第23話 あーん

「それでね、会場なんだけど」


 杏が空気を和ませる。


「少人数向けのパーティルームがあるんだ。ひとり数百円だから、そこを借りるでいいかな?」

「反対なわけじゃないけど、カラオケボックスじゃダメなのか?」


 僕が聞くと、蜜柑さんが反応する。


「翔くん、ごめんね~。私、料理を作りたいの~。カラオケボックスだと持ち込みできないところ多いし~」

「そう。ボクが探したパーティルームだとキッチンがあるしね」


 そう言って、杏がスマホを見せてくる。


 どうやら、マンションの一室をパーティルームとして貸し出しているらしい。お値段も4人で割れば、手頃な価格だ。


「蜜柑さんの料理が食べられるなんて、最高すぐる」


 僕は蜜柑さんの弁当に目を向ける。


 卵焼きに焼き魚、唐揚げ、マカロニ、一口サイズのおにぎり、トマトとほうれん草のサラダなどなど。定番のメニューではあるけれど、品数が多い。彩りも鮮やかだ。


「弁当も自分で作ってるんだよね?」

「簡単なものばかりだけどね~いちおう冷凍食品じゃないよ~」

「いやー、ご苦労なこった」


 僕が上から目線っぽく言っても気にすることなく、蜜柑さんは肩を回す。


 たぷんたぷんと、胸までつられて動く。

 僕は必殺技を発動させ、人知れず拝んでいたら。


「肩こったな」


 双空も肩をグルグル。こちらも揺れはするものの、蜜柑さんに比べると、迫力に欠ける。


「翔、憐れむな」

『うぅぅっ、蜜柑に対抗するんじゃなかったよぉ(;。;)』


 巨乳の世界にも格差はあるようです。


「翔くん、はい、あーん」


 唐突に、蜜柑さんが箸を差し出してきた。


 唐揚げが口の前にある。

 本能に従って、口を開ける。


 1秒も経たずに、多幸感に襲われた。

 鶏肉はジューシーで、胡椒がきいていて、揚げ物なのにくどくない。普通に店で出してもおかしくない味だ。


 唐揚げ単体ですら絶品なのに。

(爆乳ママのあーんだぞ。間接キスは実質、乳揉みだよね)

 うれしいしかない。


「翔、ヨダレがキモい」


 双空が蔑むような目で僕を見てきて、自分の弁当箱に箸をぶっさす。


「はい、あたしの卵焼きあげる」


 なんと双空まであーんしてきた。

 怖い。蜜柑さんの甘いアーンとは真逆で、辛そう。


「翔、あたしの玉子が飲めないっていうの?」

『蜜柑だけずるい。あたしなんか翔とのアーンを毎日500回妄想してるんだよ』


 蜜柑さんの嫉妬作戦の影響と思われる。

 蜜柑さんはにこやかな顔で双空を見守っていた。


「食べる。食べるから」


 僕は勇気を出して、口を開ける。

 卵焼きが入ってくる。

 双空の家の玉子焼きは塩味。昔から知ってはいるんだけど。


(辛い! 塩を入れすぎ!)


 塩対応の幼なじみは玉子焼きまでしょっぱい。


「お、おいしいな」


 僕は大人の対応を決めた。

 塩分過多と、数年ぶりの間接キス。どちらも刺激が強くて、顔に出さないようにするのがしんどかった。


 なお、双空は頬をピクピクさせている。

(喜んでるな)

 ニヤけたいのに無理やり我慢している感じだ。


 今のうちに話題を戻すか。


「というわけで、パーティルームは杏が探してくれたところでいいかな?」


 全員がうなずき、一件落着。


「料理は私が用意するね~」

「飲み物はボクが」


 蜜柑さんと杏の役割が決まった。


「じゃあ、あたしがパーティグッズを持っていく」

「僕は、えっと……」


 僕が取り残されていると。


「翔くん、私の荷物持ちをしてくれるかな~」

「もちろん」


 4人分の料理である。しかも、クリスマスだからかさばるものも多いだろう。

 気が利かない男ですいません。


「翔、うれしそうだね。蜜柑を変な目で見たら、○すから」

「クリスマスは暴力禁止です」

「翔、サンタのコスプレで来て」

「双空さん、なんで?」

「だって、血まみれになっても、服が赤ければ――」

「大丈夫じゃねえし!」


 塩対応の幼なじみがヤンデレを発動させそうだ。


「冗談」

「……冗談で助かったぞ」


 そういえば、おぱ声も聞こえなかった。本音がわからないと、地味に不便だ。


「冗談はさておき、帰りはあたしの荷物持ちをさせてあげる」

「どうせ隣に住んでるし、別にいいよ」


 昼休みが終わるまで、パーティについて話し合った。


   ○


 翌日以降も、蜜柑さんの嫉妬作戦は続いた。


 たとえば。体育の後。校庭から教室に戻ろうとしていると、蜜柑さんが足を引きずって、近づいてくる。


「翔くん、私、足を痛めちゃったみたい~」

「えっ、大変じゃん」

「たいしたことないんだけど~教室まで連れていってくれる~?」


 断れるはずもなく、肩を貸す。

 肩を組んで歩くことにあり。

 ぷにぷにした弾力ある物体が腕に当たっております。


(やっぱ、デカいわぁ)


 めっちゃ柔らかいし。

 マズい。僕も歩けなくなりそう。


 後ろからすさまじい殺気を感じて、振り向く。


「ふーん、翔。ち○こ切った方がいいのかな」

『あたしも怪我すれば良かったよぉ』


 風が冷たいです。


 毎日のように、蜜柑さんがスキンシップを求めてきて。

 そのたびに双空が反応して。

 なのに、双空は蜜柑さんを嫌うこともなく。

 塩対応をやめることもない。


 せっかくだから、僕も嫉妬作戦に便乗している。


 僕は双空の呪いを解きたい。

 塩対応と、デレの二重生活は反応に困るし。


 嫉妬のすえに双空がなんらかの行動を起こしたときがチャンス。

 僕は双空と逃げずに向き合って、彼女を解放しようと思っている。


 僕と双空、蜜柑さんの思惑が絡み合う中。

 ついにクリスマスイブ当日になった。

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