第7話 隠しごと

 双空、杏と一緒に教室に入る。


「おはよう、双空ちゃん、杏ちゃん」


 双空と杏が女子に挨拶をされた。


「うん、おはよう♪」


 双空は僕と接するときとは別人のように愛想良く応じて。


「おはよう。挨拶ありがとね」


 杏も笑顔が美少女である。これで男子だから。


「ついでに、小山おやまくんもおはよう」

「お、おはよう」


 しょせん、僕はおまけである。まあ、双空と杏、蜜柑さんは、我がクラスの3大美少女と呼ばれ、男女を問わず人気が高い。2人に比べたら、しょうがない。

 むしろ、女子が話しかけてくれる分、感謝しなきゃ。


 ところで、僕たちに挨拶をした子、ブラウスのボタンが取れかけている。

 気になるけれど。

「胸元のボタンが取れそうですよ」なんて、指摘できない。


 胸をチラ見したのがバレそうだし。

 教室での僕はエッチじゃないマンである。


(普通にセクハラになるもんなぁ)


 放課後までは、「おっぱい」離れをしないといけなくて、寂しい。


「ねえねえ、ちょっと」


 双空が本人の耳元に口を近づけて、なにかをささやく。


「うわぁ……さっきから男子の視線が気になってたんだよね。マジで最悪」


 くだんの女子は胸を押さえながら、自席に戻っていく。

 双空はウジ虫を見るような目を僕に向けて、言う。


「翔も見てたよね」

『浮気は御法度だけど、今回は翔を信じるよ。遠回しに教えてくれてたんだよね。だって、あたしの旦那だもん。いざというとき、女の子の味方なんだからぁ』


(どう反応すりゃいいんだよ?)


「なんのことかわかりませんよ」

「あははは。そらさん、しょうくんを信じてあげてよ」


 杏ちゃん、マジで良い子すぐる。結婚したい。

 そんなことをしていたら。


「おはよ~」


 後ろから声をかけられる。


 金髪の爆乳お姉さん同級生である、砂糖さとう蜜柑みかんさんが入ってきた。


 なお、名字は佐藤の間違いではない。砂糖が正解だ。

 名前も声も、まとった雰囲気も、すべてが甘い癒やし系女子である。


「そらちゃん、今日も朝から夫婦漫才してるのかな~」

「み、蜜柑。べつに、そんなんじゃないし」

「あらあら、素直になれなくて、かわいいんだから~」


 蜜柑さん、双空の後頭部を掴むと、自分の胸元に引き寄せる。


「よしよし~そらちゃん、がんばった、エラい、エラい~」


 Gカップに双空の顔が埋まる。

 うらやましい。


「キマシタワー‼」

「ママ、あたしにもおっぱいちょうだい」

「てぇてぇ」


 などと周囲が盛り上がる。

 一方で、僕は別の見方をしていた。


(蜜柑さん、双空の本音を知ってるよな)


 杏も気づいていたようだし。

 塩対応を真に受けていたのは、僕だけ?


 昨日までだったら。

『僕と双空が夫婦漫才。んなわけないない。夫婦だったら、おっぱいぐらい触らせてくれるっての。なのに、双空、僕の性欲を全否定するし』みたいに思っていた。


 たった一日で変わりすぎて、頭が混乱してくる。


 とりあえず、自席に行くか。



 やがて、始業のベルが鳴り、学校生活が始まる。


 秋の空はどこか不安定で、晴れているのに、今にも曇りそう。

 悶々とした気分のまま、昼休みになる。


「しょうくん、お昼一緒に食べよ」


 杏が弁当箱を持って、空いている隣の席に座る。


 杏は弁当箱を開けた。

 オムライスはケチャップでハートが描かれている。イタリアンっぽいサラダや、ウサギ形のリンゴも女子力が高い。


「杏さあ、今日も自分で作ったのか?」

「そだよ。かわいいお弁当が食べたいもん」


 僕は高鳴る胸を押さえつつ、話を進める。


「今朝の相談のことなんだけど、これからいいか?」

「うん、もちろん」

「……気に障ること言ったら、ごめん」

「大丈夫。ボクがしょうくんに怒るわけないし」


 僕は周りの目を意識して、声を低くして聞いてみた。


「杏、僕と蜜柑さん、双空以外の人に、自分のことを言ってないんだよな?」

「うん、親にも言ってない」


 実は、杏は本物の女子になりたいと思っている、男の娘。

 自分の本来の性別は女だと感じている、トランスジェンダー。


 杏は女子になりたい想いを秘めたまま、男子として高校生活を送っている。

 僕たち3人を除いて、秘密らしい。


 表面と内面がズレている点で。


「他人に本当の自分を見せられないって、どんな気分なのかな?」


 双空と似ている面があって、聞いてみたのだ。

 不愉快になるどころか、杏は微笑を浮かべていた。


「しょうくんの口から出ると思わなかった」

「えっ?」

「しょうくん、教室だとエッチな自分を隠してるじゃん。本音を見せない意味では、ボクと一緒だよ」

「そ、そういうものなんだ」


 おっぱい大好きな自分を隠す僕と、LGBTであることを打ち明けない杏。

 あまりにもちがいすぎる気が……。


「女子にバレたら引かれるのを気にするのも、好奇の目で見られるのを心配するのも、どっちも自分の本音を見せてないよね」

「人目を気にして、本音を隠す意味では同じってことか?」

「うん。学校だと男子の制服だし、かわいい服じゃないもん。だから、休日はフリフリのワンピースを着て、メイクも決めて、街を歩くの」

「ピンスタの写真、最高すぐるんだよなぁ」


 杏さん。女装男子としてピンスタに投稿している。メチャクチャかわいい。


「できれば、カミングアウトして女子の制服を着られたらいいけど、現実的にハードルは高いのわかってるから。親や学校、みんなに理解してもらわなきゃだし」


 杏は笑っているけれど、どれだけ大変なことか。

 本音を言えないツラさは察せられる。


 問題の大小は違えど、双空も我慢してると考えるべきか。


「しょうくん、ボクが本音を言っても引かないでいてくれる」

「お、おう」

「ボク、しょうくんのそういうところが好きなんだからね」

「杏。僕も同じだ」


 杏は僕が性欲を解放させても、笑って受け止める。だから、悩みも打ち明けられる。

 とはいえ、おっぱいの声が聞こえるようになったなんて、言えないけれど。


「欲望の解放の仕方って、人それぞれだと思うよ」


 そろそろ食事も終わる。

 甘い時間も終わりだ。杏はまとめに入っていた。


「ボクみたいに自分をかわいくしたい子もいれば、絵を描いたり、甘いものを食べたり」

「おっぺぇ」

「そらさんのことはボクよりも、しょうくんの方が知ってるし」


 なぜ、双空の話が?

 そう聞く前に。


「杏さん、あたしがどうしたの?」


 双空が笑顔で立っていた。

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