第15話 初めての経験

『ねえ、あたしのブラジャーで、しこれる?』


 小4になったばかりの4月。放課後、学校の裏庭で僕は幼なじみと遊んでいた。

 人目がない場所とはいえ、とんでもないことを言い出す双空さんである。


『な、なんのことかな?』


 僕が話についていけずにいると。

 双空さんは、突然、上着を脱ぎだし――。


 真新しいブラジャーが現れる。


 当時の僕にとって、母と一緒に入浴するときにしか拝めないもので。

 大人の象徴であって。

 いくら双空は早熟で、性知識が豊富とはいえ、まだ子どもだと思っていたのに。

 僕よりも1ヶ月遅く生まれてきたのに。

 膨らみ始めた胸と、胸部を守る布が、いやおうなく男女の違いを見せつけてくる。


『翔のママにブラを選んでもらったの。かわいいでしょ?』


 ピンクの布地にリボンがついていて、女の子っぽい。

 かわいいデザインなので、素直にうなずく。


『すると、あたしとエッチしたくならない?』

『べ、べつに』


 子どもだった僕に好奇心はあれど、性欲はない。淡々と受け流す。


『ふーん、じゃあ、あたしと子ども作るのは?』

『大人になったらね』

『よし。避妊すればいいんだね』


 子どもの作り方を知らない僕は、なにも考えずに首を縦に振る。


『大丈夫。痛くしないから。あたしが教えてあげるね』

『……ほ、ほんと? 双空ちゃん、気持ちよくなるとか言って、僕を縛ったよね? あれ、痛かったんだからぁ』

『あ、あれは特殊なプレイを研究したかっただけ。今回はノーマルだよ。男の子は気持ち良くなって、おしまい』

『で、でも……』


 なんとなく一生に一度のイベントだと直感して、尻込みしてしまう。


『翔は意気地なしなんだからぁ』

『双空ちゃんが元気すぎるんだよぉ』

『じゃあ、お姉さんがリードするね。怖くないよ』


 双空は迫ってくる。

 春の陽ざしが銀髪に降り注ぎ、見とれてしまう。


 自分の欲望に忠実で、おませな幼なじみ。

 常に僕を引っ張り、僕にいろんな遊びを教えてくれる。

 なんの取り柄もない僕にとって、幼なじみとすごす日々は刺激的だった。


『わかった。双空ちゃんに任せるよ』


 双空は僕に迫ってくる。思わず、芝生の上に尻餅をつく。

 すると、双空が僕に覆い被さってくる。


 染みひとつない顔が間近にあって、細い指が僕の胸を撫でて。

 さらには、股の間に彼女の膝が当たっていて。

 甘酸っぱい香りが鼻孔をくすぐり。

 えも言われぬ高揚感に身を委ねたくなる。


『とりあえず、キスしよっか』


 彼女が唇を近づけてくる。

 さくらんぼのような唇はおいしそうで。


 性知識はなくても、ドラマでキスシーンぐらい見たことはある。

 ファーストキスの味を想像し、期待に胸を膨らませたときだった――。


『なにしてるの⁉』


 教師の大声が僕たちをとがめた。


 小学生が学校で下着姿になり、キスをしようとしていたわけで。

 親を呼び出された挙げ句、たっぷり怒られたのは言うまでもない。


   ○


 翌日。僕はひとりで学校に行く。

 未遂に終わったとはいえ、学校が僕たちの関係を問題視している。

 ふたりで仲良く登校して問題になったら、面倒だ。


 教室に着く。


 すでに双空は自席にいた。いつも活発な幼なじみはうつむいている。

 まだ、昨日の件で落ち込んでるのかなと思っていると。


『だ、旦那さんのお出ましだぜ』

『旦那さん、子作りの調子はどうですか?』


 話したこともないウェーイ系男子が僕に凸撃してきた。


『な、なんのこと?』

『みんな知ってるぞ』

『翔と双空って、学校でパコった変態夫婦だってな』


 囃し立てた男子どもは黒板に、『❤翔×双空』とテンプレないじりを決めた。


『なんで、こんなことに……』


 ポツリとつぶやくと、近くにいた女子が反応する。


『わたしさぁ、聞いちゃったんだよねぇ。避妊するって』


 クラスでトップクラスに目立つ女子だった。友だちも多く、噂好き。双空ほどではないが、ませている。


『ふたりって、セッ○スしてるんだよね?』


 人気者の発言をきっかけに。


 ――セッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○スセッ○ス!


 セッ○スの大合唱となり。

 クラスメイトたちの騒ぎが大きくなる一方で。

 双空は縮こまっていって。


 ついに。


『あたし、翔なんかとセッ○スしないもん!』


 爆発した双空は教室を飛び出していく。


 僕は幼なじみの後を追いかける。

 が、教室のドアを開けたところで、担任とぶつかった。


『おい、どこに行くんだ?』

『どこって……』


 僕は双空が去った方に目を向ける。

 担任は黒板の落書きと僕の態度、不在の双空の席に荷物があることから、察したのだろう。


『みんな、静かにしなさい!』


 結局、担任が双空を探しに出かけた。


 僕たちのクラスに保健の先生が来て、臨時の性教育が行われた。

 僕は子作りの方法を知ってしまう。


 家でいくらでもふたりきりになれるのに、学校で行為に及ぶ意味もない。

 あの日、どこまで双空が本気だったかはわからない。


 でも、僕が言われるままだったせいで、双空に恥をかかせたのは事実なわけで。

 幼なじみを守れなかったことを悔いるのだった。


   ○

 

 噂は数日中には消え、双空は立ち直ったものの。

 以来、エロを封印し。

 僕に塩対応を取るようになった。

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