第8話 勘

 双空と後ろにいた蜜柑さんが空いていた席に座る。


「で、杏さん、あたしの噂話なんてして……」


 双空さん、相手が僕でないので笑顔だ。問い詰めている感がない。


(そのコミュ力、僕にも向けてくれよ)


「あはは」


 杏はバツが悪そうに苦笑すると。


「そらさん、今日もきれいだねって、しょうくんが言ってたんだぁ」


 とんでもないことをおっしゃられる。


(杏さん、なにを言っておられましてのことよ?)


 親友であり、全魂を賭けて守りたい杏さんなので、内心で動揺するに留めておく。


「杏さん、ホントにお世辞がうまいんだから」


 双空は満更ではなさそうに見えて。


『翔があたしを褒めるわけないもん。顔じゃなくて、胸ならワンチャンあるかもだけど。翔、ド変態だから……翔のバカ、おっぱい星人』


 女心は複雑でございます。


「で、蜜柑さん、どうしたの?」


 僕は話をそらした。


「えっ~と、とくに用があるってわけじゃないんだけど~」


 蜜柑さん、机の上に大きな胸をドカンと載せている。その席は僕の斜め後ろの女子だ。男子の席ではなくて助かった。

 おっぱいのことだけに胸をなで下ろしていたら、双空に睨まれた。


(蜜柑さん本人が気づいてないのに……)


 僕の特技は相手に知られずに胸をチラ見することである。


 女子は男子の視線に敏感らしい。とくに、胸。男子はバレてないと思っていても、高確率で気づかれている。

 内心では不愉快な思いをしているか、しょうがないなぁと思っているか。

 人によって感じ方は異なれど、男子は罪を見逃してもらっているにすぎない。


 でも、おっぱい見ちゃう。そこに山があるから。


 女子には嫌われたくない。最悪、セクハラ予備軍になってしまうし。

 そこで、僕は修行した。


 バレたらアウト。なら、バレなければ問題ない。

(眼球を動かさずに、おっぱいを拝めばいいじゃん)


 スパイのような訓練のすえに、男子の弱点を克服したのである。


(だというのに、なぜか双空には見破られるんだよな)


 昨日、喧嘩して神社に行ったのも、蜜柑乳チラ見がバレたのが原因だし。

 もしかしたら、双空は僕のスキルを破る能力者なのやもしれぬ。


 僕が考察している間に3人が盛り上がっていた。


「そらちゃん、なにかいいことあったの~?」

「そらさん、いつもより、声が高いよぉ」

「えっ、そうかなぁ」


 どうやら、蜜柑さんと杏が女子トークをしていた。杏は女子ではないけれど、実質女子。


「昨日の帰りになにかあったんでしょ~?」


 蜜柑さん、勘が鋭い。


 蜜柑さんは高校に入ってから知り合った友だちで、僕たちと仲良くなって半年になる。

 おおらかで、包容力があり、ママ。素直になれない双空を気にかける子だ。


 ちなみに、蜜柑さんと杏は同中だったらしい。

 僕が杏と仲良くなるや、4人でつるむようになったわけだ。


 まあ、4人グループとはいっても。


「翔、なんで女子トークに混ざってんの」


 双空と僕の関係は冷え切っている。


「翔くん、飴ちゃん食べる~?」

「しょうくん、ボクはいても気にしないからね」


 蜜柑さんと杏が優しくしてくれるからグループの体裁を保っていられるわけで。


「蜜柑に杏さん、本当になにもないから……にっこり」

『だってぇ、あたし、翔が大好きだもん。愛情がにじみ出ちゃうのかな。なら、もっと甘くしないとだね。翔をメロメロにしたいから』


 友人たちの努力も虚しく、双空はぎごちない笑みを浮かべる。怒ってるようにしか見えない。


 幼なじみが失礼な態度を取ったにもかかわらず、ふたりは聖母みたいな笑顔で応じる。良い子すぎる。


「それより、蜜柑。遊びに行こうよ。期末試験勉強を始める前にでも」

「そらちゃん、いいよ~」


 話題が変わって、ほっとした。


 ところで、蜜柑さんと話している双空を見ていて、気づいたことがある。

 おっぱいの声が聞こえないときもあるのだ。


 ここ数分の会話を思い出して、脳内AIが解析する。


 もしかして、僕絡みで塩対応するときだけ本音をダダ漏れしている?

 たとえば、蜜柑さんを遊びに誘うときには自分にウソを吐いてはいないのだろう。だから、おぱ声は必要ないとか。

 いちいち、おぱ声が聞こえるとウザいので、助かった。


「ところで、そらちゃん~」


 砂糖蜜柑さん、笑顔なのに、双空を見る目が笑ってない。


「昨日の帰りになにかあったんでしょ~?」


 双空がスルーしたネタに戻す。

 名前からして甘々キャラなのに、ただ甘い人ではないらしい。


「うーん、よくわかんないんだけどね」


 双空は腕を組んで、首をかしげている。


「大丈夫。私がぜんぶ受け止めるから~」


 蜜柑さん、豊かすぎる胸をパンパンと叩く。

 ふにゅん、ふにゅん。地震も来てないのに、揺れた。


「昨日から胸のムカムカが少しだけスッキリしたというか」


 もしかして、乳神様が現れてから?

 双空に変化があって、本人も自覚してないとなると、おぱ声しか考えられない。


「しょうくん、なんだかんだで、がんばってるんだね」

「もしかして、あの神社で良いことしたのかな~?」


 杏と蜜柑さんが僕を見て、ニヤニヤする。

 双空のおっぱいの声が聞こえるようになりました、なんて言えない。

 杏は僕の性癖知ってるからいいとして、蜜柑さんに嫌われたら生きていけない。


「いつもみたいに喧嘩しただけなんだけどなぁ」


 素知らぬフリをする。


「そ」


 双空も超絶塩対応で首を縦に振る。

 本音も聞こえたが聞き流す。


「ところで、そらちゃん。遊びに行く件なんだけど~」


 空気を察して蜜柑さんが話題を変える。


「今度の土曜日、4人で出かけない~?」

「あっ、ボクも混ぜてくれるなら、うれしいかな」


 なにかの意図を察して杏が、すかさず同意する。


「ふたりが言うなら、別にあたしはいいけど…………しょうがなく、翔も来ていいんだからね」

『まさか、翔とグループデートできるなんて、うれしすぎるよぉ。もう、もう、もう。ふにゃけしょ~。みゅみゅみゅみゅみゅ』


 冷たい顔をして、内心はとろけそうになっていました。

 幼なじみがかわいすぎて、さすがに断れない。


「どうせ、僕も暇だし」


 心なしか、双空の頬が緩んだ気がした。

 僕の発言なのに怒ってないなんて、珍しい。

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