第4話 11月8日は良いおっぱい記念日

「被告人は、11月8日午後4時56分。チチガミという子の胸を揉みたいと叫んだ。罪を認めますか?」

「……叫んだのは事実だけど、本気で痴漢しようと思ってないぞ」

「有罪」

『ふー、翔が塀の向こうに行ったら、あたし、全裸で東京を1周して追いかけるところだったし………………けど、冗談でも浮気は絶許』


 重い。おっぱいの声が重い。


「あ、あの。双空さん」


 思わず呼びかけたのはいいけれど。

『双空さん、本音ダダ漏れしてますよ』だなんて、言えない。


 とにかく、なにかしら釈明しないと。


「乳神について説明させてくれ」

「発言を許可する」

「乳神ってのはな」


 勢いで言ったのはいいけれど、なんも考えてなかった。

 せっかくだし、神社を利用しようか。


「この神社、乳神を祀ってるみたいでさぁ」

「そうなの?」


 双空は首をかしげながら、スマホを取り出す。ポチポチいじる。

 適当に言ってみたのだが、まさか調べてる?


「たしかに、この神社、配神はいしんは乳神様みたい」

「……信じてくれたか」


 まさかの正解だった。


 ちなみに、配神とは?

 通常、神社では複数の神を祀っている。そのなかで、主に祀られているのが主神しゅしんである。主神以外の神を配神と呼ぶ。


「で、乳神様がどうしたの?」

「せっかく、おっぱいの神様がいるんだ。巨乳のカノジョおなしゃすって、祈ろうと思ってさ」

「バカ、やっぱり……おっぱいと付き合えば」

『巨乳のカノジョがほしいなら、ここにいるじゃない。翔が飽きるまで、揉ませてあげてもいいんだから』


 双空さん、塩対応でデレてきた。

 それきり、双空はしゃべらなくなる。


(乳神の件、追及する気はなくなったのかな)


 神様の胸を揉みたいだなんて、二次元美少女相手の妄想と変わらない。神様なので不敬だけれど、あのキャラだし。



 さて、これからどうするか?


 乳神は消え、おっぱいの声は聞こえる。

 声はウザいが、自力ではミュートにもできない。

 この状況を受け入れるしかないようだ。


 双空は手を合わせ、祈っている。


『乳神様。あたしのおっぱいに力をください。あたし、毎日、おっぱい体操をしてるんです。翔、巨乳好きですし、もっと大きくなりたいの。あと、豆乳を飲んで柔らかくしようと努力してるんですよ。だから、翔に好かれるように……理想的なおっぱいを、あたしにください』


 真摯な祈りを勝手に聞いてしまい、バツが悪くなる。


 双空から距離を取る。普通の声と同じように音量が小さくなった。

 秋の夕陽が銀髪に降り注ぐ。厳かな神社にいることもあって、神々しい。


 幼なじみを眺めながら、僕は状況を整理することにした。


 僕にだけ塩対応の幼なじみ、本心では僕が好きらしい。

 塩対応とデレのギャップの裏で、双空は心に闇を抱えている。

 僕が本物の双空を理解し、双空の心を解放すれば、呪いは解かれる。


(本物の双空か……?)


 本物って、なに?

 ロジカルに考える一方、昔の双空を思い出していた。


   *


 あれは小3の夏休みだった。

 双空が僕の家に来ていた。母は仕事なので、家には僕たちしかいない。


 猛暑の昼下がり。僕たちはアイスを食べようとしたのだが。

 双空は卵型の風船に入ったアイスを見て、ニヤニヤする。


『翔、このアイス、おっぱいじゃね?』

『そ、そうかなぁ』


 双空はアイスを2つ掴むと、自分の胸に押し当てる。


『ほら、ぜってぇ、おっぱいやろ』

『たしかに』


 一番尖ったところに、ゴムの突起物がある。

 双空は突起の半分の位置にハサミを当て、切る。


『はい、翔ちゃん。ママのおっぱいチュウチュウしましょうねぇ』

『……僕、赤ちゃんじゃないんだけど』

『むしろ、赤ちゃんじゃないから、おっぱいを吸うんだよ』


 当時、性知識のなかった僕はポカンとするばかり。

 双空は戸惑う僕の口にパイオツアイスを当ててくる。


『ほら、溶けちゃうし、ママのおっぱいを舐めてみ』


 結局、アイスを食べたい欲に負けて、吸ってみる。甘かった。濃厚なミルクが絶品だった。

 何口か吸った後。


『はい、選手交代』


 今度は僕の胸にアイスを当てる。Tシャツ越しに冷たさを感じた。敏感なビーチクが刺激されて、変な声が出そうになる。


『ちゅる、ちゅる……はみゅ』


 なぜか双空は普通に吸わないで、アイスの膨らみ全体をペロペロする。

 空いた方のアイスは指で摘まむ。当然、アイスは噴き出してしまい、白い液体が双空の顔にかかった。


『翔のおっぱい。どぴゅ、どぴゅって、すんごいの……もっと、ちょうだい。おっぱい、おっぱい、ぶっかけてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっっっっっっ‼』


 アヘ顔を決める小3女子。今にして思えば、とんでもなくエロかった。


   *


 当時の双空はませていて、素でエロかったけれど、楽しそうで。

 少なくとも、本音を隠しているようには見えなかった。


 どうすれば、本当の彼女を見つけられるかわからない。


 だがしかし。

 今の双空は不自然すぎるのも納得できる。


 小4から6年以上も僕に塩対応を続けていて。

 なのに、実際の双空はデレていて。


 本音を我慢して、闇を抱えているのなら。


(放っておけないんだよなぁ)


 双空とは3歳からずっと一緒にいる。

 ここ数年は離婚間際の夫婦みたいだったが、それでも疎遠にならなかった。


 もはや腐れ縁。


 僕が双空を闇から救ってみせる。


 双空は美少女だし、胸も大きい。

 かりに、本当の双空が昔の双空だとすると――。

 おっぱいの言葉も踏まえるなら。


(ワンチャン、おっぱい揉めるぞ!)


 決めた。


「僕、双空のおっぱいを揉んでみせる」


 そう、つぶやいたら。


「……翔、寝言は死んでから言えば」

『うれしすぎる。「あたしのおっぱいを揉みたいと翔が言ったから、11月8日は良いおっぱい記念日」ね。イラストのネタが浮かんだ。帰ったら、どちゃくそエロい絵を描こう!』


(双空さん、本音がダダ漏れです)


 最後の発言も気になるし。


 ふたりで神社を出る。

 秋の夕暮れ。いつも通る道。数年ぶりに、幼なじみと一緒にいて、楽しいと思えるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る