第13話:「見習いメイド・ルーシェ:1」

「ここで、働きたい? 」


 後でまた様子を見に来ると言っていた通り、やや日が落ち始めてからまたルーシェたちの前に姿をあらわしたシャルロッテは、突然のルーシェの申し出にきょとんとした顔をした。


「はい! ルーたちをここで雇ってください! シャーリーお姉さま! 」


 そんなシャルロッテを、ルーシェは真剣な瞳で見つめる。


 数回まばたきをして見せた後、シャルロッテはやがて、困ったような顔をした。


「でも、あなたはまだ、病み上がりではないですか? 」

「いいえ! もう、ルーは大丈夫です! ほら、この通り、おかげさまですっかり元気です! 」


 ルーシェははっきりと首を左右に振ると、元気よく両手を動かして見せる。


 もちろん、これは虚勢きょせいだった。

 何日も食べ物を口にせず、廃墟で野ざらし同然となっていたルーシェの身体はまだとても本調子とは言えない。


 だが、今は無理をしてでも、この館で雇ってもらわなければならなかった。


「お給金はいりません! ただ、ここに住まわせていただいて、なにか、余り物でかまいませんので、ルーと、オスカーと、カイ、3人で生きて行けるだけの食べ物を下されば、それでルーシェは一生懸命に働きます! 」


 シャルロッテは、ルーシェの必死のアピールに面食らったようになったまま、困ったような顔でルーシェを見つめ返している。

 そんなシャルロッテに、ルーシェはさらにたたみかけるようにアピールをくり広げる。


「ルーは、大抵のことはできます! お掃除に、洗濯に! お料理は、えっと、下ごしらえくらいならお手伝いできます! それに、オスカーとカイも働き者です! オスカーはネズミを捕るのが得意です! カイはとっても賢くてお仕事を手伝ってくれますし、番をしてくれます! それに、2匹とも、めったに鳴いたり、吠えたりしません! 」


 ルーシェの足元では、この快適な場所で暮らすことができるようにルーシェが必死に交渉しているということを理解しているのか、オスカーとカイの2匹がお行儀よく座っている。

 少なくとも、2匹がある程度その場の状況を判断して、それにふさわしい振る舞いができるという程度に賢いのは明らかだった。


「……わかりました」


 熱心に自分の方を凝視してくるルーシェと、澄んだ曇りのない瞳で見上げてくる2匹の瞳に気圧され、シャルロッテはため息をついてからそう言ってうなずいてみせた。


 ルーシェは希望にぱっと表情をほころばせるが、しかし、シャルロッテは彼女の目の前に「まだ喜ぶのは早いです」と言う代わりに自身の左手の平を広げて見せる。


「まずは、マーリアさんに許可をいただいてからでないと」


────────────────────────────────────────


 マーリア・ヴァ―ルというのは、以前、シャルロッテを連れ戻しにルーシェが借りている部屋にやってきた中年の恰幅かっぷくの良い女性のことであり、この館に仕えているメイドたちのリーダー、メイド長と呼ばれる役職にある人だった。


 メイド長と言っても、本来は厳密な定義があり役割分担があって、館に仕える使用人全員を取り仕切っているわけでは無いのだが、ここではある事情によりマーリアがすべての使用人を取り仕切ることになっている。

 シャルロッテがマーリアの許可を得なければと言ったのはそのためで、シャルロッテはルーシェたちを引き連れてマーリアのところへと向かって行った。


 ルーシェたちは、シャルロッテについて歩いて行きながら、自分たちが連れてこられた館の広さに圧倒されるような様子で、興味深そうにあたりを見回していた。


 館は、どこもかしこも、丁寧でしっかりとした作りになっていて、スラム街にあったものとはまるで次元が違うようだった。

 たてつけの悪い扉や窓はどこにもないし、床も壁も清掃が行き届いていて美しく快適で、どこからもすき間風が入ってくることはなく、目を凝らせば様々な場所に職人の手による高価な装飾が施されているのを発見することができる。


(ルーには、遠い場所です……)


 ルーシェは内心で、自分がこの館で雇ってもらおうなどと言うのはやはり大それたことだったと、おじけづくような気持になってしまったが、今さら逃げ出せるような場所もない。

 覚悟を決め直し、ルーシェはぎゅっと握り拳を作り、シャルロッテの後について行った。


 シャルロッテがルーシェたちを連れて行ったのは、階段を1回降りた先にある一室だった。

 どうやら、ルーシェたちが看病されていた部屋は、建物の2階だったらしい。


 そこは、床は石造り、壁と天井は漆喰しっくいで塗り固められている、木造の部分が多かった2階とは雰囲気の違う場所だった。

 どうしてここだけ作りが違うのだろうとルーシェは不思議そうにあたりを見回していたが、シャルロッテがある扉を開いてルーシェたちをその中に案内すると、すぐにその理由がわかった。


 その場所は、館に住む人々に食事を提供するための厨房ちゅうぼうになっていた。

 調理をするための広くて大きな調理台があり、料理に使うための様々な道具が並んだ棚があり、一度にたくさんのパンを焼くための大きなまきオーブンや、煮炊きをするためのかまどがいくつもある。

 つまり、この一画だけ、石造りや、漆喰しっくいで塗り固められているのは、火を頻繁ひんぱんに、大量に使う場所で失火が生じるのを防ぐ目的なのだろう。


 そして、その広々とした調理場の片隅に、マーリアの姿はあった。

 火のついたかまどに大きな鍋を置き、なにかを煮込んでいるところのようだ。


「おや? どうしたんだい、シャーリー。その子たちまで連れて来て。それと、悪いんだけど、動物は立ち入り禁止だよ。お利口なのはわかってるけど、ここはそういう場所だから」


 シャルロッテたちが厨房ちゅうぼうに入ってきたことに驚いた顔をした後、マーリアは両手を腰に当てながらそう注意する。


「ごめんね、オスカー、カイ。外で大人しく待っていてね」


 2匹がなにか粗相をするとは思わなかったが、ルーシェは言われた通り、2匹を部屋の外で待たせることにした。

 2匹とも、ほんの少しだけ不満そうではあったものの、「しかたがない」とでも言いたそうな顔をした後、大人しく部屋の外に出て行った。


「それで? いったい、なにがあったんだい? 」


 動物たちが厨房ちゅうぼうから出ていくのを確認した後、鍋の中身を大きなかき混ぜ棒でかき混ぜる仕事に戻ったマーリアが、ルーシェたちの方を見ずにそう口を開くと、シャルロッテはルーシェの方をちらりといちべつしてから、事情を話し始める。


「実は……」

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