断章

第5話 おっぱいイラストレーター

大丘おおおか双空そら視点】


 お風呂上がり。

 体が火照ったのを利用して、あたしはモードを切り替える。


 らぶすかい。大丘双空から、らぶすかいになった。


 あたしは趣味でイラストを描いている。主に、SNSや投稿サイト、同人誌で活動している。


 PCを操作し、SNSトリッターにつないだ。

 

 二次元美少女がパジャマをはだけさせ、好きな人におっぱいを見せている画像ファイルを開く。

 いいおっぱいの日にあわせて描いたイラストだ。


「ワンチャン、プロになれたらいいなぁ」


 投稿ボタンにマウスのカーソルが乗せる。

 さあ、投稿しよう――。


 と思ったところで、人差し指の動きが止まった。


「うーん」


 昨夜、仕上げたときは完璧だった。自分でも最高傑作と思える、おっぱいイラストだった。

 だというのに。


「なんかちがうかも」


 女の子がウソっぽく感じられるというか。


「見直そう」


 あたしはベッドに行き、ポーズを取る。

 パジャマをはだけさせ、胸を強調。描いたイラストを再現してみた。


 さらに、恋する乙女の妄想を働かせる。


『おっぱいはなぁ、ただ存在するだけで神々しいんだよ』


 翔の声が脳内で再生された。


『だがな、ムダにおっぱいを見せようとすると、おっぱいの品格は下がるんだ。いまのおまえはおっぱいの価値をわかってない。出直してこい』


 案の定、脳内の翔にディスられた。

 彼に通じない絵を描いても意味がない。

 描き直そう。


 夜8時をすぎている。

 今日中いいおっぱいの日に間に合うかわからないけれど、中途半端なものはアップできない。


(翔をしこらせたい!)


 彼が喜びそうなポーズを考え、自ら再現して、自撮りする。

 試行錯誤するうちに、エッチな気分になってきた。


(えちえちしたい。このあと、メチャクチャしたい)


 けれど――。

 ストレートなのは翔に迷惑をかける。


(あたし、もう痴女はもうやめたんだから)


 欲情しているのに、顔には出さず、でも、好きな人を喜ばせたい。

 乙女心は複雑なの。


 あたしは思い切ってパジャマを脱ぎ捨てる。

 彼氏のために勇気を出した感を出しつつ、恥じらいも捨てない。

 矛盾する乙女心を上目遣いで表現してみた。


「ねえ、写真を撮って」


 スマホのアシスタント機能を使って、自分の姿を撮影する。


「これだ! これなら翔もしこるはず」


 時計を見る。今日の終わりまで、残り3時間半。


「すぐに描こう」


 自分でもびっくりするぐらい集中して描いた。描いた。描いた。


 2時間弱で色塗りに着手する。

 あとは単純な作業。頭を使わないので、いつも考えごとをしてしまう。


「今日も塩対応失敗しちゃったな」


 翔が大好きで、宇宙一愛していて、彼になら処女も捧げてもいい。

 なのに――。


「なんで、あたし、素直になれないのかなぁ」


 いま、描いているイラストも、翔とのエッチを妄想している。

 創作活動では自分の欲望に忠実になれる。


 なのに、現実の彼を前にすると、つい塩対応になってしまう。

 とくに、彼がひそかに女子の胸を見たり、エッチなことを言ったりすると、制御がきかなくなる。


「いまさらなのにね」


 子どもの頃はドエロで、いまはエッチなイラストを描いている。

 プロではないけれど、トリッターのフォロワー数は1万ぐらいで、それなりにファンはいる。


(自分がエッチなくせして、なんで彼を許せないのかな?)


 ため息が漏れる。

 自分が悪いと頭ではわかっていても、彼の前だとテンパるから困る。


「このままじゃ、見捨てられちゃうよね」


 彼に塩対応をするようになって、6年が経つ。

 中学のときは疎遠になりかけた。


 幸い、同じ高校に入って、同じクラスになって。蜜柑と親友になれて、彼女のおかげで最近では翔といる時間も増えている。


 よくよく考えてみる。


 翔との縁が切れなかったのは、たんなる偶然で。

 翔が優しいから。

 あたしを受け入れてくれるから。


 子どもの頃、おっぱいアイスとかバカなことをしても、離れないでいてくれた人だし。


 でも、翔にも限界はある。


 優しくて、顔が整っていて、胸が大きくて。

 そんな子が彼にアプローチしたら?


(間違いなく好きになるよね)


 たとえば、蜜柑あたり。あの子、天然の癒やし系美少女で、爆乳。翔、エッチな目で見てるし。


「蜜柑、あたしの気持ちに気づいてるから、大丈夫だけどね」


 胸をなで下ろしつつも、自分の浅ましさが嫌になった。

 一歩間違えたら、親友を疑うところだったから。


「ぜんぶ、あたしが悪いのに、ホントにバカ」


 作業中でなかったら、自分の頭を叩きたい。


「って、クヨクヨしてる場合じゃない」


 あたしはイラストレーター。リアルでの怒りは作品にぶつければいい。


 幸い、今日の絵は複雑な乙女心を描いたもの。

 自分の矛盾を投影するかのように、絵に魂を込めていく。


 11時すぎにイラストが完成する。

 どうにか、いいおっぱいの日に間に合った。


 トリッターにアップする。

 すぐに、反応があった。数秒単位で「いいね」が増えていく。


 1分後にリプがあった。


『らぶすかいさんの描くおっぱいマジで最高ですね。いつもありがとうございます。

 パイオツ星人ウイングより』


 パイオツ星人ウイングさん。いつも、あたしの絵を褒めてくれる人だ。おっぱい愛は相当なもので、勝手に同好の士だと思っている。


『パイオツ星人ウイングさん、いつもありがとうございます。これからもがんばって、えちえちな絵を描いていきますね』


 パイオツ星人ウイングさんとやり取りしていると、なぜか体が熱くなる。

 ネットでしか接点のない人で、もちろん恋愛感情はない。あたしが好きなのは翔だけだし。


 よくわからないけれど、ウイングさんに翔の姿が重なって見えるんだよね。


「って、言い訳じゃん。浮気は浮気。あたし、翔にお詫びしないと」


 あたしはパジャマを脱ぐ。11月の夜。普通に寒い。


 タンスを開け、秘蔵の下着を身に着ける。

 勝負用に買ったものだ。控えめに言って、最高級にえちぃ。もはや、紐だし。

 ベッドに潜り込む。脳内で、幼なじみにご奉仕した。

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