断章

第9話 スランプ

【大丘双空視点】

 金曜日の夜。

 あたしはペンタブとにらめっこしていた。


(なんで、描けないの?)


 いつもだったら、えちえちな女の子を描きたくて、体がうずうずして。

 衝動のままにペンを動かしていたのに。

 今日はまったく進まないまま、1時間も経過していた。


「あたし、どうしちゃったんだろ?」


 3日前。蜜柑や杏さんにも指摘されたときには、ついスッキリすると認めてしまった。


 はっきりした自覚はないんだけど、胸が変というか。

 胸が変?


(もしや⁉)


 ペンを机に置くや、左手で左胸を下から持ち上げ、右手で揉んでみる。


「くっ……期待させやがって」


 サイズは1週間前から1ミリも変化なし。


(このままじゃ、1年経っても、Fカップになれないよぉ)


「あたし、一生Eカップなんて、イヤだし」


(今日も翔の奴、蜜柑のGカップを94回半も見やがったわけで)


「Gになったら、翔、あたしを見てくれるのかなぁ」


 親友に嫉妬したくはないし、蜜柑は大好き。


 でも、あの包容力ある笑みにくわえて、Gカップは反則すぎる。

 翔が喜ぶのも当たり前といえば、当たり前で。

 蜜柑がうらやましくなる。


「はぁ~あたし、ホントにダメな子。大好きな人とまともに話せなくて、塩対応してばかりだし」


 自分が惨めすぎて、泣けてくる。



 幼い頃、あたしはエロガキだった。

 きっかけは、翔のお母さん。おばさんはエステティシャンで、豊胸の施術もしている。


 女性誌やら、女性向けのエッチな本やら、女体についての資料やら。そういった本が翔の家には豊富にあった。

 おばさんに頼んで読ませてもらっているうちに、女の子が大好きになってしまった。


(まさか、おばさんも幼女が理解できるとは思ってなかっただろうね)


 大人の前では猫を被っていたけれど、翔の前では性欲をオープンにしていた。

 欲求は解消されまくり。毎日が楽しくて仕方がなかった。


 けれど、あたしがエッチなせいで、翔に迷惑をかける事件があって。

 あたしは自分の欲望を封印した。


 我慢したのはいいけれど、体がうずいて、うずいて。どうしようもない。


 行動に出さなくなっただけで、翔と愛し合いたい願望が消えたわけじゃないから。

 抑えれば抑えるほど、エロスが暴走しそうになって。


 あたしは性欲のはけ口をネットに求め、同人誌と出会った。

 リアルでエッチができないなら、二次元で表現すればいい。

 吐き出せないエロスをイラストにぶつけた。


 エッチな女の子を描くのは、メチャクチャ気分が良かった。

 誰かに強制されたのではなく、自分が書きたいから書いている。


 女子がエロイラストを自由に描ける世界。日本に生まれてよかった。


 翔を襲わずに済んだのはイラストがあったから。

 その分、塩対応になっていることは反省はしているけれど。頭ではわかっていても、直せないから、あたしダメな子。


 よくよく考えれば、あたしって翔に対して。

 痴女か。

 塩対応か。

 どっちかな態度しか取ってない気がする。


(迷惑な幼なじみだよね)


 はぁ~ため息。


「あっ、いまだったら絵が描けるかも」


 あたしにとってイラストを描くのは、フラストレーションをぶつけたいから。

 卑屈になればなるほど、力が満ちてくる。


 と思って、ふたたびペンを取る。

 数分後。


「やっぱ、ダメじゃん」


 まったく描けていなかった。


 充たされてないはずなのに、スランプになるなんて変。意味がわからない。

 ペンを動かそうとすると、なぜか翔の顔が浮かんでくるのだ。


「……最近の翔、変だよね」


 うっすらと感じていたことを言葉にしてみる。


 自分の声を耳から聞いて確信した。


 翔、大人になったというか。

 余裕が出てきたというか。


 あたしが塩対応しても、笑顔でうなずくこともある。

 まるで、あたしの胸のうちを見透かしたと言わんばかりの顔をする。


 たんに面倒臭くなったのか、心境の変化があったのか。

 翔に聞いてみないとわからない。


 けれど、最近の翔と接していると――。


「胸がポカポカするんだよねぇ」


 心臓に手を添える。鼓動が熱くなっていた。


 ふにゃぁ。

 なぜか、翔に揉まれてる気分になって、息が荒くなる。


(もう、今日はダメだね)


 明日は出かけるし、服の準備もしないといけない。


 男子は翔ひとり。

 女子は蜜柑と杏さんと、あたし。

 美少女ふたりを前に翔がデレるはず。


 負けてなんていられない。

 あたしには、翔のお母さん直伝のメイクと、気合いを入れた服と、勝負下着がある。

 全力を出そう。


「塩対応じゃダメなんだけどね」


 思わず苦笑いがこぼれる。


「神さま、お願いします」


 明日こそ、少しは素直になれますように。

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