70限目 扇子を盗られた後のレイラ

(マズいな、マズいよな。あー扇子盗られたなんて言うんじゃなかった。つうか、渡したら主従関係結べば良いかと思ったがそう簡単じゃねぇよな。このままだと退学とか?)


レイラは亜理紗に扇子をとられて、桜花会役員に啖呵を切って桜花会室を出た後、すぐに亜理紗を探した。


彼女がどこに行ったか検討もつかない上に、帰宅した可能性もあったためレイラはまず玄関に向かった。そこで、亜理紗の靴箱を探し中身を確認した。


(靴がある。じゃ教室かぁ。高等部エリアは行きづらいんだなよなぁ)


そう思いながら、廊下をあてもなく歩いていると窓から中庭が見えた。中庭を取り囲むように校舎が立っているため適当に歩くと中庭に着く。


「あ……」


そこで、レイラは亜理紗を発見して思わず声を出してしまい口を押さえた。幸い、亜理紗は大きな声で話に夢中になっているためレイラの存在に気づいていないようであった。


レイラはそっと壁に体を隠し、窓の外をチラリと見た。


中庭のテーブルに座ったいるのは亜理紗と男子生徒であった。


(あれは、亜理紗の新しい特待Aか)


亜理紗はレイラから奪った扇子を広げて、自分をゆっくりとあおいでいた。


「亜理紗様、その扇子はどうなさったのですか」

「うふふ、流石、春人(はると)ね。よく気付いたわ」


亜理紗は目の前に座るウェーブの髪のソバカスがある少年を機嫌良さそうな顔で見た。


「これはね。桜花扇子よ。ある方に頂いたの」

「それでは、亜理紗様が次期副会長という事ですね。会長はどなたですか」


目にかかるくらい前髪の長い少年が楽しそうに言った。


「晃(あきら)それはまだ言えないわ」


ニヤニヤ笑いながら、もったいぶるような言い方をした。


「それでは3月の式典には亜理紗様が出られるのですね」

「そうね」

「では、その特待Aである僕も舞台に上がれるのですね」

「ええ、勿論よ」


自信満々に言う亜理紗を春人(はると)と晃(あきら)は目を輝かせてみていた。


(おいおいおいおい。それは……。アイツはバカなのか? バカだろ。奪った扇子が本来の意味を発揮するわけねぇだろ)


見ているレイラはハラハラして顔を青くした。


(なんで、そんな事言っちゃうんだよ。自分の首絞めてるだけだぞ)


更に、特待Aの二人に自慢話を続けるのでレイラは気が気ではなかった。

しばらくすると、特待Aの二人が頭を下げて中庭から室内に入り、亜理紗だけが中庭に残った。

優雅に紅茶を飲む亜理紗をみた。


(俺から扇子を奪ったことは桜花会役員にバレてるんだよな。つうか、俺が言っちゃたんだけど。まずいよなぁ。アイツどうなんるだろう。俺が余計な事言ったから)


誰もいなくなった中庭にいた彼女から先ほど人を見下すような笑顔は消えていた。

飲み終えた紅茶のカップをじっとみてはため息をついている。

そんな彼女がレイラには可愛く見えた。


(普段、勝ち気な表情ばかりするからギャップがあっていいな)


そんな亜理紗に見とれていると、バチと彼女と目が合った。


「レイラさん?」


突然、亜理紗が大声を出したため、レイラはビクリと身体動かして窓から離れた。そして、扉から出るとゆっくりと眉を寄せる亜理紗にのもとへ向かった。


「豊川先輩」

「何か用かしら? もしかして、扇子を取り返しにきましたの?」


亜理紗は立ち上がるとと持っていた扇子を閉じてその先端をレイラに向けた。


「絶対に渡しませんわよ」


(う~、それ持っているとマズイのはオマエなんだけどな)


「まったく、なんで貴女のような方が桜花会役員に気に入られているのかしら」

「気に入られてますの?」


その瞬間、亜理紗の目が吊り上がった。


「はぁ? そんな事も理解できませんの? 門で会えば憲貞様も香織様も貴女に挨拶をなさるでしょ」

「挨拶は人として当たり前だと思いますけど」


レイラが首を傾げると、亜理紗は持っていた扇子でテーブルを叩いた。その音が中庭内に響いた。

そして、彼女は、レイラの胸を指さしおでこがくっつくくらい近づいた。


(うぁ、ち、ちけーよ。唇くっつくって)


レイラが動揺するが亜理紗は頭に血が上りそれに気づいていない。


「本当に、何も知らないのね。普通、桜花会の人間から黒服に声を掛けることはないわ。それこそ呼び出し以外はね。同じ桜花会でも上級生、まして役員の方から声を掛けるなんでありえないわ。挨拶されたらチラリと見るくらいよ」


(コイツ、キレイな肌してな。可愛い顔してんだよな。唇もぷるぷるじゃん)


「ちょっと聞いているの」


まったく返事をしないレイラに亜理紗は真っ赤な顔をして更に近寄った。


(なんだ? 真っ赤な顔してコレ“ちゅー”してもいいのか?)


