第2話 なぜ、おっぱいじゃないとダメなのか?

「なぜ、おっぱいじゃないとダメなの?」


 乳神と名乗る謎の声に突っ込んでいた。


『そなたは就職活動の面接官か? 「なぜ、うちの会社じゃないとダメなのか?」って志望動機で聞くじゃん。あの質問、ほんまウザいやな』


 斜め上の反応があった。のじゃ口調から変わってるし。


「ねえ、翔。あんた、誰と話してるの?」


 ついでに、双空からも睨まれた。

 寒い。まるで、ツンドラにいる気分だ。


「脳内の妖精さんと話してるのね。おっぱい話とかマジでクズ」

『あたしが悪いのかな? あたしがおっぱい触らせてあげてないから、幻聴なんて……うわぁぁん、あたしのバカバカバカ』


 無表情で僕を責めているかと思いきや、自分の罵る我が幼なじみ。


(これが、おっぱいの声なのか?)


 じゃなくって。


「だから、なんで、おっぱいなの?」


 双空を無視して、乳神に呼びかける。


『その前に言っておきたいことがある』


 今度は割とまともな返事が来た。


「なに?」

『人間の感情についてじゃ』

「急に学問的な話になった⁉」

『我は神じゃ。乳を語るために学問をしておる』

「おお!」


 つい、拝んでしまった。


 僕も同じだから。

「なぜ、人はおっぱいに癒やされるのか?」を研究するために、心理学や生物学、物理学、文学、歴史、文化人類学などを勉強している。それらの専門書を読むには、基礎的な学力が必要だ。なので、学校の勉強も真面目にやっている。


 動機は不純でも勉強は勉強。おっぱいは正義なのじゃ。


『おっぱいのために学びし者よ、聞いておるか?』

「師匠、申し訳ござらぬ」


 僕は本殿に向かって、頭を下げた。


『そなた、双空嬢のおっぱいの叫びを聞いたな?』

「ええ」


 双空は数メートル離れた場所で祈っていた。


『双空嬢、言葉では塩対応じゃが、心のうちではデレておる』

「やっぱ、そうとしか聞こえませんよね」

『彼女はなんらかの事情で感情を抑え込んでおる。そなたに「好き」と言わずに、冷たくあしらっておるのじゃからな』


 まさかのツンデレだったとは?

 ここ数年は、ずっとツンドラだと思ってたのに。


『塩対応で好きな気持ちを我慢しておるが、だからといって感情は消えるわけではないのじゃ』

「は、はあ」

『そこで、我は双空嬢の秘めし想いをパイオツの声にしたのじゃ』

「だから、なぜ、おっぱい?」


 さっきから、そこを聞いている。

(双空さんのツンデレは、新情報だったけどさ)


『もちろん、男子を悦ばすためじゃ』

(まさかの理由だったよ⁉)

『男子の視点が一番じゃが、他にも理由はある』


 心の中で突っ込んでいたら、乳神の声のトーンが低くなった。


『日本語には、「胸のうちにとどめておく」や「胸にしまっておく」といった慣用表現があるじゃろ?』

「ええ」

『頭や腕、足などの部位ではなく、想いは胸に秘めるものと考えられておった。じゃから、それらの慣用句が生まれたのじゃな』


 授業を受けてるみたい。


『また、古代ギリシャのアリストテレスは、「心は心臓に宿っている」と書物に残しておる』

「そうなんですね」

『「心はどこにあるのか?」というテーマは、古代より人間にとって普遍的な営みであった』


 この神様。ただの変態じゃないようだ。


『我は乳神として断言する。「心は胸に宿る」とな』

「おお」

『であるから、胸に秘めた感情を声にした方がダイレクトに伝わるのじゃ。たとえば、足から声を出すとなると、他の臓器を通過することになる。その間に情報が失われかねない。じゃから、おっぱいの声を我は開発したのじゃ』

「おっぱいの声」


 天才だ。発想が天才すぎる。


『我は双空嬢に呪いをかけ、おっぱいに本音をダダ漏れするようにしたのじゃ』


(呪いじゃなくて、ご褒美なんですけど)


『ちなみに、おっぱいの声は、人間の耳では察知できない』

「えっ、僕に聞こえますけど」

『そなたにも呪いをかけたからな。おっぱいの声を理解する力を』


(だから、呪いじゃなく、ご褒美なんですけど)


「けど、ホントにおっぱいなのかなぁ」


 ふと、つぶやいた。

 双空が塩対応する一方で、デレているのはわかった。

 たしかに、双空の声で聞こえるわけで。


 でも、おっぱいの声という証拠はない。

 そこで。


「双空さん、あんずがナイトプール女子会したいって。僕も混ぜて」


 友人の杏をダシに使って、幼なじみを挑発してみた。


「翔、蜜柑の水着姿を想像してる。キモい。豚キモい。豚キモい定食になって、熊に食べられるといいわ」

『ひゃあ、翔とプール行きたいよぉ。でも、食欲の秋で50グラムも太ったの。ムリムリムリ。あたし、豚さんだもん。あっ、この言い方だと豚さんに失礼ね』


 双空は僕を罵倒する裏で、騒いでいる。

 詳細は端折るけれど、僕にデレたり、自己否定したり。

 その間に、僕は本音の出所を掴もうと耳を傾ける。


 双空に近づく。

 喉より下が発生源だった。また、腹より上。

 となると、部位が限られてくる。


 目の前に推定Eカップの双丘があった。

 男子サイズのお椀型で、僕の大好きなタイプの形である。


 間違いない。


 から声が聞こえる。

 具体的に言うなら、左胸。心臓のあたりだ。


 マジでおっぱいだった。


(ウソみたいだろ。しゃべるんだぜ。おっぱいが)


 乳神様が言うように、男子としては楽しい。

 けれど。


「翔。あたしの胸を見るなんて、変態」

『きゃぁぁっ、翔があたしのおっぱいに注目してる。Gカップの蜜柑じゃなくて、あたしなんだよ。そらちゃんしか勝たんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんっっっっっっっっっっっっっっっっっっ‼』


 塩対応の声と、デレの声が両方聞こえるって。



 うるさい。

 しかも、顔色ひとつ変わらないから、こっちが混乱するし。


 やっぱ、呪いかも。

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