第48話:「ライフル銃:2」
エーアリヒから献上されたライフル銃は、使わないわけにはいかない。
そんな状況に置かれたエドゥアルドにできることは、献上された銃を徹底的に調べ上げ、その銃にどんな[細工]が施してあるのかを見破ることだった。
だが、シュペルリング・ヴィラにいる、エドゥアルドにとって信頼できるわずか数人の中に、前装式ライフル銃についての詳細な知識を持っている者はいなかった。
一般的に用いられているマスケット銃についての知識であれば、エドゥアルドも、そのメイドであるシャルロッテも、御者のゲオルクも、相応のものを持っている。
だが、ライフル銃は狩猟などの限られた場面で用いられる特殊な銃器であり、残念ながら直接手に触れるのは今回が初めてのことだった。
そこで、止むを得ず、外の人間に頼ることを決めた。
そうして呼ばれたのは、ヨハン・ブルンネンという名の、地元の若い猟師だった。
ヨハンは19歳で、茶色の巻き髪と茶色の瞳を持つ、純朴(純朴)そうな外見を持つ青年だった。
彼が選ばれたのは、ライフル銃を使用することが多い猟師であること、シュペルリング・ヴィラの近くにある集落に暮らしており容易に館まで出向かせることができること、そしてなにより、メイド長であるマーリア・ヴァ―ルの親戚にあたり、信頼がおけると見なせるためだった。
マーリアから公爵の呼び出しの手紙を受け取ったヨハンはその日の内にシュペルリング・ヴィラへと到着し、そして、事情を知ると、2丁のライフル銃について、丸1日かけ、徹底的な調査を行った。
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「公爵殿下。調査の結果ですが……、この2丁の銃に、不審な点は見られませんでした」
調査を終えたヨハンからそう報告を聞いた時、エドゥアルドも、そばにひかえていたシャルロッテもマーリアも、[そんなはずはない]と、疑うような表情を見せた。
エドゥアルドたちにとって、エーアリヒが献上した銃になにか細工をしているだろうということは、ほとんど確信に近い疑惑だったのだ。
それなのに、出てきた結論は、それとは正反対のものだった。
「念のために確認するが……、それは、本当なのか? 」
ヨハンの報告を聞いた後、不機嫌そうな様子になって、ソファに腰かけながら頬杖をついていたエドゥアルドがそう確認すると、ヨハンは、真剣そのものの表情でうなずいた。
「
そして、そう断言するように言う。
加えて、ヨハンはエドゥアルドたちの前で、自らエーアリヒに献上された2丁のライフル銃を試射して見せた。
それぞれ、2発。
まず1発目を発射し、そして、他のライフル銃と全く同じ手順で再装填し、なんの故障もなく発射できることをヨハンは示して見せた。
エドゥアルドたちは、ヨハンの言う通り、エーアリヒから献上された2丁のライフル銃が正常に動作することに驚かされたが、なによりも驚いたのは、その銃の高い性能だった。
ヨハンは100メートル先に用意した的に向かって、合計で4発の弾丸を発射したのだが、その4発ともが的のほぼ中心部分へと命中したのだ。
それは、ヨハンの射撃の技量が優れているというだけではなく、ライフル銃の性能のおかげだ。
もし、銃口内部が平滑なマスケット銃であれば、どんなに優れた射手が、どれほど慎重に狙いを定めたとしても、発射された弾丸の弾道は安定せず、的には命中させられたかもしれないが、そのどれもが的の中心近くに命中するということはなかったはずだ。
エドゥアルドたちは、銃に細工などされていないという事実を受け入れざるを得なくなった。
「ヨハン。ご苦労だった。それに、射撃の腕前も、実に見事なものだった」
エドゥアルドたちの前で射撃を終え、かしこまって片膝を立てながら
「
ヨハンは謙虚にそう答えると、「しかし」とつけ加える。
「[狩りはじめ]には、多くの人間がかかわることになろうと思います。そして、その人員の手配は、エーアリヒ宰相の手によるものです」
「つまり、そこでなにか、僕たちが予期しないようなことをしかけてくるかもしれない、ということか? 」
すぐにヨハンの危惧しているところを理解できたエドゥアルドが確認すると、ヨハンは恐縮したように、顔をあげないまま「はい」と言ってうなずいた。
「ですから、もしよろしければ、
ヨハンのその申し出に、エドゥアルドは即答しない。
その代わり、近くでひかえていたマーリアに目配せをし、ヨハンのことを本当に信じてよいのかどうか、念を押すように確認した。
ヨハンのことは信頼できる、そういう見立てで、エーアリヒから献上されたライフル銃の調査を行わせはした。
だが、実はすでにヨハンにまでエーアリヒの手が及んでおり、買収され、その陰謀に加担しているという可能性もあった。
疑心暗鬼とも言えるような考え方だったが、しかし、エドゥアルドに味方は少なく、信頼できる者も少ない。
そして、公国の実権をすでにエーアリヒに握られており、エドゥアルド自身にはなんの権力も力もない以上、エーアリヒに味方する者は多いだろうと思われた。
公爵という[名]だけがあっても、心から忠誠を誓って献身的に仕えてくれる者は少ない。
人々の多くは、金銭的な見返りや、地位など、自分にとっての利益を与えてくれる者を支持する。
エドゥアルドは若い、少年公爵だったが、そのくらいのことは知っているつもりだった。
エドゥアルドの確かめるような視線に、マーリアははっきりとうなずいてみせる。
(マーリアが、信用するのなら……)
エドゥアルドは内心でそう思いつつマーリアにうなずき返して見せ、それから、ヨハンの方へ視線を向けなおして、自分から片膝をつき、ヨハンと視線を合わせるようにする。
その唐突なエドゥアルドの仕草にヨハンは戸惑ったような顔をする。
貴族が、平民と目線を合わせ、同じ高さにまで辞を低くすることなど、普通はあり得ない。
そして、エドゥアルドは、実権を持たないとはいえ公爵という、高位の貴族なのだ。
「わかった。……ヨハン・ブルンネン、お前の力を、僕に貸してくれ」
慌ててさらに頭を低くしようとするヨハンの肩を軽くつかんでそれをやめさせながら、エドゥアルドはヨハンをまっすぐに見つめながらそう言った。
その言葉に、ヨハンはエドゥアルドの方を一瞬だけ顔をあげて見つめ、決意をこめた視線で、小さく、だが力強くうなずいた。
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