第52話:「狩り:4」

 やって来たのは、1人の男だった。

 一目で、おそらくは何かの職人だろうと思われる人物で、動物の毛皮でできた帽子にベストを身に着けた、立派な口ひげを生やした初老の男だった。


「公爵殿下。ぜひ、ご紹介させてくださいませ。実は、この者が、殿下にお使いいただいている銃を作った者なのです」


 エドゥアルドの近くまでやってきて男が片膝をつき、かしこまってこうべれると、エーアリヒがその男のことをそう紹介した。


 それを聞いて、エドゥアルドは「ほぅ」と、思わず感心するような声をらす。


「お前がこの銃を作ったというのか? 」

「はっ。摂政様の命で、腕によりをかけて作らせていただきました」


 エドゥアルドが確認すると、その男、銃器職人ガンスミスは、頭を下げたまま肯定する。


「実に見事な出来栄えだ。おかげで、あの狼を倒すことができた。あらためて礼を言う」

「ありがたき幸せにございます」


 エドゥアルドにそう称賛され、銃器職人ガンスミス声を震わせながら恐縮したようになる。


「この者、他国から流れてきた者で、あまり名は知られておりませぬが、殿下もすでにご存じの通り良い腕をしております。オズヴァルト男爵のように、品質の良い銃を大量生産することも優れた業績で、貴重な者ではございますが、この者のように1丁1丁に魂を込める職人もまた、貴重な者でございます」


 公爵を前に萎縮いしゅくしている様子の銃器職人ガンスミスのことを、エーアリヒは高く評価しているようだった。


「摂政殿のおっしゃることはもっともだ。それで、わが国には、この者のように優れた職人は他にもいるのか? 」

「もちろんでございます。数名ではございますが」

「なるほど。……ぜひ、知己ちきを得て、これからもその腕を存分に振るってもらいたいものだ」


 エドゥアルドは世辞ではなく心からそう言うと、「では、任せる」と言い、自身が使っていたライフル銃を再装填させるために銃器職人ガンスミスへと渡す。


 エドゥアルドから銃を受け取った銃器職人ガンスミスはかしこまって両手で銃を受け取ると、顔をあげないまま数歩下がり、そして自身の馬に背負わせてきた道具入れから予備の弾薬を取り出し、さっそく銃に弾を込め始めた。


────────────────────────────────────────


 銃器職人ガンスミスによる弾薬の再装填には、かなりの時間がかかった。

 だが、エドゥアルドは、水筒から水を飲んだり、客人たちとの談笑を(決して楽しくはないものだったが)したりしながら、気長に待った。


 元々、前装式のライフル銃の再装填に時間がかかることは知っている。


 公爵としての威厳を示すために、狩りはじめの儀式の間中、ライフル銃への装填はその扱いに慣れていることもあってヨハンに任せていたが、エドゥアルドは事前にライフル銃の使い方を学んだ時に、自分でも実際に再装填を行ってその難しさは理解している。


 加えて、銃器職人ガンスミスはずいぶん、緊張している様子だった。

 公爵を前にし、自分自身の手で公爵のために装填を行うということを、かなり強く意識している様子だった。


 その額にはいくつもの汗が浮かび、槊杖さくじょうを動かして銃口に弾丸を押し込むその手は震え、そして、汗で何度も滑っていた。


 あまり急がなくともよい。

 思わず、エドゥアルドがそう声をかけたくなってしまったほどだ。

 もっとも、そう言っても相手はエドゥアルドのことをさらに意識して余計に恐縮してしまうだけだと思ったので、エドゥアルドは黙っていたのだが。


「大変、お待たせをいたしました」


 やがて、ようやく再装填を終えた銃器職人ガンスミスが、エドゥアルドの前にひざまずき、両手で銃を差し出して来る。


「ご苦労だった」


 エドゥアルドは、自分よりもずっと銃の扱いに詳しいはずの銃器職人ガンスミスがやたらと時間をかけて再装填していたことにはなにも言わず、軽くその労をねぎらいながら銃を受け取る。

 あまりに緊張している様子なので、なるべく会話はしないようにした方が相手も安心するだろうと、そう気を使ったのだ。


 ライフル銃には、しっかりと弾薬が装填されていた。

 エドゥアルドは一応自分でもそれを確認すると、次の獲物がいつ姿をあらわしてもいいように銃を手にして、すぐにかまえて発射できるように心構えを作る。


 エドゥアルド側の準備が終わったことが追い子たちに伝えられると、追い子たちはまた、エドゥアルドの方に向かって獲物を追い立て始める。


 やがて、森の奥から、鹿の群れが姿をあらわした。

 どうやら、雄鹿ばかりで集まっている群れのようだった。


 ゲオルクが言うには、味は雌鹿の方がいいらしいのだが、雄鹿の立派な角は価値のあるものとして認められているし、記念にもなるものだ。


(せっかくだ。今度の獲物の角は、記念にもらっておこう)


 エドゥアルドは、初めての公爵としての公務を無事に終えた記念として、シュペルリング・ヴィラのどこかに鹿の角を飾りたいと思いつつ、特に立派な角を持つ鹿を見つくろい、ライフル銃をかまえる。


 鹿たちは、追い子たちに追われて、どんどんこちらに駆けてくる。

 エドゥアルドは静かに息をしながら、冷静に彼らが十分に近くまで来るのを待った。


 なにしろ、撃てば、狙ったところに弾が飛んでいくのだ。

 確実に狙いをつけて撃てば必ずうまくいくとわかっているのだから、エドゥアルドは狙いをつけていつ引き金を引くかだけに集中することができた。


 やがて、雄鹿の群れは、撃てば絶対に外れない、そして銃が一撃で致命傷を与えられる距離にまで接近した。


(来た! )


 エドゥアルドはその瞬間を見計らい、引き金を引こうとしたが、しかし、できなかった。


「お待ちくださいませ! 公爵殿下! 」


 エドゥアルドが引き金を引こうとした瞬間、突然、ヨハンがエドゥアルドの銃を抑え、真剣な表情で鋭くそう叫んだからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る