第51話:「狩り:3」
エーアリヒから献上されたライフル銃は、本当に素晴らしい性能を発揮した。
狙ったところに、弾が当たる。
たったそれだけのことなのだが、機構上の特性で弾道が安定しにくいマスケット銃の方が一般的であるために、ライフル銃の持つその特徴は、エドゥアルドを魅了した。
これが、自分にとって初めてとも言える公爵としての公務であること。
加えて、大勢の人々から注目されているということ。
そして、その中に公爵位の
それらのことを忘れ、エドゥアルドは思わず、狩猟に熱中しそうになってしまう。
最初に仕留めた雌鹿をはじめとして、雌鹿をもう1頭、さらに、見事な角を持った雄鹿を1頭。
エドゥアルドはどの獲物も1発で仕留めて見せ、その光景を目にした人々は口々にエドゥアルドを称賛した。
特に見ものだったのは、不意に飛び出して来たはぐれ狼をエドゥアルドが仕留めた時のことだった。
事前の調査ではこの辺りに狼はいない、ということになっていたのだが、どうやらそれは誤りで、1頭、紛れ込んでいたらしい。
その狼は、周囲の騒動を警戒してじっと茂みの中に潜んでいたのだが、追い子たちがそれに気づかずに茂みに接近してしまい、それに驚いた狼が飛び出して来た。
狼は興奮状態で、追い子たちに驚いて逃げ出したものの、周囲のどこにも人間だらけで逃げ道がないと理解すると、正面にいるエドゥアルドたちに向かって真っすぐに突っ込んできた。
逃げられないのだからとにかく目の前に突っ込んでかく乱し、なんとか隙を作って逃走しようとでも考えたらしかった。
エドゥアルドは、本物の狼と対面するのは初めてのことだった。
狼は古くから、人間の家畜を狙い、時には人間を襲う危険な獣、害獣として扱われており、時の皇帝の命令によって駆除が行われるなど、年々、数を減らして来た。
だから、狼を見かけることなどめったにないことで、公爵ともなるとそんな機会があるはずもなかった。
狼だ。
エドゥアルドは、周囲にいた追い子たちに吠えて退かせ、その隙に自分の方に向かって真っすぐに駆けてくる獣が、話にしか聞いたことのないそれだと気づいたが、冷静だった。
狼の牙は鋭く、頭は賢く、素早い身のこなしをする。
時には人間さえも食い殺すことがあるほどだったが、今のエドゥアルドの手には、素晴らしい性能を持つライフル銃があった。
狙えば、当たる。
そのことが、エドゥアルドの自信になった。
エドゥアルドは狼に静かに狙いを定めると、狼が自分へと十分に接近し、その目がはっきりと見えるほどの距離にまで引きつけてから引き金を引いた。
銃口から弾丸が放たれると、それはエドゥアルドの狙い通りに飛翔し、狼の心臓の辺りを射貫いて、一瞬で絶命させる。
地面に倒れた狼に、すぐにヨハンが駆けよってその生死を確かめた。
そして、狼が絶命していることを確認したヨハンが、「お見事です、公爵殿下! 成熟した雄の狼です! 」と告げると、周囲にいた人々からどよめくような感嘆の声が漏れ聞こえてくる。
「フン。狼なものか。どうせ、その辺にいる野犬に違いない」
フェヒター準男爵などは気に入らなさそうにそんなことを言うのだが、エドゥアルドにはもう、少しも気にならなかった。
大勢の人々の目の前で、公爵としての務めを果たすことができている。
そのことが、エドゥアルドにとってはなによりも嬉しく、そして、狩りを楽しいとさえ思えるほどになっていたからだ。
「大変、申し訳ございません、殿下。事前に確認させたのですが、まさか、このような場所に狼がいたとは……」
馬を降り、エドゥアルドの方にまで近寄って来た摂政のエーアリヒが
「いや。摂政殿の落ち度ではないでしょう。広大な森でのこと、すべてを見通すことなどとてもできないことだっただろう。そのようにかしこまらず、どうぞ、立って話されるが良い。……それより、よく、これほどの銃を献上してくれた。あらためて礼を言いたい」
「もったいないお言葉でございます」
エドゥアルドの言葉に、エーアリヒは立ちあがってから改めて
その場に集まった人々からは、エドゥアルドとエーアリヒの関係は、良好なものにしか見えないことだろう。
(……見落としではない可能性もある、か)
だが、エドゥアルドは、あの狼がこの場にいたのが、一種の[策略]であった可能性に思い至っていた。
狼は元々数が少なく、めったに遭遇するような獣ではない。
偶然よりも、誰かがわざとそこに用意していたという風に考えたほうが、むしろしっくりくるのだ。
狼に襲われ、重傷を負うか、最悪、命を失っても、それは[事故]で済まされるだろう。
そして、子供のいない、公爵の位を継ぐ者のいないエドゥアルドが倒れれば、必然的に、公国はエーアリヒの思いのままになるだろう。
しかし、それをエーアリヒが仕組んだという証拠はなにもない。
エドゥアルドは、すでにエーアリヒに落ち度はないと公言してしまったこともあり、改めてエーアリヒを追求することは難しかった。
「いかがでございますか、殿下。十分、獲物も得られたかと思います。この辺りで狩りはじめの儀を終えられては? 」
だが、顔をあげてそうたずねてくるエーアリヒに、エドゥアルドは首を左右に振った。
「いや。まだ、もう少し続けたい。今の獲物の数では、追い子たちに
狩りはじめの儀で公爵が得た獲物は、そのまま客人たちに振る舞われるのと同時に、狩りに参加した追い子たちにも、獲物の肉や皮、角などを分け与えるのが通例となっている。
だから、実際にもう少し獲物を得る必要はあったのだが、それはあくまで建前だった。
エドゥアルドはこの時、本当に、もっと狩りを続けたいと思っていた。
もしかすると、自分を暗殺するための策謀かもしれなかった状況をうまく切り抜けたことだし、もう、なにか起きる心配はないだろうと、エドゥアルドは考えた。
それに、この素晴らしい性能の銃で、もう少し狩りを楽しみたいという気持ちが強かった。
「しかし、用意してきた弾薬がもうない。……摂政殿、申し訳ないが、少し融通してもらうことはできるか? 」
「もちろんでございます、殿下。ちょうど、殿下がお使いになっている銃を作りました
エドゥアルドの言葉に、エーアリヒは
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