69限目 同居人
憲貞は車から降りると、足早にマンションには入りエレベーター横にある階段を駆け上がった。
「はぁはぁ」
三階まで一気に登ったため息を切らせた。
その息を整えながら、一番奥の扉の前に立った。
表札には『江本』と書かれていた。
憲貞は鞄から鍵を取り出すと、扉をゆっくりあけた。
靴を脱ぎはやあしで、短い廊下を進みリビングに行った。
「貴也(たかや)」
ソファに座ってテレビ見ている人物に勢いよく後ろから飛びついた。
「ーっ」
貴也と呼ばれた人物は、目を大きくしてゆっくりと振り返った。
「のりちゃん。お帰り」
「ただいま」
貴也の優しい出迎えに、憲貞は嬉しそうに答えた。
彼は憲貞の腕をほどきながら「お腹空いたでしょ」と言って立ち上がった。
貴也に手を洗うように促されると憲貞はすぐに洗面台に向かった。
その間に、貴也はキッチンに行き食事の準備をした。 憲貞は洗面台から戻ると「いい匂いだ」と言ってすぐに食事をテーブルの上に並べた。
全て準備が終わると二人は席につき、両手を合わせて挨拶をして食べ始めた。
食べながら憲貞はため息を着くと、貴也は食事の手を止めて理由を聞いた。
「いや……」
「困っているんでしょ。話せば?」
「そうだな」
憲貞は迷いなが、今日あった桜花会室での出来事と自分のついている双子の特待Aである黒川兄弟の話をした。
貴也は何も言わずに頷きながら聞いていた。
「どうしたらいいのだろうか」
「え? あ〜のりちゃんはどうしたいの?」
「私は……」
戸惑いの表情を見せる憲貞。
そんな彼の様子を見ながら貴也は唐揚げを口に放り込んだ。
「だからさ、亜理紗(ありさ)様を桜花会から退会させたいの? それとも退学?」
「いや、そこまでは……」
「じゃ、なに?」
「……レイラ君を目の敵にしていじめるのが良くない」
「なんで彼女だけそんなに庇うの? 亜理紗様ってレイラ様以外に対しても態度悪いよね? 自分の特待Aと問題を起こしてその特待Aが辞めて次の特待Aがついたら以前より態度大きくなってない? 生徒会に苦情めちゃくちゃくるんだけど」
眉を寄せながらご飯を口に入れた。
貴也の言葉を聞いて憲貞のテンションは下がり、声も小さくなった。
「すまない。生徒会長の君には迷惑をかけてる」
「君が謝ることではないでしょ。で? なんでレイラ様を助けるの? つうか彼女は助けなくても大丈夫そうだけど」
全く、食事に手をつけない憲貞とは対象的に貴也はバクバクと食べていた。食事が口の中からなくなるタイミングで上手に話をしている。
「大丈夫なのか」
「あー、不信任案の心配している? それは出ないと思うよ」
「そうなのか?」
「だって、生徒会長(おれ)が通さないもん」
サラダをムシャムシャと食べながら、軽く答えた。
「あぁ、そうか」
「そもそも、不信任案はさ諸刃の剣だからさ。簡単に使えないようにはしてあるよ」
「なるほど、そうだな」
「少し様子見しているよ。レイラ様を信じてさ」
「それ、黒川兄弟も言っていたな」
そこまで話すと、貴也は箸を置いて手を合わせたて、食事終了の挨拶をした。
「食べるの早いな」
「のりちゃんが食べてないだけだよ」
貴也に指摘されて、憲貞は箸を取り上品に食事を口に運んだ。
「俺が気になるのは君がレイラ様の事を気にしているって事だよ」
「気にしているか……。そうだな」
その言葉に貴也に一気に不機嫌な顔になった。
「一緒に過ごしたいたいと思うの? この俺といるよりもいいと思うの?」
「いや。そんな訳ない」
貴也の言葉を憲貞はきっぱりと否定した。その態度に貴也のモヤモヤした気持ちが一気に落ち着いた。
「私にとって貴也が一番だ。だから君の家にいる」
