断章

第21話 日課

【大丘双空視点】

 あたしには誰にも言っていない日課がある。


 近所の神社へお参りすること。


 理由は、乳神という神さまを祀っているから。

 メインで祀られる主神しゅしんではなく、脇役の配神はいしんなのは残念だけれど。


(まあ、乳神さまが主神だとバズっちゃうか?)


 ネットでネタにされ、おっぱい好きな男性が興味本位に観光に来て、胸に悩む女子が参拝に訪れる。

 想像するだけで、行きにくくなる。


 今のあたしはエッチには無関心。

 少なくとも、表向きにはそういうキャラでいる。


 翔が他の女の胸をチラ見するたびに、冷たい対応もしているわけで。

 ここ数年で築き上げたイメージを崩してはいけない。


 万が一、あたしが痴女だと、学校でばれてしまったら…………。

 また、あたしは彼に迷惑をかけてしまうから。


 そんなのは認められない。

 好きな人に塩対応をする方がマシ。

 何年も、自分にウソを吐いてきたというのに。


「あたし、なんで、動揺してるのかな?」


 今日の出来事を思い出すだけで、自分への憤りがこみ上げてくる。


(日課の時間をずらせばよかったなあ)


 昼間。あたしは乳神さまに参拝しようと、神社を訪れる。

 そこで目撃したのは、好きな人と親友。しかも、上半身裸で、完全に事後だった。


 親友に裏切られた悲しみと、肉欲に溺れた翔への失望感と、翔との距離を詰められなかった自分への不甲斐なさ。

 それらの気持ちが絡み合って。


 つい取り乱しちゃって。


 最終的に勘違いだったけれど。

 あたしの胸にはわだかまりが残った。


 好きな人と、親友を少しでも疑ったのは事実だから。

 信じられなかった自分が許せなくて、たまらない。


 家に帰ってからも、勉強はイラストが手につかない。膝に顔を埋めて、部屋の隅っこでいじけ続けていた。


「闇しかない」


 気づけば、12月の空は暗くなっていた。

 本来なら、部屋の電気ぐらいつけるべきだとわかっている。でも、面倒くさい。


「双空、ごはんよお!」


 お母さんが叫んだ。


(なにか食べれば元気になるかな)


 夕飯はあたしの大好物ばかり。ささみと大豆、キャベツのスープ。マグロとアボカドのサラダ。豆腐ハンバーグ。どれも豊胸に良い食材を使っている。


 普段だったら、喜べたのに。

 食べても、心が弾まない。おっぱいも揺れない。

 虚しくなるだけ。


「ごちそうさま」

「もういいの。あなたの好きなものなのに」

「ごめんなさい」


 早々に食事を済ませると、あたしは部屋に引きこもる。

 なにも手につかず、時間だけが流れていく。


(こうなったら、ショック療法ね)


 あたしはスカートを脱ぎ捨てると、机の角にパンツを押し当てる。


「はぁぁんっ❤」


 翔を妄想して。

 噂には聞いていたけど、破壊力がすごい。つい声が出てしまった。


 けれど――。

 どれだけ、好きな人のことを考えても。

 運動をしても。



 快楽は襲ってこなかった。

 むしろ、体が冷めていく。


 なぜなら、非実在の翔はあたしに手を出したのではなく、蜜柑の胸を揉みしだいていたから。


「あたし、なにしてんだろ?」


 好きな人を欲望解消の道具に使って。

 苦手なNTRを勝手に想像して最悪な気分になって。

 手っ取り早く快楽に逃げようとして。


 自分が嫌で、嫌で。

 さらに、憂鬱になる。


「……助けて、乳神さま」


 救世主の名前を口にする。

 小4から数えて、6年以上、あたしは乳神さまへ祈りを捧げている。


 いまのメンタル状態では、エッチなイラストなんて描けるはずもなく。

 蜜柑に相談するの気が引ける。疑っちゃったし。


 おっぱいの神さまは乙女の味方。

 他にすがるものはない。


「お願い、乳神さま」


 両手を合わせ、神社の方を向く。


「胸が苦しいの…………翔が好き。でも、冷たくしちゃう。いつ愛想を尽かされてもおかしくない。あたしがバカだから」


 神さまに向かってマイナスな言葉を吐いたら、少しは気分が変わってきた。


「翔と一緒になりたい。嫉妬も塩対応もしない人間になりたい」


 気づけば、願望の言葉になっていた。


「だから、あたしを助けてください」


 神さまが実在するなんて、物語の話。

 頭ではわかっているのに――。


『そなたの祈りを聞き届けたり。我が造物主よ』


 空耳が聞こえた。


 神さまがあたしに応えてくれた。

 幻聴でもうれしかった。

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