦闘が始まれば、当然、エドゥアルドの身辺には隙が生まれる。

 そもそも彼を守るための兵士が裏切るかもしれないのだから、防ぎようもない。


 それでも、エドゥアルドは兵士たちのことを信頼することに決めている。

 自分が、そしてエドゥアルドのために懸命に働いてくれたルーシェたちが積み上げてきたものを、エドゥアルドは信じることにしているのだ。


「かしこまりました。……不肖ふしょう不才の身ではございますが、我が力、つくさせていただきます。殿下のおんために」


 そのエドゥアルドの曇りのない笑みに、ペーターは重々しくうなずきながらそう答え、そして、すでに臨戦態勢を取るために動き出している兵士たちに細かな指示を与えるためにその場を離れていった。


「さて。……僕らも、上にあがろう」


 ペーターの背中を見送ったエドゥアルドは、自分の近くにひかえていた人々の顔を、順番に見つめたあと、そう言って微笑んで見せる。


 ヴィルヘルムが、シャルロッテが、マーリアが、ゲオルクが、エドゥアルドにうなずき返す。

 ただ1人、ルーシェだけは、不安そうなまなざしで、エドゥアルドのことを見つめている。


 ルーシェは、エドゥアルドから「安全な場所に避難してもいいのだぞ」と言われていたのだが、この場にとどまった。

 カイとオスカー、2匹の家族も、一緒だ。


 ルーシェたちには、この場所、エドゥアルドの居る場所以外には行く当てなどなかったし、他のどんな場所に行くつもりもない。

 だから、エドゥアルドたちと一緒に、ルーシェも、自分にできる[戦い]をしようと覚悟している。


 だが、やはり、不安でたまらない。


 ルーシェは、エドゥアルドたちのことを信じている。

 あの、傲慢ごうまんで威張り散らしたフェヒターに、必ず勝つと、信じている。


 だが、もし、1発の弾丸が、まぐれでもなんでも、エドゥアルドの身体に命中してしまったら。

 そう想像すると、ルーシェの胸の中が、きゅっと、しまって、息が苦しくなる。


「大丈夫だ。……僕は、ノルトハーフェン公爵だぞ? 」


 そんなルーシェの不安をわかってくれたのか、エドゥアルドはそうはげますように笑って見せると、マントをひるがえし、前へと進み始める。


 そしてエドゥアルドは、もう、後ろを振り返りはしなかった。

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