第14話:「見習いメイド・ルーシェ:2」
「ダメだよ。事情はわかるし、かわいそうだとは思うけどね」
シャルロッテが事情を話し終えてから数秒。
マーリアは、本心からルーシェたちに同情している様子ではあったものの、はっきりとした口調で、ルーシェたちを館で雇い入れることに反対した。
ルーシェは、ぎゅっと、自身の拳を白くなるほどに握りしめる。
取りつく島もなく拒否されたことのショックは大きかったが、しかし、ルーシェは頭の中で必死に、どうにかしてこの館で雇ってもらう方法を考え続けていた。
もう、あのスラム街に戻りたくないのだ。
「ですが、メイド長。あのスラム街に戻れというのは、酷なことです。それに、人出も足りていませんし、2匹の動物たちも賢いようですから、ここに置いても問題は起こさないはずです」
どうやら、シャルロッテはルーシェたちに味方してくれるようだった。
シャルロッテは、マーリアを説得しようと1歩前に進み出る。
「そりゃ、あたしだって、その子たちをスラム街に戻したいなんて思わないし、悪い子たちだとは思わないさ」
そんなシャルロッテのことをちらりと横目で見た後、マーリアはなるべくこちらの方を見ないようにしながら、鍋をかき混ぜながら言う。
「でも、公爵殿下の置かれている状況は、シャーリー、あんただって、よくわかっているだろう? どうして人を少なくして、あたしたちだけでお世話しているのか、まさか忘れたわけじゃないだろう? ……それに、スラム街には、その子たちみたいに、不幸で辛い目に遭っている人たちがたくさんいるんだから。その子たちだけ助けるわけにもいかないだろう? 」
「それは、そうかもしれませんが……。ですが、なにもしないというのはっ」
「なにも、すぐに出て行けってんじゃないさ」
シャルロッテはなおもマーリアを説得しようと、少し感情をあらわにして声を荒げるが、マーリアはその機先を制するように言葉を被せてくる。
「その子たちが元気になるまでは、ここで面倒を見ればいいさ。その間に、あたしが知り合いを探して、その子たちを引き取ってくれる人を探してみるよ。自分で働いて生きるっていうのは立派だけど、見たところ、その子にはまだ親御さんの代わりになるような人が必要だろう? ……まぁ、猫1匹に犬1匹、人間1人をいっぺんに引き取ってくれる人なんて見つからないだろうけど、バラバラで良ければ、いい人に心当たりはあるんだ」
マーリアはその見た目通り、決して悪い人間ではないようだった。
むしろ、かなり親身になってルーシェたちのことを考えてくれているだろう。
(でも……、それじゃぁ、だめ! )
だが、ルーシェには、マーリアの提案は受け入れられなかった。
ルーシェに、オスカーに、カイ。
1人と2匹は、1つの家族として、これまであのスラム街でなんとか暮らして来たのだ。
それに、1度すべてをあきらめたルーシェを、必死になって助けてくれたのも、オスカーとカイだった。
今さら離れ離れになることなど、決して受け入れられはしない。
ルーシェはそう強く思っていたが、しかし、それを口に出すことはできなかった。
「シャーリー。ひとまずは、その子たちを部屋に連れ戻して、休ませてやりな。一見、元気なようでも、その子、きっと無理をしているよ」
マーリアは、ルーシェの状態を正確に見抜いている。
実際、ルーシェは無理をしていたし、体調を万全にするためには、もう1日か2日くらいは休む必要がありそうだ。
薄情で、ルーシェたちのことなどどうでもいいと思っている人間なら、そんなことはわからない。
意地悪で、この館で雇うことはできないと、そう言っているわけではないのだ。
むしろ、初対面で、他人に過ぎない相手であるのにも関わらず、ルーシェたちのことを真剣に考えてくれている。
そんな相手をどんな風に説得すれば、どんな風に言えばルーシェの気持ちを伝えられるのか、ルーシェには少しもわからなかった。
「……ルーシェ。1度、部屋に戻りましょう」
ルーシェと同じように、マーリアをこれ以上説得することは難しいと判断したらしいシャルロッテは、小さく
ルーシェは無言のままうなずき、シャルロッテに従って、部屋に戻るしかない。
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「あなたの望み通りにはいかないかもだけれど、マーリアさんは、決して悪いようにはしないわ」
「それは、ルーにもわかります。……でも」
ルーシェはシャルロッテと同じように、マーリアが自分のことを真剣に考えてくれることをよく理解している。
だが、やはり、これまで一緒に暮らして来た家族と、離れたくなかった。
ルーシェがうまく自分の気持ちを言葉にできず言い淀みながら視線を落とすと、ルーシェの左右を歩いていたオスカーとカイが、じっとルーシェの方を見つめていることに気がついた。
2匹の目は、ルーシェと同じように離れたくはないと言っている様子だったが、同時に、それが最善の、唯一の手段であるのなら、その運命を受け入れるとも言っているようだった。
(やっぱり……、離れたく、ない! )
その2匹の目を見た瞬間、ルーシェの中で決意が生まれた。
それからルーシェは、ルーシェたちの部屋の前で立ち止まり、扉を開こうとドアノブに手をかけていたシャルロッテを真っ直ぐに見上げ、真剣な表情で口を開く。
「シャーリーお姉さま! お願いが、あります! 」
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