第16話:「見習いメイド・ルーシェ:4」
こうして、見習いメイド・ルーシェの
すべては、1人と2匹、あの
ルーシェはマーリアの命令で、タライの上で足踏みをして洗濯物をきれいにする役割を任せられ、スカートを大きくめくって裸足になって、たくさんの洗濯物を足踏みして洗って行った。
幸か不幸か、ルーシェには洗濯物の仕事をした経験があったから、慣れていた。
おかげで洗濯はマーリアの予定よりもずっと早く済み、だいぶ時間に余裕ができた。
館の裏庭の木々にロープを張り、洗濯物を干して木製のクローズ・ピンで固定し終わるころには、マーリアはすっかり上機嫌になっていた。
ルーシェがよく働いてくれるおかげで作業は早く終わったし、なにより、いつも1人で行っている退屈な作業が、2人でやったおかげで楽しく思えたからだ。
マーリアは洗濯の後片づけが終わると、ルーシェのことを気づかって彼女に休むように言ったのだが、ルーシェは首を左右に振った。
「いいえ! ルーは、まだまだ、頑張れます! 」
言っても聞かなさそうな様子に、マーリアはしばし思案する。
外見から言って、ルーシェはまだ10代の前半ほどの少女に過ぎない。
病み上がりで体力もないはずだったし、あまり働かせたくはない。
だが、この年頃の子供というのは、けっこう、頑固なところもある。
自分の意志が強くなってきて、大人に対しても当たり前のように意見する。
無理にそれを否定すれば余計に意固地になることもある。
思案したマーリアは、なるべくルーシェの身体に負担のかからない、簡単な仕事を任せることにして、昼食の準備をするために
「えっと、ルーシェ。あんた、お料理の経験は? 」
「はい! できます! ……あ、いえ、味つけとか、そういうのはできないので、下ごしらえなら、はい」
それは、そうだろう。
スラム街で暮らしていたころは、自分でなんとか食べ物を用意して食べていたのだろうが、まともな材料も道具も手に入らないから、料理、たとえば公爵のような高位の貴族に出すようなものを作ったことがあるはずがない。
(野菜の皮むきでもしてもらおうかね)
マーリアは半分、母親が子供に料理のしかたを教える時のような気持になってそんなことを考えていた。
マーリアは結婚していて、男1人、女1人の子供もすでにそれぞれ独立していたが、その子供たちがまだ幼かった頃のことを思い出し、少し嬉しく、ウキウキとした気持ちだった。
しかし、
なぜなら、扉の前、マーリアの足元に、5匹のねずみの
犯人は、すぐ近くにいた。
ルーシェの家族の1匹である、灰色の毛並みの猫、オスカーで、彼は得意満面といった顔でマーリアが戻って来るのを待ち構えていた。
どうやら、オスカーは彼なりに、自分たちのことをマーリアに売り込もうとしているようだった。
ねずみをとってその戦果を誇示することで、自身がいかに賢く、役に立つ猫であるのかを示そうというつもりだったのだろう。
「こっ、こらっ、オスカー! がんばったのは偉いけど、こんな風に並べちゃダメ! 」
だが、半分気を失いかけて倒れかかったマーリアを必死に支えながらルーシェにしかられると、オスカーはしゅんと耳を折って落ち込んだようになる。
いくら自分たちを売り込むためとはいえ、ねずみの
オスカーはしかたなくねずみをどこかへ片づけるしかなく、5匹のねずみの
────────────────────────────────────────
ハプニングに見舞われはしたものの、ルーシェの手伝いのおかげで昼食の準備は問題なく終わり、公爵も満足した様子だった。
「まったく……、えらい目に遭ったわ! 」
まだ夕食の準備という仕事が残ってはいたものの、その合間に休憩できる時間を得たマーリアは、「まだやれます! 」と張り切っているルーシェに命令して部屋に返した後、館が建っている敷地内の一画、公爵家で使われている馬車などがしまわれている車庫へとやって来るなり、そこで馬車の整備をしていた御者にそう愚痴っていた。
シャルロッテが所用でノルトハーフェンのスラム街へと出かけて行った際、ルーシェたちを拾って帰って来た時の御者は、マーリアの愚痴を聞くと笑いながら肩をすくめてみせる。
2人は親しい間柄である様子だったが、それもそのはず、公爵家に仕える御者であるその男性、ゲオルク・ヴァ―ルは、マーリアの夫だった。
マーリアより少しだけ年上で、その髪には白髪が混ざり、毎日鏡を見ながら整えている口ひげを持つ男性だ。
彼は普段、公爵家に仕える御者としてふさわしい、おしゃれなスーツにネクタイ、シルクハットといったいでたちでいたが、今は馬車の整備をするためか、労働者が着ているようなつなぎ姿だった。
休憩時間にわざわざ愚痴を言いにやって来た妻のために作業の手を止めていたゲオルクは、マーリアをなだめるように言う。
「そりゃぁ、とんだ災難だったな、マーリア! でも、その猫からしたら、自分の手柄を見て欲しかったんだろう? 」
「そんなの、あたしだってわかるけどさ。でも、あんなふうにねずみを並べるなんて! 」
マーリアとしても、ルーシェもオスカーも、自分たちをこの館で雇ってもらえるように一生懸命だっただけだというのは、わかっている。
わかってはいるのだが、ダメなものは、やはりダメなのだ。
「まぁ、そんなことをされたら、オレだってたまったもんじゃないがな。……けど、なかなか、あの女の子の家族は、賢くて役に立つじゃないか」
ひとしきり笑った後、マーリアの隣に立ったゲオルクは、そう言いながらあごをしゃくって、車庫の片隅でうずくまっている毛むくじゃらの方を指し示す。
ルーシェと一緒にこの館にやってきた犬、カイだ。
「あのワンコも、なかなか賢くってなァ。オレの仕事を手伝ってくれてたんだ。頼むと、いろいろと道具をとってくれるんだよ。賢くって、かわいい奴だよ」
館にメイドがマーリアとシャルロッテしかいないのと同じように、公爵家に仕えている御者はゲオルクただ1人だけだ。
だから、普段はゲオルクが1人だけで寂しく仕事をしているのだが、直接会話ができないとはいえ、カイと一緒に仕事をするのは、ずいぶん楽しかった様子だった。
その気持ちは、マーリアだって、知っている。
「なぁ、マーリア。あの子たち、どうしても、雇ってやるわけにはいかないのか? とても、一生懸命じゃないか」
だから、マーリアにも、ゲオルクがそう言いたくなる気持ちはよくわかった。
それでも、マーリアは葛藤する。
ルーシェたちに問題があるのではない。
これは、あくまで公爵家がかかえている、複雑な事情の方が問題なのだ。
だが結局、マーリアは、
「わかったわ……。とにかく、公爵殿下におうかがいしてみましょう」
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