レイラが亜理紗の唇をに自分の口で触れた瞬間、亜理紗の大きな悲鳴と共に、扇子を持った右手が飛んできた。


(やべっ)


レイラが足に力をいれて後ろに飛んだため、亜理紗の扇子を持った右手は空中を言った。


「ななななな、なんなんののの」


顔を燃え盛るように真っ赤して亜理紗は叫んだが、言葉にならず何を言ってるのかわからない。


「どうしましたの? 何か問題でしたか」

「はぁ? 貴女、わ、あ、亜理紗にキ、キ…スをしたのよ」

「あ、近かったものですから」


亜理紗は涙目になり、口を抑えてレイラを睨みつけた。


「本当、信じられないわ。人の唇奪っておいてその態度?」

「ありがとうございました」

「ちがうわよ」


レイラの言葉を即座に否定すると、亜理紗は「ホントになんなの」と言ってその場に座り込んだ。

彼女の目にあった涙を見て、レイラは慌てて彼女に横にちゃがみ謝罪した。


「申し訳ありませんわ。あまりに可愛い顔が近づいたもので……」

「可愛い顔だからしたの? なにを言っているの? 亜理紗が貴女に何をしたか分かってる」


亜理紗が睨みつけるようにレイラを見ると彼女は首を傾げた。


「えーっと、キス?」


レイラは口に手を上げて亜理紗の顔を見ながら悩んだ。それを見て亜理紗はため息をついた。


「違うわよ。貴女に手を上げて扇子を奪ったわ。それに、登校日には圭吾様と仲良くするから引き裂きましたわ」

「そうでしたわね」


レイラが頷くと、亜理紗は眉をよせた。


「登校日、貴女は亜理紗を特待Aから助けてくれたわ。それでも、扇子を持っている事に嫉妬して奪ったのよ」

「嫉妬ですの」

「そうよ。一年のくせに、桜花会の役員の方に認められ可愛がられて。所詮は病院の娘のクセに」


(認められたいのかぁ。だから頑張ってアピールしてたんだ。可愛いなぁ)


ニヤニヤと突然笑いだすレイラに亜理紗は「え」っと言って身体を彼女から離した。


「何をにやけているのよ」

「え? あ、認めてもらいたいから頑張っていたなんて可愛いなと思ったんですの」

「はぁ?」

「私が亜理紗様の頑張りを認めますわよ」


亜理紗は目を大きくして、顔を赤くした。


「なんで、貴女なんかに。意味がないわ」


亜理紗は背筋を伸ばして、扇子の先端をレイラの方に向けながら言った。亜理紗はレイラより少し身長が高いため、彼女が背筋をのぼすとレイラの顔のすぐ下に彼女の胸があった。


(この子けっこう胸が大きいよな。16歳でこのサイズかぁ)


「レイラさん。さっきからなんなの? 話す気あるの?」


亜理紗の声に慌てて、レイラは亜理紗の顔を見た。彼女は目を細めていた。もうその目に涙はなかった。


(やばい、おっぱい見てたとか言ったらまずいよな。えっと、あ、そうだ。うん)


「豊川先輩が可愛いから助けにきました」

「はぁ? 意味が分からないわ。大体可愛いってイヤミ?」


亜理紗はレイラの顔を指さして強い口調で言った。


「私(わたくし)? 確かに私(レイラ)は美しいですわ。毎日、鏡を見てうっとりしますわ」


自分の頬を抑えて、ニコリと笑うレイラに亜理紗は「そ、そう」と気の抜けたような顔した。


「それはそうと、香織様が私(わたくし)に渡したのですわ。亜理紗様が持っていたら不信に思われますわよ」


亜理紗にニヤリと笑い、大きく音を立てて扇子を広げて顔を隠した。


「だから、こうして扇子を皆さんに見せていますのよ。全生徒が認識すれば扇子は亜理紗の物になるわ。仮に香織様がレイラさんに渡したとおっしゃたとしても問題ないですわ。亜理紗が持っている時点でレイラさんが扇子を大切にしなかった証拠になるし」


(スカートの中が見えそう……)


レイラは体勢を屈めて亜理紗を見上げた。すると、亜理紗は楽しそうに高笑いを浮かべた。


「今更、頭を下げても遅いわ。これからしばらくは扇子を皆様に見せて歩くわ」


そう言って、亜理紗はテーブルにあった鞄を持って中庭から去っていった。


(う~。やっぱり難しいかぁ)


レイラは座り直しと残念そうな顔をして亜理紗の後ろ姿を見送った。


「行っちゃった……」


レイラも帰ろうと思い、あたりを見回すと鞄がないことに気づいて立ち上がった。


(桜花会室に忘れたか)


めんどくさそうな顔をすると、亜理紗が歩いた道を歩きレイラも校舎内に入った。


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