第20章 離さない

「ふーん、翔、犯罪者になったんだ?」


 幼なじみの目は腐った魚のようだった。乾いた声も完全に僕を侮蔑している。

 一方。


『翔、信じていいんだよね……?』


 本音は泣きそうに震えていて。

 口元も歪んでいて。

 目、口からの声、胸の声、口。


 各部位が異なった感情を放っていて。

 あまりにもアンバランスで、いまにも壊れそう。


(振り回されてばかりだけど、双空も女の子なんだよなぁ)


 保護欲をかき立てられ、胸が苦しくなる。

 と同時に、僕が犯した罪を自覚させられた。


(僕なんかが双空を穢しちゃダメだろ)


 僕は自分の胸に沸き起こる気持ちに蓋をすることにした。


「べつに、犯罪じゃねえし」


 言いたかったこととは別の言葉が出てくる。


「ふーん、言い訳するんだ?」

「それが?」

「だって、蜜柑は上が下着姿で服がボロボロ。翔は上半身裸なんだよ。乱暴に襲ったとしか見えないんだけど」

「……そ」


 感情を抑えようと思っていただけなのに。

 塩対応になってしまう。


(なんで、僕……)


 乳神のせいだ。

 今日、奴と再会してから変な事件ばかり。


 本人の反応から察して、カラスは間違いなく黒。突然の突風も、自然現象なのか怪しい。

 蜜柑さんが転んで、僕が胸を揉んだ件すら、奴の仕業と思えてくる。


(連続でラキスケが起こるなんて、できすぎだろ⁉)


 いや、双空がタイミングよく来たのも、疑いたくなる。

 万が一、乳神のあずかり知らぬことで、アクシデントだとしても。


 僕が悪いわけではない。

 乳神に文句を言ってやろうとするが。


「自分で修羅場を解決するがええ」


 幼女の姿をした神の体は透明になっていき。


「今後も期待しておるぞ」


 空気に溶けるかのように消えてしまった。

 

 怒りの矛先がなくなり、ふと冷静になった。

 まず、なにから考えればいい?


 自分のことじゃなく、女の子のことだ。

 ラッキースケベの裏にある女子に思いを馳せる。


 まずは被害者の蜜柑さん。僕に上下の下着を見られて、胸まで揉まれたわけだ。

 いちおう、僕が助けたことに感謝してくれている。

 内心では恥ずかしいだろうし、怒ってもいるだろう。

 蜜柑さんに対して、『僕の責任じゃない』なんて、口が裂けても言えない。


 もうひとりは目撃者の双空。僕に恋する幼なじみ。

 好きな人が親友に手を出したとしか考えられない状況で。


「翔なんて……しらない」

『マジ、つらたん』


 彼女の心の痛みが伝わってくる。


(乳神のせいにして、逃げてる場合じゃないな)


 覚悟を決めるも。


「翔なんか……………………絶交なんだからぁぁぁぁぁっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 双空にしては珍しく、叫ぶと。

 回れ右をして。

 右足で地面を強く蹴る。


 逃げ出そうとする双空の腕を。


「行くな」


 僕は掴んでいた。


「離して」

「離さない!」

「変態⁉」

「ああ、僕は変態だ。だから、無視する」

「なに、それ⁉」

「僕は双空と離れたくない」

「へっ」


 双空は手足をばたつかせるのを止めると、ふたたび僕の方を向く。


「いま、なんて言ったの?」

「双空と絶交したくないって言ったんだよ」


 恥ずかしいので、意図を口にすると。


「言ってることちがくない⁉」


 さっきから双空は僕に対して感情を露わにしている。


「……僕は双空と離れたくない」


 僕に感情を見せてくれた、ご褒美だ。


(めっちゃ恥ずかしいんですけど)


「えへっ❤」


 クールな銀髪少女がニヤけている。


(こうしていれば、かわいいのになぁ)


 じつは、双空はチョロいのかも。おぱ声でデレている時点で予想はできていたが。


「そらちゃん、私からも説明させて」


 コートで身なりを整えた蜜柑さんが双空に向かい合う。さすがに、僕のセーターを着なかったらしい。


「……わかった。話ぐらいは聞く」


 双空も多少は落ち着いたようだ。

 蜜柑さんが地面を指さす。カラスの羽が数枚落ちていた。


「散歩してたら、たまたま翔くんと会ったの~。話してたら、私がカラスの群れに襲われちゃって~。翔くんは助けようとしてくれたんだけど~服がダメになったわけ~」

「そう。蜜柑さん裸コートをさせるわけにはいかないだろ?」

「そりゃ、変態だしね」


(双空さん、小2のときに僕と一緒に裸コートしたよね⁉)


 公園で遊ぶ小学2年生が裸コートだと、誰が思っただろうか?


 余計なことを言って、機嫌を損ねたくない。

 事実だけを双空に伝えることにした。


「だから、僕がセーターを貸した。着替え中のところにおまえが来た。それだけ」


 蜜柑さんの判断で、パンツとパイ揉みの件は揉み消したようだ。胸を揉んだだけに、揉み消すのは正解かも。


「蜜柑が言うなら」

『ふう、よかった~。翔と蜜柑がセフレじゃなくて』


 双空は胸をなで下ろす。


(ってか、セフレだと思ってたの⁉)


 僕が暴行したと勘違いしたはず。


「まあ、蜜柑が翔を好きになるなんて、あるわけないし」

『いろんなプレイが好きだけど、ネトラレ《NTR》だけはNGだもん』


 逆にいえば、NTR以外はOKなんだ。


「そらちゃん、翔くんモテるんだよ~。カラスと戦ったときもかっこよかったし~」


 蜜柑さんは柔らかい笑みを浮かべる。

 僕をフォローしつつ、素直になれない双空を注意したいのだろう。


 双空のアシスト役である蜜柑さんが僕を好きになるわけないし、冗談なのは間違いない。


「まあな、僕、モテモテになる予定だから」


 僕はドヤ顔を決める。

 その裏で、なぜか胸がモヤモヤしていた。


「非モテな翔に特別サービスです」

「双空、どうした?」

「蜜柑にセーター貸していいから」

「お、おう。僕のでよければな」

「変なことに使ったら、○すから」


 いつもの塩対応に戻った。

 一方、蜜柑さんは真っ赤になって、無言で僕のセーターを受け取る。


   ○


 しばらく、3人で話したあと、帰宅する。

 勉強を再開した。気分が乗らなくて、ほとんど頭に入らなかった。

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