第14話 応援する理由

 ウォータースライダーに乗っている間、スマホを近くのロッカーに預けていた。

 終わってから取り出すと、杏からメッセージが入っていた。


『しょうくん、ボクと蜜柑さんでおやつを買ってくるから、場所を取っておいて』


 双空もスマホをいじっていた。頬を赤く染め、膝をもじもじさせている。


「双空、どうしたんだ?」

「蜜柑たちが戻ってくるまで、仕方なく一緒にいてあげるから」

『蜜柑、ふたりきりにしてくれてありがとナス! 応援メッセージ、マジで泣けたからね。あたし、翔を落としてみせる』


 蜜柑さんと杏が図ったらしい。

 プールの脇に休憩スペースがある。屋内なのにパラソル席だ。


 時間は午後3時すぎ。それほど蜜でない。

 場所取りをするほどでもなく、すぐに暇になった。

 気を利かせたのなら、杏たちはしばらく戻ってこないだろう。


 双空とふたりきりになるわけで。

 10年以上も一緒にいて、双空が塩対応になってから早数年。

 面倒くさいだけの幼なじみを異性だと思えなかったのに。


 ウォータースライダーで密着したせいで、変な気分になってしまう。

 いや、冷静に考えたら、乳神が現れて以来かもしれない。

 塩対応の裏でどストレートに好意をぶつけられたのだ。

 しかも、銀髪の超絶美少女で、胸も大きい子に。

 エッチ寄りな男子高校生としては、平常心でいられない。


 幼なじみの魅力に気づいてしまったら、うまく会話できる自信がなくなってきた。

 なんとなく、双空が感情と真逆の発言をする理由がわかった気がする。


 居心地が悪い。

 腰を浮かし、座り直す。プールチェアがミシミシと音を鳴らした。

 不快な音なのか、双空が睨んでくる。


(スマホでもいじろうか)


 蜜柑さんたちのせっかくの好意をムダにするようで気が引ける。


 が、肝心の双空もスマホを触っているので、今さらだ。

 トリッターの通知が来ていた。数分前、らぶすかいさんからのリプがあった。


『パイオツ星人ウイングさん。いつも応援ありがとうございます。おっぱい、三日会わざれば刮目かつもくして見よ! 復活まで少々お待ちくださいね』


 トリッターのフォロワー数は1万人弱のアマではあるけれど、個人的には神絵師。そんな人からリプをもらって、興奮してきた。


『次回作、ゆっくりと楽しみながら待ってますー。おっぱいしか勝たん!』


 リプを返しておく。

 狙ったようなタイミングで、双空のスマホが震えた。

 双空はスマホを見つめて、ニヤニヤしていた。


「な、なにか良いことあったのか?」

「別に」


 おぱ声を聞くまでもない。鼻の穴をピクピクさせている。喜んでいるときの癖だ。


「あっ、そうだ」


 双空が淡々と言う。


「翔、二次元のエッチな絵が好きだよね?」

「当たり前だろ」

「好きなイラストレーターさんいるの?」

「おうよ……らぶすかいさんって言うんだけどさ、将来有望なおっぱい絵師さんだと思っている」

「へ、へえ」


 言葉こそ塩対応なのに、顔はニヤニヤして、声もうわずっている。


「そ、その人のどんなところが好きなの?」

「自分の性欲に忠実で、思いっきりぶつけてるところかな」

「そ、そう」


 双空は笑いを噛み殺したような顔で。


「複雑なんだけど」


 ため息まじりにつぶやく。

 さっきから意味がわからない。


「翔、ドエロ」

「うっ、否定はできないけどさぁ」

「なんなの?」

「らぶすかいさん、ただエロいだけじゃなくて――」


 幼なじみは琥珀色の瞳をキラキラさせて。

 僕に期待のまなざしを向けて。

 いつもの冷たさは感じられなくて。


「昔の双空を思い出して、まぶしいんだ」


 恥ずかしいことを口走ってしまった。


「翔のバカ」

『なに⁉ どういうこと? 気になって、パンイチで都内1周したくなったぁ』


 僕のせいで幼なじみが通報されたら、ご両親に申し訳が立たない。


「昔の双空を見ているようで、らぶすかいさんを応援してるのかもな」

「ふーん、そうなんだ」


 双空は意味ありげに微笑むと。


「…………いつも、ありがとね」


 水音にかき消されるぐらいの小声で言う。

 僕に礼を言う意味がわからなかった。それとなく確認してみる。


「なんか言ったか?」

「ううん、なんでも」


 双空は首を横に振る。


「ねえ、なんで昔のあたしみたいだと応援したくなるのかな?」


 珍しく僕に興味をぶつけてくる。

 おっぱいの声は聞こえない。


 塩対応の双空ですら、がんばったんだ。

 恥ずかしいのを我慢して、言葉を紡ぐ。


「双空、昔は夢を追い求めてたよな」

「……」

「周りに白い目で見られても、自分の欲望に忠実で、双空に憧れてたんだ」

「うぅ、恥ずかしい話をしないでよぉ」


 おっぱいがエロい本音をダダ漏れさせているので、説得力がない。


「過去は変えられないし、僕たちはお互いの恥ずかしいところを見せ合ってるだろ?」

「ちっ」


 双空は眉をひそめると。


「昔のあたしはエッチでした……認めればいいんでしょ」


 今もエッチだと言ったら、面倒くさいことになりそうだ。


「でも、あたしがエッチだったから、翔にも迷惑をかけちゃった」


 幼なじみは唇をギュッと噛みしめて、瞳に涙を浮かべていた。

 例の事件のことを思い出しているのだろう。


 あの日の出来事が僕の脳でも再生された。

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