貴也は憲貞の言葉に、心臓が早くなり顔が火照るのを感じた。それを誤魔化そうと違う話を振ったが言葉がうわずってしまった。
「そ、そうだね。そういえばいいの? ずっと帰っていないけど大丈夫?」
「……集合が掛かったら行く。でも、すぐ帰るから安心しろ」
フンと憲貞は鼻をならし不機嫌になった。
彼はいつも自宅に帰る事を“行く”といい、貴也の家に行く事を“帰る”と言う。貴也にとっては気分の良い事であるが彼の家族関係を心配していた。
「ご馳走様。今日も美味しかった」
貴也が食べ終わってから数十分後に憲貞は食事を終えた。
「片付けるから、風呂へ入ってくるといい」
憲貞が食器を持ち立ち上がると貴也は微笑んだ。
「いつも、ありがとう」
「いや、いつも食事を作ってもらっているからな。分担しないと一緒に住めぬだろ」
憲貞の自宅にはお手伝いの人間がいて、彼が一切家事をしない生活をしていたにもかかわらず、貴也と住むようになってからは率先して家事を行うようになった。
「嬉しいよ。大量の生活費をもらったから俺が全部家の事をするのだと思っていたよ」
「フン。父からしたら厄介払いできたのだから幾らでも出すだろう。金はいくらあっても困らないからな。遠慮することはない」
「また、そんな言い方して。お父様が生活費を出してくれているから一緒に住めるんだよ」
「それがダメになったら、私は働くぞ」
「はいはい」
全く期待していない返事に憲貞は不満そうな顔をした。それを横目に、貴也はなにも言わずに風呂に向かった。
風呂から出ると、片付けを終えた憲貞が入れ替わりに風呂へ向かった。
貴也は、冷凍庫からアイスを出すと、ソファに座りテレビを見ながら食べた。
テレビでは今が旬の芸能人がクイズに答えていた。難問と言って出される問題を貴也は心の中で全て解答していった。
「簡単すぎるだよね」
「そうか、難しいぞ」
突然、後ろから声が聞こえて驚いて振り返ると眉を寄せた憲貞がいた。風呂上がりであるため、憲貞は髪を下ろしていた。そうすると普段よりも幼く見える。
そんな彼を知っているのが自分だけだと思うと貴也は気分が良かった。
「そんな事言っているから、定期テストで大変な目にあうんだよ。これくらい簡単に解けるようにしといてよ」
「うむ」
「で?」
貴也があごを動かすと、「あぁ」と返事をした憲貞は鞄から特待Aの黒川兄弟から出された課題をテーブルの上に出した。
貴也は立ち上がり、食べていたアイスの空をゴミ箱に捨てると椅子に座った。そして、憲貞がテーブルに置いた課題をペラペラとめくった。
「黒川君たちは素晴らしいね。君にあった問題だ」
「彼らは一番、私をわかっている」
「そうかな?」
貴也が突然、低い声を出したので憲貞は慌てた。
「あ、いや、もちろん、貴也が一番だ」
「そうだよね。じゃ、始めようか」
貴也の言葉に憲貞はうなずて課題の乗り組んだ。彼がペンを動かし集中し始めると、貴也は憲貞の鞄から昨日の課題を出した。そして、その採点されたものを一枚ずつ見た。
「ふ〜ん」
彼はまた、憲貞の鞄を探り青ペンを出すと黒川兄弟が採点したものの上から書き加えていった。全て書き加え終わる頃に憲貞の課題も終わっていた。
「終わった? じゃこれ」
憲貞が課題を鞄にしまうのを確認してから、昨日の課題を渡した。「あ、すまない」と言って憲貞は受けとうとそれを確認し始めた。
「あの二人の解説も面白いけど、こっちの方が早いよ」
「なるほど」
憲貞は頷きながら、彼の解説を聞いた。数時間後、全てが終わった。
その頃には憲貞は限界のようで目を擦っていた。
「お疲れ様。寝ようか」
「うん」
眠気に負けそうになる憲貞の手を貴也はひき、寝室へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます