第24話 ハプニング
約束の30分前に、蜜柑さんとの待ち合わせ場所に着いた。
電車で3駅。直線距離は短いのに、乗り換えが地味に面倒くさい。地下鉄同士なのに、いったん地上に出て、200メートル以上歩くとか不便すぎる。
早すぎてやることもない。公園の周りには店もない。
とりあえず、スマホを眺める。
クリスマスイブも記念日。予想どおり、トリッターでは、多くのイラストレーターさんが力作を投稿していた。
僕が推しているらぶすかいさんもサンタコスの美少女絵をアップしていた。
胸元が開いたサンタさん、おっぱいが大きすぎて、こぼれないか不安になる。スカートも短くて、パンツ見えてるし。いいぞ。
『あいかわらず、どちゃしこですなぁ』と、お礼のリプを送っておく。
ひととおりチェックし終わって、やることがなくなる。
適当に公園内を歩く。石碑があった。歴史上の有名な人物が生まれた場所らしい。
僕も偉人になろう。おっぱい鑑定家として。
などと決意を新たにしていたら。
「お待たせ~」
蜜柑さんが小走りでやってくる。コートなのに胸がバインバイン。
「まだ時間前だし、走らせちゃって、ごめん」
「ううん、ダイエットにもなるし~」
僕は蜜柑さんから荷物を受け取る。
配達バッグ2つで、けっこう重い。
「ごめん、家まで受け取りに行けば良かったよね?」
「ありがと。うち、すぐ近くだから~」
「なんと⁉ せっかくだし、お母さんに挨拶していい?」
「翔くんったら、気が早いんだから~」
気が早い?
僕にとって蜜柑さんはママである。日頃からお世話になっているので、ママのママに挨拶でもと思っただけ。
聞き流していると、蜜柑さんは僕の肩を叩いた。
「どう? 私の格好~?」
コートの前を開けてきた。下はドレスだった。
金髪にピンクのドレス。ネックレスもキラキラしていて、豪華なパーティに参加する淑女にしか見えない。
4人でワンルームを借りて、遊ぶだけなのに気合いが入っている。
「ゴージャスすぎて、語彙力が崩壊しそう」
「うふっ、ありがとう~」
蜜柑さんはクスリと笑った後、僕の腕に体を絡みつかせてくる。
「それじゃ、行こうか~?」
「う、うん、うん」
挙動不審になった。
着飾った爆乳美少女と腕を組んでいるのもあるけれど。
違和感を覚えたからだ。
(双空がいないのに、嫉妬作戦って意味あるの?)
蜜柑さんだし、考えがあるにちがいない。
そう思って、僕は歩き始めた。
パーティ会場までは電車で2駅。
予約の時間ぴったりにパーティ会場のある雑居ビルに着く。事前に杏から共有されていた手順で鍵を借りる。
ビルの1室に入る。パーティルームはファンシーな部屋だった。壁紙やカーテンがピンクで、ぬいぐるみもある。
(杏も女子みたいなもんだし、僕、実質ハーレムなんじゃね?)
ワクワク気分で、配達バッグをテーブルの上に置く。
「料理は家で作ってきたの~。保温バッグだし、みんな揃ってから出せばいいから~」
「じゃあ、皿とコップの用意ぐらい?」
「うん、家から紙の皿とコップ、割り箸を持ってきたよ~」
「すぐに準備終わるな」
双空と杏もそろそろ来るはず。
むしろ、早く来てほしい。
というのも、コートを脱いだ蜜柑さんを前にして、緊張しているから。
肩がむき出しになって、胸元も開いたドレス。蜜柑さんの起伏に富んだ体の魅力を最大限に引き出している。
端的にいって、攻撃力が非常に高い。地球を支配できるレベルかも。
全力で拝みたいのだが、チクリと胸も痛む。
蜜柑さんは僕を信用してくれているわけで、裏切りたくはないのだ。
でも、双空がいると、僕の行動はバレてしまう。
魅惑のおっぱいにひれ伏すべきか、我慢すべきか。
ハムレットになった気分で悩んでいると。
「翔くん、私といいことしない~?」
蜜柑さんが僕の隣に腰を下ろして。
「いいこと?」
僕の太ももを指でスリスリしてきた。
「うん、大人のいいことしちゃおうか~」
大人のいいことといったら、アレしか思いつかない。
つい、ゴクリと唾を飲んでしまう。
「うふっ、翔くんったらかわいいんだから~」
クスクス笑う蜜柑さんの上半身が揺れる。
薄いドレスに包まれた、大胆な双丘を斜め上から見下ろす形になり。
絶景に心を奪われる。
「翔くん、私を触りたいんでしょ~?」
「うっ」
もちろん、触りたい。
先日、事故で揉んでしまったときの記憶が焼き付いている。
あまりにも強烈すぎて、脳が快楽を寄こせと叫んでいる。
『揉んじゃえよ』
その一方で。
『いや、けどさ。合意の上でも、いけないんじゃね?』
僕の脳内には慎重派もいて、論争が始まった。
『おまえさぁ、おっぱい好きなんだろ?』
『ああ。僕はおっぱいを愛する』
『なら、なんで食わねえんだ? グルメを味わわない評論家なんて、インチキとしか思えん』
と言い争う間に、蜜柑さんが僕の手を握ってくる。
乙女の温もりが僕の脳を揺さぶる。
『やっぱ、インチキだよな。僕、ラーメンを食べないラーメン評論家になるとこだったわ』
慎重派は敗れてしまった。
蜜柑さんが僕の手を自分の胸元に引き寄せる。
あと1センチで触れるというところで――。
「やっぱ、おかしい」
唐突に、僕は我に返った。
「嫉妬作戦は双空がいなかったら意味がないし」
かりに双空がいたとしても、胸を触らせるのはやりすぎだ。
(なにか変だ?)
首をかしげていたら。
「嫉妬作戦って、なんのことかな~?」
「へっ?」
大前提が崩れた気がする。
「私、翔くんのこと考えると、ここがこんなに熱くなるんだよ~」
蜜柑さんは胸に手を添えると、切なげな顔をする。
まるで、僕に恋をしているとでも言わんばかりに、うっとりとしていた。
「だから、翔くんに私の体温を感じてほしいの~」
蜜柑さんは唖然とする僕の手をふたたび、自分の胸元に持っていく。
(やっぱ、ムリ!)
だって、僕は………………………………。
彼女の泣きそうな顔が目に浮かんで、気持ちが萎んだときだった。
「蜜柑、なにしてるの?」
幼なじみの声がした。
ドサッと床に荷物が散らばる。クラッカーや、卓上型のクリスマスツリーが転がった。
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