第34話 変態でも好きですか?

「あ、あ、あ、あたしの翔のことがちゅき。な、な、なにを言ってるのきゃな?」


 双空は噛みまくり。メチャクチャ動揺しているのに、無理がある。

 僕のコートにくるまって。


「翔なんか変態だし、大嫌いだもん」


 涙目になっている。


「僕のことが嫌いだったら、コート貸さないよ」


 僕はコートを奪おうとする。


 すると、おブラジャー様がチラチラ。

 胸を揉んだことを思い出し、僕の方が恥ずかしくなる。

 固まっていたら。


「変態!」

「ご、ごめん」

「地獄に落ちて」

『翔、あたしの胸でもチラ見なら興奮するのかな? でも、さっきは鷲づかみしてきたし……あっ、でも、あたし、翔の好みに合わせるからねっ!』


 あいかわらずである。


(振り出しに戻っただけじゃん!)


 頭を抱えたくなる。


「いいかげん、少しは素直になったら?」

「べ、べつに」

「嫌いな人間におっぱいを揉まれて、イクなんて、変態もいたもんだ」


 自分で言っていて、むかついてきた。


 たとえば、痴漢は、『女だって感じてるんだから、何が悪いんだ?』みたい発言をするのを聞いたことがある。

 被害者は感情的には不快でも、物理的な刺激を与えられれば体は反応するケースもある。

 ただそれだけなのに、痴漢は自己正当化の道具にする。それが嫌なんだ。


 僕も神のテクで痴女双空を絶頂させたにすぎないわけで。

 僕の発言も痴漢と本質的には変わらない。


 それでも、強引な理屈を押し通す。

 コンプラに配慮していたら、双空の強情さに通じないから。


「翔だって、おっぱいなら誰でもいいんじゃないの? 蜜柑の爆乳に興奮してるし」

「そりゃ、おっぱいが好きな生き物だからな」

「変態」

「でもな、特別なのは――」


 僕は双空に迫っていく。

 幼なじみは後ずさる。数歩下がって、蔵の壁に背中がついた。


「双空、おまえだけ」


 僕は壁に手をつく。いわゆる、壁ドンだ。


「僕が真剣に好きなのは、だけなんだ」

「へっ?」


 双空の目が点になる。


「なんて言ったの?」

『ウソ? ウソだよね? 最低最悪なあたしなんかを好きになるはずないよね?』

「ウソじゃない、ホントだ」


 僕は幼なじみの銀髪を手に取る。


「双空の髪、きれいだし、さらさらしてるし。僕の前だと無表情だけど、それでもメチャクチャかわいい。声も好き。冷たくされると、実は興奮する」

「へ、変態」

『ぐへへ、あたしも翔がだいちゅきだよ❤』


 ダメだ。

 これでは、普段どおり。


 ストレートに告白したのに、塩双空には届いていない。


 もし、かりに、この調子で塩双空が僕の告白を無視し続けたら……?

 僕を袖にした塩双空を本音では責めるにちがいない。最悪、塩双空は否定され、痴女双空や別の人格に支配される可能性まである。


「……双空、なにがそんなに不安なのかな?」


 僕は彼女の額に息を吹きかけるようにして、できるだけ甘い口調で問いかける。

 キザで似合わなくてもいい。あらゆる手段を試したかった。


「だって、あたし、翔に冷たいんだよ」


 僕の気持ちが通じたのかはわからない。


 けれど、幼なじみの不安げな声は、たしかに、感情が込められていて。

 口の声だけでも、言いたいことが伝わってきた。


 僕は彼女の琥珀色の瞳を見つめて、答える。


「知ってる」

「前は痴女だったし」

「知ってる」

「親友にも嫉妬したし」

「知ってる」

「エッチな絵を描くんだよ」

「僕、らぶすかい先生の大ファンだし」

「あたし、ひとりでエッチなことしてるんだよ」

「ふーん、女子がしてもいいだろ」

「変態じゃん?」

「僕は笑わないよ」


 双空は目を見開く。


「趣味嗜好は人それぞれ。他人に迷惑をかけないかぎりは、文句を言われる筋合いはないじゃん」

「でも、女の子がエッチって変。みんなにバカにされるもん」

「みんなって誰だ?」

「えっと」


 双空は目を泳がせる。


「どうせ、関わりが薄いクラスメイトとかだろ?」

「そうだけど」

「だったら、気にする必要はない」

「でも、あたしのせいで、翔は怒られたし、ネタにされたんだよ」

「いつの話だ?」

「小4の例の事件のとき」

「そんなの小学生じゃん。ガキって、セックスとかインパクトの強い言葉を言いたがるじゃねえか」

「で、でも」

「おまえも僕も、も高校生。ある程度は大人になったんだ。ガキとはちがう」


「……不純異性交遊は怒られるよね?」

「そうだけどさ。実際にはやってないんだし、周りに囃し立てられても、無視でいいだろ。くだらない奴の戯言に付き合う必要なんてないぞ」

「翔は気にしないの?」

「ああ。あの時はクソガキがセックス連呼して、双空が恥ずかしがった。それで、いたたまれなくなった。けど、僕自身が迷惑だとか恥ずかしいとか思ったことはない」


「ウソ」

「ウソじゃない」

「だって、あたし、翔に迷惑をかけたと思って、あの時、逃げ出しちゃったんだし」

「まったく迷惑だと思ってない」

「なんで?」


 双空が信じられないようなものを見るような目を向けてくる。


「そりゃ、僕が痴女な双空も好きだからに決まってるだろ」

「小学生なのにド変態な痴女なんだよ?」

「それがどうした? 好きだから、好き。悪いか?」

「ううん、悪くないけど」

「まあ、塩対応するおまえも好きなんだけどな」

「ふぇっ⁉」


 双空は真っ赤になる。


「不意打ちはずるいよぉ」

「でも、誤解はとけた。昔のことは勝手に相手を思いやって、すれちがっただけ」


「……翔はずっとあたしを受け止めてくれてたんだね?」

「正直に言えば、塩対応が6年も続いて、面倒くさくなったこともある。けど、双空が好きだから関係を切れなかったんだ」

「あたしもだよ」

「えっ?」


 双空は背伸びすると、僕の方に顔を近づけてきて。


「あたしも翔が――好き」


 僕の耳元でささやいた。

 吐息がくすぐったい。


 あれだけ、おっぱいの声で告白されまくっていても。

 彼女自身の口からは初めてで。

 甘美な言葉に酔いしれそうになる。


 幼なじみは瞳を閉じると。


「翔……キスして」

「僕の幼なじみは痴女なんだから」

「痴女もあたしも好きなんでしょ?」

「大好きだよ」


 彼女の唇に自分のソレを重ね合わせる。

 ファーストキスは、しょっぱくて甘くて、複雑な味わいだった。

 けれど、いろんな味が混じってるからこそ、おいしい。


 しばらく愛し合った後、蔵を出る。


 夕暮れの街には雪が積もっていた。

 丘から降り注ぐ夕陽。雪を幻想的な朱に染め上げる。


「きれいだな」

「うん、だから、キスしよ」

「だからって……まあ、僕もしたいけどさ」


 神さまに見守られるなか、僕たちは互いの唇を楽しんだ。

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