第2章:「少年公爵」
第17話:「ご挨拶申し上げます:1」
この館で、雇ってもらえる。
ここを追い出されずに済み、1人と2匹の家族が、離れ離れにならずに済む。
マーリアがあまり乗り気ではなさそうな表情を作りながら、ルーシェにこの館で働いてもかまわないと言ってくれた時、ルーシェは飛び上がるくらいに嬉しかった。
「こら。喜ぶのは、まだ早いよ」
オスカーとカイと抱き合いながらはしゃぎそうになるルーシェを、しかし、マーリアはそう言って制止する。
「あたしたちの主人、公爵殿下に許可をもらわなくちゃいけないんだからね」
それは、避けては通れないことだった。
館で働くメイドたちを束ねるのはマーリアの役割で、公爵がいちいち口を挟むようなことはないのだが、新しく人を雇い入れるのだから、少なくとも公爵本人から許可を得る必要はある。
そもそもこの館の持ち主は公爵であるのだし、そこで働くということは、公爵に仕えるということでもある。
誰に仕えさせるかどうかは、公爵にしか決められないことだ。
つまり、ルーシェたちは公爵本人にきちんと挨拶をして、これからこの館で働くことを了承してもらわなければならい。
ノルトハーフェン公爵。
タウゼント帝国の貴族の中でも、5本の指に入る高位の大貴族だ。
当然、つい先日までスラム街でその日暮らしをしていたような少女が、簡単に会える相手ではない。
公爵に挨拶できる日取りは、マーリアが話しをつけてくれたのですぐに決まったが、ルーシェはそれまでの間に身だしなみを整え、公爵の前に出ても失礼のないよう、最低限のマナーを身につけなければならなかった。
忙しくてほとんど手が離せないマーリアの代わりに、シャルロッテがルーシェの面倒を見ることになった。
元々ルーシェたちをスラム街で見つけてきたのはシャルロッテだったし、年も比較的近く、本人もやる気であるということから決まった人選だ。
「ルーシェ。ところで、あなた、いくつなのかしら? 」
すでにルーシェのために仮のメイド服が用意されてはいたが、正式に館のメイドとして働くためにはもっとちゃんとした衣装を用意しなければならない、と、メイド服を仕立て直すためにルーシェの身体のサイズを計りながらシャルロッテが今さらではあるもののたずねると、ルーシェは少し記憶を整理してから答えた。
「えっと、たしか、13歳です」
その答えに、シャルロッテは複雑そうな顔をする。
13歳と言えばまだまだ子供といった感じだったが、ルーシェの発育状態は悪く、13歳という年齢にしても、少し幼く、貧弱な身体つきをしていたからだ。
「13歳、ですか。……私がこのお館にお仕えし始めたのも、13歳のころでした」
「そうなんですかっ!? ルーも、シャーリーお姉さまみたいに、素敵な人になれますかっ!? 」
シャルロッテがさりげなく話題を変えると、ルーシェは嬉しそうに瞳を輝かせながらシャルロッテのことを見つめてくる。
「ええ。……なれますよ、きっと」
シャルロッテはそんなルーシェの姿を見て、微笑み、それから、髪を整えてやることにした。
女性は髪を長くのばすことが多かったが、ルーシェのそれは、手入れもされないままでただのび放題にのびたもので、痛んでいるし、ボサボサで、はっきり言って見苦しい。
ルーシェがマーリアの手伝いをする、と言い始めた時に一度、清潔にするために髪を洗い、そこに潜んでいたダニやシラミといったものは取り除いてあったのだが、公爵の前に出せるような状態ではない。
それをこれからうまく整えて、ケアしてやらなければならなかった。
シャルロッテは大きな鏡を用意し、その前にイスを用意してルーシェを座らせると、
それから、ルーシェの前髪や、痛んだ髪の先端などを、
「あら? ……ルーシェ。あなたって、なかなか、かわいいわね」
やがて、すっかり見違えた姿になったルーシェの姿を眺めて、シャルロッテが驚き、感心したように言う。
元々、ルーシェの
もちろん、その身体は貧弱で、ちんちくりんだったが、それはこれからの話だ。
「本当ですか!? そんなこと言ってもらえたの、おかあさま以外だと初めてです! 」
シャルロッテにほめられたルーシェは無邪気に、嬉しそうに笑っていた。
────────────────────────────────────────
ルーシェが公爵に挨拶をするための準備は、順調に進んでいった。
身だしなみは整い、シャルロッテがルーシェの身体にぴったり合うように仕立て直してくれたメイド服を身に着けると、そこにはスラム街で暮らしていた汚らしい少女の姿はどこにもなかった。
その姿には、マーリアも驚きを隠せないほどだった。
身だしなみが整えられたのは、ルーシェだけではない。
ルーシェの家族、オスカーとカイも、ルーシェとは別に、御者のゲオルクの手で毛並みを整えられていた。
2匹ともすっかりきれいになって、毛がのび放題だったカイなどは特に見違えた。
「猫の方は、多分、雑種だからわからんけど、犬の方は、こりゃぁ、バーニーズマウンテンドッグだな。いい犬だよ」
2匹を連れて戻って来たゲオルクは、なんだか楽しそうな様子でそう教えてくれた。
こうして、スラム街で拾われて来た1人と2匹の家族は、公爵家で働くのにふさわしい姿を得ることができた。
そして、ルーシェが公爵に挨拶をする準備は整い、その日取りも近づいて来ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます