第129話:「予兆:2」

 攻撃を受ける。

 シャルロッテの口調は落ち着いたものだったが、その真剣な様子に、差し迫った危険が迫りつつあるのだということをルーシェも理解した。


 怖いと、思う。

 だが、ルーシェは、震えそうになる足をぎゅっと手で押さえ、身体を踏ん張り、そのふくれあがって来る感情をこらえ、乗り越えた。


 自分だって、公爵家の、エドゥアルドに仕えるメイドなのだ。

 ここ以外に自分の居るべき場所などないし、エドゥアルドの運命が、ルーシェにとっての運命であると思っている。


 だからルーシェは、どんなに怖くても、これからこの場でなされる話をしっかりと聞くつもりだった。


 そして、エドゥアルドもシャルロッテも、ルーシェに部屋を出ていくようにとは言わなかった。

 ルーシェは1人のメイドで、戦う役に立ちはしないし、まだ幼さを色濃く残してはいるが、それでも、このシュペルリング・ヴィラに住む1人として、認められ、信頼されているからだった。


「フェヒターが集められる人数は、どれほどだろうか? 」


 腕を組んで考え込んでいたエドゥアルドがそう確認すると、シャルロッテはうなずき、その問いかけに答える。


「はっきりとは、わかりません。……ですが、以前、オズヴァルト殿が[廃棄]された小銃が、100丁でございますから、その程度の人数を集めてくると思われます」

「銃兵、100人、か」


 それは、現在このシュペルリング・ヴィラを防衛するために警備についている、ペーター大尉率いる歩兵中隊の全力に匹敵する人数だった。


 いや、実際に戦う時になれば、フェヒターが引き連れてくるはずの100人よりも、こちらは少ない人数となってしまうだろう。

 屋敷を常に警備するためには交代制をとらなければならず、常に屋敷に張りついていられる護衛の兵力は少なくなるし、なにより、その中から裏切り者が出ないとも限らない。


 もしフェヒターが本当に100人ものごろつきを、もはや私兵と言ってもいい集団を率いて攻めよせてくれば、かなり厳しかった。


「殿下が集めることのできる兵力は、どれほどになりましょうか? 」


 単純な計算では明らかに劣勢となると予想し、悩んでいるエドゥアルドに代わって、ヴィルヘルムが発言する。


 シャルロッテは、ほんの一瞬だけ、ジロリ、とヴィルヘルムのことを睨みつけた。

 ヴィルヘルムは今ではすっかりエドゥアルドの家庭教師としての立場を確立し、エドゥアルドからの信頼を勝ち得てはいるが、元々はエーアリヒが送り込んできたスパイと言って差し支えのない、怪しい人物なのだ。


 シャルロッテからすれば、「なぜ、あなたがここにいるのですか? 」といったくらいの存在だったが、エドゥアルドが信用している以上、シャルロッテは表立ってその不信を口にすることはしなかった。


「残念ですが、ほとんどおりません。ペーター大尉に命じて警備を強化しても、フェヒター準男爵にこちらが準備をしていると気取られることになりますし……、マーリアメイド長の親戚で猟師をしているヨハンという方がいらっしゃいますが、猟師であるその方のツテで集めたとしても、10名もいないかと」


 シャルロッテは、ヴィルヘルムの問いかけに、黙り込んでいるエドゥアルドにも聞こえるようにしっかりとした口調で答える。

 エドゥアルドにも情報を伝え、判断を下しやすいようにするためだった。


「この際ですから、相手方にこちらの動きが伝わってしまうことなど気にせず、応戦の準備を進めてしまった方がいいでしょう」


 ヴィルヘルムもまた、エドゥアルドにも聞こえるような大きさで自分の意見を述べる。


「こちらの動きが相手方に知れれば、対策を取られてしまうのでは? 」


 エドゥアルドたちが警戒しているということを一切隠さずに対応の準備をするべきだというヴィルヘルムの主張に対して、シャルロッテは疑わしそうな視線を向けた。

 しかし、ヴィルヘルムはいつものように柔和な笑みを崩さず、肩をすくめてみせる。


「いいえ。わざと知らせた方がいいのですよ」

「はい? ……あなた、やはり裏切るつもりですか? 」

「そのつもりなら、ここで堂々と言ったりしません。


 今回のフェヒター準男爵の動き、わたくしはまったく、存じ上げませんでした。

 なぜなら、エーアリヒ準伯爵からは、なにも、新たな指示は届いていないからです。


 ということは、と、わたくしは考えました。

 これは、エーアリヒ準伯爵の考えではなく、フェヒター準男爵の単独での、独立した動きではないか、と。


 もしそうであるのなら、我々が動くことによって、エーアリヒ準伯爵にも状況が伝わり、かえってフェヒター準男爵を止める方向に動くのではないかと思うのです」


 そのヴィルヘルムの説明に、シャルロッテは、納得できるような、できないような、そんな複雑そうな表情を浮かべる。


「ルーシェ。少し、聞いてもいいか? 」

「……ふへっ!? はっ、はいっ、エドゥアルドさま! 」


 自分なりに、シャルロッテとヴィルヘルムがなにを話し合っているのかを理解しようと悩んでいたルーシェだったが、突然エドゥアルドから名前を呼ばれ、驚いて反射的に背筋を伸ばしていた。


「ルーシェ。お前は、今でも兵士たちへの差し入れを続けてくれているな? 」

「はいっ。その、毎晩、差し入れをさせていただいております! 」

「それで、お前の目から見て、兵士たちの様子はどうだった?

 今までと違う、不審な動きを見せている者はいたか?

 あまり深く考えずに、お前の直感で答えてくれ」


 ルーシェには、エドゥアルドがどうしてこんなことをたずねてくるのかわからない。

 だが、あるじの問いかけだったし、エドゥアルドの口調は、ルーシェを見つめる視線は、真剣そのものだった。


「はっ、はい! え、えっと、ルーが見ている限りでは、兵隊さんたちには、変わったところはなかったと思います! 」


 だからルーシェは、緊張しながらも、正直に、言われた通りに深く考えずに答えた。


 すると、エドゥアルドはなにかを心の中で決めたように大きくうなずき、シャルロッテとヴィルヘルムの顔を順番に見てから、口を開く。


「兵士たちにも目立った変化がないということなら、やはり、フェヒターはエーアリヒ準伯爵に連絡せずに動いていると考えていいだろう。

 プロフェート殿の言うとおり、ここは、少し大げさなくらいに動いた方が良さそうだ。


 それで、結果的に攻撃が中止されるのなら上々。

 そうでなくとも、なんの対策もせずにフェヒターの攻撃を受けるよりは、ずっといい」


 それで、いいだろうか。

 エドゥアルドが念を押すように再びシャルロッテとヴィルヘルムの顔を見ると、2人はうなずき返して見せる。


「では、決まりだな」


 エドゥアルドもうなずき、そして、フェヒター準男爵の攻撃を迎えうつ準備が始まった。

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