第47話:「ライフル銃:1」

 公爵が毎年行うとされている公務である[狩りはじめ]の具体的な日程が取り決められたのは、エドゥアルドとエーアリヒが会見を行ってから数日後のことだった。


 連絡のために派遣されて来た使者から伝えられた日程には、誰も異論がなかった。

 狩りに参加する人々の予定や、必要な人員の手配、民間への影響や、気象条件など、必要なものはすべて抜かりなく整えられたものであり、エーアリヒの実務能力の高さを改めてうかがい知ることのできるものだった。


 だが、問題なのは、その使者が、エーアリヒからエドゥアルドへの献上品として持参したものだった。


 それは、2丁の銃だ。


 この時代の戦争は、一般的に火器が多用されるようになっている。

 銃の戦場への導入が広まり始めたころは、当時の銃が持つ欠点、1発撃つごとに再装填が必要で連射能力が低く、精度もさほどよろしくないというものを補うために長槍パイク兵による密集隊形に支援されることが当たり前だったが、今となっては、歩兵は小銃を装備している者がすべて、と言って良いほどに火器が使用されている。


 使われているのは、マスケットと呼ばれる、銃身の内部が平滑な滑腔銃だった。

 銃剣を装備するとその全長は2メートル近くにもなり、槍として白兵戦にも対応できるように作られている兵器であり、帝国の国内だけでも数十万丁ものマスケットが配備されている。


 そして、こういった火器は、軍隊だけではなく、狩猟の場でも用いられている。

 今でも昔ながらの弓矢を好んで狩猟に用いている猟師は存在するのだが、その多くは、装填して照準さえつけられれば安定した威力を発揮できる銃を用いている。


 今回、エーアリヒからエドゥアルドに献上されたものは、そういった銃の中でも、狩猟用に特別に製造されたものだった。

 ライフル銃と呼ばれるものだ。


 軍用の銃は、マスケットと呼ばれ、銃身内部が平滑な作りになっている。

 だが、エーアリヒから献上されたライフル銃の銃身にはライフリングと呼ばれる溝が掘られている。


 珍しい銃だった。


 たとえば、矢は放たれると自転しながら飛翔することで弾道を安定させ、正確に目標に命中するように作られている。

 それと同じ原理で、銃から発射される弾丸を回転させることで弾道が安定し、命中精度が増すということは、実は古くから知られてはいた。


 だが、それでもライフリングを軍用の小銃に広く導入しなかったのには、ライフリングを施したライフル銃は、再装填が著しく困難となるからだった。


 発射される弾丸に回転力を加えるためには、銃口内に施されたライフリングと、弾丸とがうまくかみ合っている必要がある。

 そのためには、ライフル銃に装填する弾丸は銃口の内径よりもやや大きい必要があるのだが、前装式の装填方法が実用的なほぼ唯一の装填方法である現状では、前装式ライフル銃への弾丸の再装填はかなり困難なものとなる。


 ライフル銃を使用しようと思えば、銃口の内径よりもやや大きい弾薬を、うまくライフリングの溝と噛み合わせながら、槊杖さくじょうを使って力をこめて無理やり押し込まなければならないのだ。


 これは、ライフル銃への弾丸の装填には、銃身内部が平滑なマスケット銃よりも多大な時間と労力、訓練を必要とするということを意味している。

 マスケット銃では銃口の内径より大きな弾丸を押し込む必要がなく、実際の用法を無視して極端なことを言えば、銃口よりも小さな弾丸を銃口の奥に[コロコロ]と転がり入れるだけでも使用すること自体は可能だからだ。


 また、この時代に用いられている黒色火薬はライフリングに燃えカスをこびりつかせることが多く、前装式ライフル銃の2発目以降の発射には槊杖さくじょうによる銃口内の清掃などが必要で、そういった扱いの難しさが、軍隊でのライフル銃の使用を躊躇ためらわせる要因となっている。

 装填の容易なマスケット銃を装備させた歩兵に密集隊形をとらせ、迅速に2発目、3発目と銃撃を浴びせ、命中率が低くとも数で圧倒することの方が好まれている。


 前装式の、銃口から弾丸を押し込む方法ではなく、なんらかの方法で銃身の後方から弾薬を装填するという後装式の構造も様々に研究されてはいるものの、発射時の火薬の燃焼ガスなどを効果的に銃口内に閉じ込め、弾丸を発射する力に変え、かつ使用者の安全を守るための銃身の密閉性を確保できないがために、もっぱら前装式だけが用いられることになっている。

 小銃も、大砲も、だ。


 そんな、扱いが難しいライフル銃が献上されたということ自体には、問題がない。


 再装填に時間がかかるという、発射すればその轟音と硝煙で容易に発射位置が暴露ばくろされてしまうという、銃の戦場で運用する上で兵器としての有効性を大きく損ねる欠点は、狩猟の場では問題とはされず、狩猟のためには前装式のライフル銃がよく用いられているからだ。


 轟音を発する銃を使えば、当然、獲物は逃げ出そうとする。

 2発目を発射するチャンスを得るのは難しい。

 だから、再装填が難しくとも、マスケットよりもはるかに精度で勝り、狙いをつければ一撃で確実に獲物をしとめることができるライフル銃は、猟師にとっては理想的な道具だった。


 問題なのは、エーアリヒから献上された、ということだった。


 エーアリヒはノルトハーフェン公爵家に仕える準伯爵であり、年少である公爵、エドゥアルドに代わって公国の国政を任される摂政。

 つまりは、エドゥアルドの家臣だ。


 その家臣から献上品を受け取るというのはごく当然のことで気にするようなことでは本来ないのだが、エドゥアルドとエーアリヒの関係は微妙なものであり、正常ではない。

 確固たる証拠は未だにつかめてはいないものの、エーアリヒはノルトハーフェン公爵の位を、その正統な持ち主であるエドゥアルドから簒奪さんだつしようと目論んでいる。


 少なくとも、エドゥアルドたちはそう考えている。


 なにか、細工をされているのに違いない。

 エドゥアルドたちはそれを疑わざるを得なかった。


 事故に見せかける、というのは、古来、よく用いられてきた暗殺方法だからだ。


 だが、エドゥアルドは、その、怪しい銃を使わないわけにもいかなかった。


 エーアリヒからライフル銃が献上されたのは、これから行われる[狩りはじめ]の儀式において、それをエドゥアルドに使わせるためだった。

 形の上では、臣下の者が主君に忠節を尽くし、その公務が成功するように、最新の、性能の良い銃を送ったという形になる。


 そういった形式で献上されたものである以上、エドゥアルドが暗殺を警戒してそれを使用しないということになれば、エーアリヒに対して礼を失することになるし、世間に、両者の間に含みがあることを印象づけることにもなる。


 貴族にとって、体面は重要なことであったし、なにより、君臣の間に不和が存在することを示唆しさすることは、貴族としての立場だけでなく、実際の政治を行う上でもマイナスでしかない。


 だから、エドゥアルドは、この、献上された2丁のライフル銃を使わざるを得ない。


 とうとう、しかけてきた。

 エドゥアルドたちは、そんな実感と共に、この、怪しげな2丁のライフル銃と向き合わねばならなかった。

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