断章
第17話 ブーメラン
【大丘双空視点】
プールに行った日の夜。
あたしは疲れた体にムチを打ち、イラストを描こうとしていた。
が、昨日に引き続き、進捗はゼロ、ゼロ、ゼロ。
脳内は絵のことではなく、プールでの出来事でいっぱい、おっぱい。
どうしても、遊びの余韻に浸ってしまうのだ。
「まさか、パイオツ星人ウイングさんが翔だったなんて……」
行きの更衣室にて。蜜柑さんが着替えに戸惑っていた。手伝おうとしたのだけれど。
『私は大丈夫だよ~。翔くんを待たせるのもかわいそうだし、先に行って~』と、言われた。
私の親友は気を利かせてくれたらしい。
せっかくだし、後ろから彼を眺めよう。
なんのために?
もちろん、翔成分を補充するため。
ひっそり彼の背後に回り込んだときだった。
たまたま、スマホの画面が見えてしまう。
そこに映っていたのは――。
トリッターの画面で。
あたしが描いた、おっぱいを強調するイラストで。
彼のアイコンは馴染みのあるもので。
彼はあたし宛にリプを打っていて。
彼が送信を終えたとたんに、あたしのスマホが反応して。
それだけ重なったら、誰でもわかる。
奇跡だ。
匿名のSNSで、幼なじみとつながっていたのだから。
あたしと翔は運命の赤い糸で結ばれているのかもしれない。
「翔、あてぃしのこと好きすぎ」
子宮の奥がムズムズしてくる。
(とりあえず、さすっておこう)
スカートの中に手を突っ込み、パンツの上からまさぐる。何度か動かしていたら、気分が落ち着いてきた。
「うれしいといえば……」
あたしは翔の観察や、イラストのために、モノを見る力を鍛えている。翔が眼球を動かさずに女性の胸をチェックしても気づけるのは、特訓の成果。
写真を撮っているとき、チャラ男に盗撮されているのを見破ったのも、目のおかげ。
(あたしの目って、魔眼かも!)
冗談はさておき。
たった一言で、翔は異変を悟ったわけ。
チャラ男に立ち向かったことも含めて、かっこいいしかない。
「3万回惚れ直したんですけどぉ」
ウォータースライダーで胸を押し当てたとき、心臓がドクンドクンと高鳴る。
通常の3倍速でもおかしくないぐらい。さすがに異常すぎる。
あたしの愛がバレてないか不安だ。
「だって、告白は海を眺めながらって決めてるもん」
海が見えるホテルもチェック済み。告白を成功させて、朝までエッチしたい。
「まあ、翔、鈍感だしね。あたしが宇宙一愛してるって、気づいてないか……」
なのに、妙なところで勘もいいから困る。
たとえば、あたしがセックス事件を思い出したって、なんでわかったのかな?
あの事件はマジで最悪だった。
(あたしが悪いんだけどさ)
軽い気持ちだった。
子どもの頃、あたしと翔はいろんなプレイをした。
翔にローソクを垂らしたり、あたしがノーパンで外を出歩いたり、放置プレイをしたり。
小学生がして問題にならない範囲のプレイはやり尽くしてしまう。
次第にマンネリ化してきて、あたしは新たな刺激を求めた。
そこで思いついたのが、スリルを味わう行為。
学校で下着姿になって、彼を誘惑してみよう。
もしかしたら、キスぐらいするかもしれないけれど、それ以上は避けるつもりだった。
ところが、下手を打ってしまう。
彼は巻き込まれただけであるにもかかわらず、教師に怒られ。
クラスでも笑われて。
ガキどもがセックスを連呼しているとき、あたしは本気でやるせなかった。
悪いのは、あたし。
痴女なあたし。
説教されたり、いじめられたりするのは、あたしだけでいい。
翔には関係ない話だ。
自分を責めて、行き場のない怒りが沸々と湧いてきて。
どうしようもない気持ちを抑えきれなくなって、教室から逃げ出したのだ。
だというのに、いまだに翔は誤解している。
あの事件をきっかけに、あたしに羞恥心が芽生えたのだ、と。
半分当たりで、半分外れ。
(あたしからしてみたら、彼に迷惑をかけた罪悪感の方が強いんだよね)
「翔がわかってくれなくて、つらいよぉ」
(ううん、あたしが自分勝手なだけか)
あたしは彼に本音を伝えていない。
なのに、彼にあたしの気持ちを読み取ってと考えるなんて、傲慢すぎる。
『あたしの言いたいことわかる?』は女子のあるあるセリフだけれど、いまいち好きになれない。
言葉に出さなかったら、理解してもらえるはずないのだから。
「まあ、ブーメランなんだけどさぁ」
刺さった。胸に刺さった。痛い。痛すぎる。
「なんで、あたし、素直になれないんだろ?」
ため息がこぼれる。
自分への苛立ちをペンに込めて、板タブに線を引く。
昨日よりは手が動いた。
「リアルがダメダメだから、2次元で彼を喜ばせよう!」
あたしはなにも変わらない。
いつか、彼に告白できる日が来るのだろうか。
永遠にできる気がしなくて。
自分すら思い通りにできないフラストレーションを絵にぶつける。
好きな人にパンツを見せたいのに勇気が出ない女子のイラストだ。
数日後に完成し、トリッターに投稿する。
『どちゃしこ、しこのしこ』
そう、彼からリプをもらえて、うれしさを噛みしめたのだった。
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