第2話:「公爵家のメイド:2」

「へっ、へへっ、へへへへっ」


 可憐かれんな、か弱いはずの若い女性にしか見えないシャルロッテが、その外見からは想像できないほどの実力の持ち主だと理解して冷や汗を浮かべていた大男だったが、やがて笑い始めた。


 大男に続いてナイフ男も同じように笑い始め、シャルロッテはいぶかしむように目を細める。

 どうにも、[強がり]で笑っているわけではない様子だったからだ。


「公爵家のメイドだからって、はっ! なんだっていうんだ! 」


 やがて、大男は自身の腰の後ろから棍棒を取り出しながら、冷や汗を浮かべた顔で不敵な笑みを作る。


「どうせ、もうすぐ[終わる]んだ! 公爵家がどうのなんて、関係ねーや! 」


 続いて、ナイフ男もナイフをかまえながら、精一杯、不敵に微笑んでみせる。


「へへっ、そーさ! 関係ねェ! どっちにしろ、オレたちはもう、たっぷり前金で払ってもらってるしな! 」


 その言葉を聞き、シャルロッテは「なるほど」と呟きながらうなずいた。


「どうやら、手加減は必要ないようですね」


 そして、静かにかまえを取り直すシャルロッテを前にして、2人のごろつきはお互いに視線を交わし、それから、それぞれの得物を振り上げた。


「やっちまえ! 」

「たかがメイド1人、ズタズタにしてやるぜ! 」


 2人のごろつきは雄叫びをあげ、一斉にシャルロッテへと襲いかかった。


 シャルロッテは、自身に向かって突っ込んで来る2人の男を前にしても、その柳眉りゅうびを少しも動かさない。

 何故なら、2人同時と言っても、その動きは単調で直線的で、シャルロッテにとって対処することは容易だったからだ。


 大きな体格を持ちリーチがある大男がシャルロッテに向かって棍棒を振り下ろしたが、シャルロッテはそれを半身になってかわしながら逆に大男に接近し、軽く大男の足を払って転倒させる。


 そこへ向かってナイフ男が飛び込み、シャルロッテの腹部にナイフを突き立てようとするが、素早く体勢を整えていたシャルロッテはナイフ男がナイフを突き出す手を取り、その勢いを利用してナイフ男を空中へと放り投げていた。


 容赦ようしゃのない投げ方だった。

 ナイフ男は上下さかさまになったまま何もできずに空中を飛翔し、建物の壁に全身を強く打ちつけ、そのまま気を失ってズルズルと滑り落ちていく。


 その時、シャルロッテに転ばされた大男は、軽く頭を振って意識をはっきりとさせ、なんとか起き上がろうとしているところだった。


 もちろん、シャルロッテは大男に立ち直る隙など与えない。

 彼女は自身のブーツの一部を石畳にカツンとあてると、隠されていた仕込みナイフを展開し、その切っ先を立ちあがろうとしている大男の首筋へと突きつけた。


 喉元に冷たく、鋭利な感触と、皮膚を薄く裂かれる感覚を覚えた大男は、ぴたっと動きを止め、悔しそうに奥歯を噛みしめる。


「さて。……念のため、確認させていただきましょう」


 シャルロッテは、冷や汗をにじませながら、微動だにしない大男を冷徹な視線を見おろしながら、問いかける。


「あなた方を雇ったのは、誰ですか? 」


 だが、その問いかけに、大男は「へっ、へへへっ」と、恐怖に震えながらも、笑って見せる。


「あいにく、だったなぁ? しょせん、オレたちは、その辺にあふれてるようなごろつきさ。金をもらって指示を受けただけで、依頼主が誰かなんて、知らねェし、厄介ごとには首を突っ込みたくねェから、知りたくもねェ」

「本当に? 」


 シャルロッテは疑うような視線を向けると、仕込みナイフの鋭利な切っ先をわずかに滑らせ、大男の首筋の皮膚をゆっくり、じっくり、大男にその感触が伝わるように切り裂いていく。


 やがて仕込みナイフの刃は大男の肉へと達し、わずかに血がにじみ出てくる。


 シャルロッテがその気になれば、いとも簡単に、一瞬で、命を奪われる。

 大男は、その首筋の大動脈を切り裂かれ、鮮血を勢いよくほとばしらせながら、この汚らしいスラム街で冷たい肉塊にくかいとなり果てるだろう。


 大男は自身の皮膚にさらに切り傷ができるのにも関わらず、思わずゴクリ、と生唾を飲みこんだ。


 大男の命はシャルロッテによって握られてはいるが、しかし、大男が言えることは、1つしかない。


「あ、ああ! 神に誓って、本当だ! オレたちはただの下っ端さ! 指示も、金も、受け取る時はオレらみたいなごろつきを通してで、雇い主が誰かなんてまるでわからねェ! 」

「……。そうですか」


 その返答に、シャルロッテは小さく嘆息たんそくすると、かがんで自身のブーツを操作し、大男に突きつけていた仕込みナイフを引っこめた。


「……? ずいぶん、あっさりしてんな? 見逃してくれる、ってことか? 」


 そのシャルロッテの行為に、大男はきょとんとしたような顔をした後、恐る恐るシャルロッテの方を振り返りながら、口元に精一杯の不敵な笑みを浮かべて見せる。


「別に……。お洋服を、汚したくなかっただけです。……それに、わざわざ教えていただかなくとも、貴方がたの雇い主など、見当はついていますから」


 シャルロッテはそんな大男にそれだけを言うと、メイド服のスカートのすそを軽くつまんで見せ、優雅に一礼して見せる。


「では、ごきげんよう。……できれば、私の前に、その顔を二度とお見せになりませんように」


 そうして、何事もなかったかのようにスタスタと歩き去って行くシャルロッテの後姿を、大男はゾッとしたような顔で見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る