第6章 願い

第28話 疾走

 飛び出した双空そらを求めて、走る。


 脳裏をちらつくのは、幼なじみの顔ばかり。子ども時代のエロ幼女、塩対応でぶっきらぼうな中学時代、おっぱいでデレる最近の姿。


 いつも、いつも、振り回されている。


(まったく迷惑かけやがって)


 休まずに走って胸が苦しくなっても、足が痛くなっても。

 ちっとも嫌ではなくて。


 むしろ、彼女が気がかりで、一刻も早く会いたくなる。



 駅に到着する。どこにもいなかった。

 家に帰ったとすると、電車に乗ったはず。

 手がかりもない以上、いったんは寄り道の可能性を排除する。


 電車で、自宅の最寄り駅へ。数分の休憩で呼吸も楽になった。

 また、駆け出そうとするが、年末の繁華街は混んでいる。思うように走れない。


 双空も紛れているかもしれないし、歩いて探そうか。

 幸い、双空の銀髪は遠くからでも目立つ。

 注意深く観察しながら、行く当てもなく街をさまよっていると。


「へい、おにいさん。おっぱいお安くしとくよ」


 嬌声とともに、女性が近寄ってくる。


(そういうエリアに迷い込んじゃったか?)


 実は、駅から徒歩20分ぐらい離れた場所に、えちえち街がある。

 知らないうちに意外と歩いていたとか。


「僕、未成年だし、普通の風呂にしか入れないんだけど」


 女性を振りほどいたところ、近くを歩いていた若い女性が怪訝な顔をした。


「えっ?」


 他にも普通に家族連れがいる。


「おにいさん、おっぱいのことなら乳神さまへ。捨てるおっぱいあれば、拾うおっぱいあり。クリスマスは別の神さまの行事だけど、サービスしちゃうよ」

「なんか嫌な単語が聞こえたんだけど」


 振り返る。

 ロリ巨乳な神が、エヘンと胸を張っていた。


「乳神、いきなり現れるなよ」


 大事なときに会いたくない奴に会ったし。


「ってか、おまえ、おっぱいの神なんだろ。あの神社から出られるのかよ?」


 突っ込んだところ。


「ママ、あのおにいちゃん。さっきからおっぱいしてるよ。こどもなのかな?」

「見ちゃいけません」

「おっぱいは男のロマンなんだ。少年の夢を壊さないでやってくれ」


 近くにいた子どもに笑われ、母親に変態扱いされ、父親に哀れみの目で見られた。


 そういえば、乳神は僕にしか見えないんだった。

 普段だったら、人目を気にするが、今は余裕はない。


「僕、取り込み中なんだ。邪魔しないでくれ」


 独り言と思われようが、どうでもいい。


「双空嬢を探してるんじゃろ?」

「どうして、わかった?」

「我は双空嬢の居場所を知っているから」

「どこにいる⁉」


 つい声が大きくなった。周囲の人が一斉に僕を見る。


「こっちに来い」


 人が少ない路地裏に移動する。


「で、双空はどこだ?」

「慌てるでない。いくらパイオツが揉みたくても、がっつく男は嫌われる。まずは、キスが先じゃ。少しずつ胸に向かっていくんじゃぞ」

「そういうことじゃなくて」

「双空嬢のところへ案内するが、その前にそなたと話しておきたい」

「奇遇だな。僕もおまえと話したいと思っていた」

「我らは相思相愛じゃな」

「じゃあ、おっぱい揉ませてくれ」

「いいぞ、ほらほら」


 外見年齢11歳ぐらいの巨乳ちゃんが、胸を下から掴み、僕に近づけてくる。


「……おぬし、目の前の果実に飛びつかぬとは。さすが、童貞。口先だけじゃったとは、残念じゃ」

「おまえに手を出したら、犯罪者になった気がするんだよ」


 乳神の後について、歩き始める。幸い、裏通りなので、人の目を気にしなくて済む。


「で、ここ最近の異変はおまえが仕組んだことなのか?」

「異変ってなんじゃ?」

