第12話 美学

「あの無断で撮影するのやめてください」


 声がうわずる。


「あっ、おまえ誰?」


 双空たちにスマホを向けていたパリピは、さも興味なさげに言う。

 対応の冷たさは双空と争える。


 だがしかし。

 幼なじみによる上っ面だけの塩対応と、悪意ある言葉は決定的にちがっていて。


「あなたが盗撮してた子の連れだけど?」


 はっきりと僕は男の罪を突きつける。


「盗撮だと⁉ 俺、無実なんだけど、なあ?」


 男は隣にいた友だちに呼びかける。


「うぃーす。オレらも撮影しようと思ってたんだわ。たまたまスマホがそっちに向いただけなんじゃね?」

「お、おうよ。たまたま」

「たまたま……かよ。オレらさあ、たまたまには自信があるんだぜ。たまたま写真を撮ってたら、JKのパンチラが映ってたりでさあ。マジで奇跡を起こした風に感謝だわ。たまたまって、金玉じゃねえのかよ⁉(こらーーー! 笑笑笑)。

 ところで、てめえの連れ。美少女やろ。だから、オレらも心配してやってんだ。だからさあ、見守ってたら、たまたまパイオツが映ったかもよ。減るもんじゃねえし、気にすんなよ。って、これはひどい。オレらエロオヤジじゃん。草生えるわw」


(こいつら反省してねえじゃん)


 唐突に、自分語りやらセクハラやら。大学生に見えるけど、おじさん構文からして、おじさんです。


「あんたらの事情は知らんけど、僕の連れは迷惑してるんで、消してもらえますか?」


 おじさん構文の使い手をまともに相手にしても時間の無駄。要求だけを伝えたところ。


「だから、撮ってねえし、かりに映っていても偶然なの」

「そうそう。別に問題ねえって」


 パリピは舌を打つ。耳にはめたピアスがチャラい。

 埓があかないので、角度を変えることにした。


「なあ、双空。どう見えた?」


 幼なじみは僕が眼球を動かさずにおっぱいを観察しても、見破る。


「その人たち、さっちからあたしたちをエロい目で見てた。スマホもわざと向けてた」

「なっ、証拠はあんのかよ?」

「ない」

「ねえのかよ⁉」


 思わず双空に突っ込んでしまった。

 冷静に考えれば、視線は盗撮の証拠になるはずもない。


「だいいち、シャッター音も鳴ってねえじゃん」

「おうよ。みなさん、こいつのスマホからシャッター音聞こえましたか?」


 近くにいた野次馬に尋ねるパリピたち。

 残念ながら、誰も答えない。


「誰もシャッター音を聞いてねえってよ」

「つうわけで、オレらは盗撮してねえ」

「つかさぁ、冴えないガキを放置して、俺らと遊ばね?」


 ついにナンパまで始めてしまった。


(なんとかしなきゃ)


「スマホのシャッター音は消せますよね? 盗撮してないなら、見せてもらっていいですか?」


 言葉遣いこそ丁寧だが、確実な手段に打って出た。


「はあ? 誰がてめえにプライバシーを見せるかっての」


 案の定、うまくいかない。


「てか、てめえむかつく」

「おう、やっちまうか」


 男どもが敵意を向けてきた。

 相手は年上の男。それもふたり。喧嘩になったら、間違いなく負ける。


 さっきから指が震えて仕方がない。

 双空たちが原因でなければ、逃げていた。


 けれど――。


 小学生のときの記憶がフラッシュバックする。

 双空がトラブルに巻き込まれて。

 当時の僕は双空の後ろを追いかけるばかりで。

 僕が守ってあげられなくて。

 その日をきっかけに、僕たちの関係はおかしくなってしまって。

 後悔した僕は少しでも変わろうと思って。

 強くて立派なイケメンにはなれなくて。


 でも、だからといって。


「もう、逃げるもんか!」


 弱気になる自分に発破をかける。


「さっきからおまえらうっせぇわ」

「はあ、ガキがやる気か?」


 男が指を鳴らす。喧嘩モードだ。


「おっさん構文とか、おまえら昭和の亡霊かよ?」

「それがどうした?」


 まさに一触即発。逃げるのはやめたとはいえ、正面から戦ったら負ける。

 それに、喧嘩になって学校に連絡が行ったら、女子たちにも迷惑がかかる。


 あえて、僕は自分にしかできない作戦に出た。


「おっさん構文をバカにして、すまんっす。僕もおっさんでした」

「「はあ?」」


 熱くなっていた男たちは毒気を抜かれたような顔をする。


「翔、変になった?」

「そらちゃん、翔くんを応援してあげましょ~」

「しょうくん、信じてるから」


 仲間の声援も助かる。

 僕は息を吸い込むと。


「僕はなあ、おっぱいが好き。世界でいちばんおっぱいが好き。特技は相手に気づかれずに、おっぱいをチラ見すること」


 人前では言わない自分をさらけ出す。


「なっ、こいつアホやろ」

「おうよ。オレらに盗撮うんぬん言っておいて、てめえもおっぱいしてるじゃん⁉」

「それがどうした。だって、僕も男の子。おっぱいが好きだから好き。それのなにが悪い?」

「おう、オレらもおっぱい大好きだ。ならさぁ、オレらに写真を撮らせてくれよ」


 思っていることを適当に言ってたら、パリピは食いついてきた。


「やだ」


 もちろん、塩対応で返した。


「だって、僕のおっぱい活動には美学があるから」


 堂々と胸を張る。


「男って無意識に女性の胸に目が行くよね。無意識だからしょうがない。けどさ、女子にしてみたら不愉快。なら、どうすればいい?」

「「……」」

「相手にバレないように見ればいい。どうせ見るものは見る。けれど、相手が認知していなければ問題にはならない」

「それが盗撮とどうちがうんだよ?」

「おうよ。盗撮もバレないようにしてるし」


 盗撮を自白してるんだけど。


「個人的に盗撮には2つの罪があると思っている」


 法律的な観点は無視だ。


「ひとつは本人が知らないところで、想定外の姿を撮っていること。パンチラとか、裸やトイレなんかが該当する」


 れっきとした犯罪行為である。


「もうひとつは写真が残ること。被写体も知らないところでネットにアップされる危険があるんだ。許可もしてないのにえちぃ写真がばらまかれて、変なことに使われるかもしれない。女の子にしてみたら、恐怖だろうよ」


 男たちは下を向く。


「でもな、僕の場合は、無意識に見てしまうおっぱいしかターゲットにしていないんだ。ブラチラなど狙わないし、記録には残さない。服の上からおっぱいを眺めて、妄想するだけ。誰にも迷惑をかけてない」


 正義だと主張する。詭弁なんだが、勢いだ。


「つうわけで、おまえらのは迷惑行為。だよな?」

「そ。キモい」


 珍しく双空は僕以外の男に塩対応を決める。


「写真は消すこと、いいな」

「あたし、通報する」


 最後に双空は淡々と最後通告する。

 感情が見えないだけに。


「まっ、マジで通報すんのかよ」

「わかったよ、消しとく」


 男は僕たちの目の前で写真を削除すると、そそくさと去って行った。


「さあ、みんな。気を取り直して遊ぶよ」


 雰囲気を変えたくて、僕は空元気を出す。


「翔くん、ありがとね~」

「しょうくん、かっこよかった」


 蜜柑さんと杏に褒められて、充分報われた。


「翔、ごめん」


 消え入るような双空の声を僕は聞き逃さなかった。

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