第130話:「備え」
警戒しているぞ、と、相手側に伝わるように。
エドゥアルドたちは、少し大げさに動き始めた。
まずエドゥアルドは、その日のうちに屋敷の警備部隊の責任者であるペーターを呼び出し、警備を強化するように命じた。
当然、ペーターはその理由を確認したが、エドゥアルドは隠し立てせず、「フェヒター準男爵が私兵を率いて攻撃してくる恐れがある」と告げ、その規模が100人程度になりそうだということも明かした。
その隠し立てのない物言いにペーターはひどく驚いた様子だったが、警備を強化することを了承し、4交代制で続けてきた無理のない警備体制を変え、2交代制として、1度に警備に当たる兵士の数を強化した。
それだけではなく、警備につく兵士たちは戦場に向かう際と同じだけの弾薬を携行し、警備中は常に実弾を装填した小銃を装備することとされた。
また、エドゥアルドは、マーリアに依頼し、以前、狩りはじめの儀式の際に協力を得て
実権のない公爵であるエドゥアルドは、自前の兵力というものを持ってはいない。
現在のノルトハーフェン公国軍というのは、傭兵を主体とした軍隊で、封建制の時代のように明確な主従関係を持った諸侯とその配下の兵士たちから成る軍隊とは異なっていたが、領地経営に成功して経済力を持つ諸侯はそれぞれ自前で私兵を整えていることが一般的だった。
それは、諸侯の身辺警護などにいつでも自由に使うことのできる護衛としての需要があり、古くからの貴族の権利として認められているからだ。
たとえば、エーアリヒ準伯爵などは、自身の領地の収入から2、3個中隊ほどの私兵を養っている。
他の貴族たちも、規模も兵装も違っているが、それぞれの私兵を持っている。
だが、エドゥアルドにはそれがない。
ノルトハーフェン公国軍がエドゥアルドの兵士である、と言うことができればよかったのだが、その指揮系統は摂政であるエーアリヒによって
だから、マーリアという信頼のおけるメイドのその血縁者ということと、狩りはじめの儀式で見せた活躍からエドゥアルドからの信頼を勝ち得ていたヨハンと、そのヨハンが見立てた数名の志願者たちは、たとえ数が少なくとも重要な存在だった。
そのヨハンたちだけが、エドゥアルドが直接、自由に動かすことのできる兵となってくれるからだ。
ヨハンはマーリアから連絡を受けたその翌日には、彼が信頼できると判断した地元の猟師仲間たちを引き連れてシュペルリング・ヴィラをたずねてきた。
数は少ないとはいっても、その多くが経験豊富な猟師たちで、自前の前装式ライフル銃を持ちよってきていたので、射撃という点では他のどんな兵士よりも優れていた。
また、騒ぎを聞きつけて、ポリティークシュタットの軍病院で療養中だったミヒャエル少尉が駆けつけて来てくれた。
「早期退院してきました」、などとミヒャエルは説明したが、その実際のところは、病院を抜け出して来たのだ。
エドゥアルドはミヒャエルの身体のことを心配したが、ミヒャエルは力強い笑みで「殿下がお倒れになられたら、わが身の立身出世も成り立ちませぬから」と、自身の胸を叩きながら言うので、エドゥアルドも「なら、よろしく頼む」と言って苦笑する他はなかった。
共に戦ってくれる者たちを集めるのと同時に、ヴィルヘルムの指示で、シュペルリング・ヴィラにはできるだけの[要塞化]が施された。
元々、シュペルリング・ヴィラはノルトハーフェン公爵家の別荘として、リラックスできるように建築されたものだった。
だから、その建物はみな使いやすさ・快適さが優先されて作られており、そこに籠城して敵を迎えうつようには作られてはいない。
だが、ヴィルヘルムは抜け目なく、エドゥアルドの家庭教師として働くかたわら、シュペルリング・ヴィラを、エドゥアルドを守る[要塞]とするためにはどうすればいいのかを考えていたようだった。
彼はヨハンたちや兵士たちを指揮し、屋敷の内外にバリケードを築いていった。
基本的な構想としては、屋敷の1階部分は捨て、2階部分で籠城するというものだ。
そのために、屋敷の2階にできるだけ多くの、戦闘に必要そうな物資が運び上げられ、銃撃戦となった時に備えて壁を補強し、銃眼として使う予定の窓からは、敵弾が飛来して来た時にガラスが砕けて飛び散らないようにガラスを外し、銃の狙いを安定させるためと敵弾を受け止めるための銃座を築いて防御した。
1階部分にも、手が加えられた。
屋敷には住んでいる間の利便性が良くなるようにたくさんの出入り口が作られているのだが、不便を忍べばなくてもかまわない部分はバリケードで塞ぎ、フェヒターたちが攻撃してきても屋敷の内部に入り込める場所を限定した。
2階に作られた銃眼からは、残された出入り口に向かって十字砲火を浴びせることができるようにうまく調整されている。
許可なく屋敷の内部へ侵入しようとすれば、たちまち、いくつもの弾丸が浴びせられることになるだろう。
短い時間の準備で、シュペルリング・ヴィラはその主を守る、立派な要塞へと生まれ変わっていた。
ルーシェには力仕事は難しかったし、戦うために準備をする人々を手伝うことはできなかったが、自分にできることをした。
まずは、腹が減っては戦ができぬ、ということで、シュペルリング・ヴィラを要塞化するために働く人々のために、マーリアやシャルロッテと一緒になってたくさんの食事を用意した。
それと並行して、保存食となり、いつでも簡単に食べられる食事も用意した。
まさか、何日も屋敷に籠城することにはならないだろうとは思うものの、なんでも、あったら役に立ちそうなものは準備しておかなければならないと思ったのだ。
それからルーシェは、マーリアに教えてもらいながら、もし負傷者が出てしまった場合に、手当てをするための救護所の準備を手伝った。
けが人が出てしまった時に備えて。
その事実はルーシェに重くのしかかり、これから本物の弾丸が飛び交う戦いになるかもしれないのだということを実感させる。
だが、ルーシェは、一生懸命に働き続けた。
エドゥアルドたちだけではなく、普段からルーシェに良くしてくれる兵士たちが傷つくところは見たくもないし、想像もしたくはなかったが、もしそうなってしまった場合、その命を救えるかどうかは、きちんと手当の準備ができているかどうかにかかっている。
誰かを、失うことになったら、どうしよう。
そんな不安から逃れるためにも、ルーシェは、前に、自分にできることをこなし続けるしかなかった。
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