「とぼけんな。双空が塩対応の記憶をなくしたり、蜜柑さんが僕を誘惑したり」

「一度に両方は話せん。まずは、蜜柑嬢の件でいいか?」

「ああ。神社で蜜柑さんになんかしただろ? あれ以来、様子がおかしかったんだ」

「ほう、おぬしが正解するとはな」

「てめえ、なにしやがったんだ?」


 つい口が悪くなる。


「なにって、嫉妬作戦じゃ」

「へっ?」

「蜜柑嬢がそなたに好意を寄せているのを見せつければ、双空嬢も焦るじゃろ。刺激を与えてみたかったんじゃ」


 まさか、僕が勘違いしていたのと同じ結論だったとは。


「それにしても今日のはおかしい。僕に胸を触らせようとするとか、やりすぎだ」

「あっ、それは我のせいじゃない」

「どういうことだ?」

「我がした蜜柑嬢にかけた呪いは2つ」

「2つ?」

「1つはラキスケを起こす呪い。そなたも神社でラッキーだったじゃろ?」

「乳神さま、あざーす」


 本音が出てしまった。


「2つ目は、抑えていた気持ちを表に出し、積極的にアプローチする呪いじゃ」

「はっ?」

「蜜柑嬢、カラスから救われたのをきっかけに、そなたを少なからず好きになってしまったようじゃ」

「あれ、マジだったの?」

「じゃが、蜜柑嬢は友だち想いのママ。親友の夫に手を出すような女子ではない」

「夫じゃないけどな」


 大事なことなので、否定した。


「そなたへの恋慕の情を無理やりにでも抑えつけるじゃろう。だが、それでは嫉妬作戦は発動せぬ。じゃから、我が背中を押したのじゃ」


 信じられない。あの蜜柑さんが僕のことを好きなんて。


「よかったな。あの爆乳を思い通りにできるのじゃから」

「……蜜柑さん、性格もママだし、手のひらに収まりきれないG乳は見事だ。けどな」


 僕は乳神を睨んだ。


「人は乳のみに生きるにあらず」

「クリスマスイブにうまいこと言いおってからに」

「僕はおっぱい好きだけどさぁ、おまえに呪われた状態で揉んだ胸なんて、ちっともうれしくないんだよ」


 好きな人同士が本当に望んでいるか、あるいは、セフレなどの割り切った関係か。

 どちらかであれば、喜んで触る。


「相手が本心じゃないかもしれないのに、触れねえって」


 双空に誘惑されたときに負けなかったのも同じ理由である。

 とにかく、蜜柑さんの異変については納得がいった。呪いの影響で精神が不安定なのだろう。


「結局、今日の件は、背中を押したおまえが悪いんじゃねえか⁉」

「べ、べつに」


 こいつ、塩対応でとぼけやがった。


「そんなことより、双空嬢のことはいいのか?」

「おまえ、いい性格してんな」

「もっと褒めるがええ」


 相手にするのが面倒くさい。


「おまえ、双空になにしやがった? 答え次第じゃ許さないからな」

「ほう、双空嬢のピンチにガチ切れするとは……作戦は成功のようじゃな」

「なっ」


 拳が震える。


「冗談じゃ」


 怒りは収まらない。


「真面目な話なんじゃが」


 急にしおらしくなる乳神。

 疑わしいので、僕は思いっきり睨みつけた。


 乳神は僕から視線をずらさず、目で訴えかけてくる。

 足を止め、見つめあうこと1分ほど。


「信じていいんだな?」

「我の目的は双空嬢の恋を成就させること。ウソは吐かぬ」

「おまえの目的については後で問い詰めるとして、信じるぞ」


 乳神は大きなため息を吐く。


「今、双空嬢に起きている異変は我も想定外のことじゃ」

「そうなのか?」

「うむ。双空嬢にかけた呪いは暴走しておる。今のままじゃ、双空嬢のメンタルは崩壊する」

「なっ」


 あまりの衝撃に言葉を失った。

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