71限目 占拠
いつもよりも、昼休みの中庭がざわいていた。それを、教室の窓からレイラは見下ろしていた。
「またですか?」
嬉しそうに、話しかけてきたのはクラスメイトであり特待Sの生徒会メンバーである彩花(あやか)だ。
「ええ」
レイラがうなずくと、後ろにいた、レイラ付きの特待Aの夢乃(ゆめの)が不満そうな顔をしている。
「ここ二週間以上中庭を独占していますわ」
最近は、藤子(ふじこ)に言わせていたセリフも自分で言うようになった。だだ、それはレイラの前だけであり、他の生徒を威圧する時は藤子に任せている。
「あはは。この寒い時期は中庭人気なんですよね」
彩香は笑いながら言った。それにレイラが同意した。
「そうですわね。桜花の中庭は公園のように緑があり年中過ごしやすい温度に設定していますものね」
「生徒会に苦情がきて大変なんですよ。江本(えもと)会長が頭を抱えていましたよ」
彩花はこの状況を楽しんでいるような口ぶりだ。
「何であんな事するのですか? 扇子をもらったから権力アピールですか? あれでは……」
藤子は不安そんな声を漏らした。
(普通はそう思うよな)
レイラたち以外の生徒も窓から中庭を覗いていた。
その視線を浴びているのは、亜理紗(ありさ)だ。
彼女は中庭の椅子に座り、足を組んで扇子をゆっくりと仰ぎながら、周囲の生徒を見下すように見ていた。
彼女の左右のいるには、新しく亜理紗付きになった特待Aの生徒であった。彼らは黒い学ランを着て視線を正して座り、にこやかに亜理紗の話を聞いていた。
「あら」
ニヤニヤと笑いながら周囲を見ていた亜理紗はある人物を見つけると、目を大きくした。その人物は真っ直ぐに彼女に向かってきた。
亜理紗は「うふふ」と笑うを浮かべながら、足を組み直して扇子を顔の前で仰いだ。
彼は彼女の前までくると立ち止まり、丁寧に頭を下げた。
「亜理紗様。申し訳ありませんが連日、中庭一人で使用するのはやめて頂けますか? もしくは桜花会専用の庭をお使いください」
「あら、何を言っているのかしら。独占なんてしてないわ」
亜理紗は周囲の生徒を見回すと「どうぞ、皆様も一緒に使いましょう」と声を上げた。しかし、その声に応える生徒はいなかった。
「桜花会が使用すると他の生徒が気を遣い使用できません。早急に桜花会専用の庭にうつってください。 迷惑です」
「何を言っているのかしら。以前レイラさんも使っていと聞きいたわ」
「1日でしたら問題視しませんが、連日は困ります」
亜理紗は扇子を仰ぎながら不満げに、彼を睨みつけた。
「だいたい、生徒会長ごときになんで命令されなくてはならないのよ」
彼がため息をつくと、亜理紗は扇子を閉じて勢いよくテーブルを叩いた。その音が中庭に響き、彼女の特待Aだけではなく校舎から様子を覗く生徒までもが震え静まり帰った。
そして、テーブルを叩いた扇子をそのまま彼に突き刺した。
「よく見なさい。これがなんだかわかる? 桜花扇子よ。つまり、桜花会は私のものと言っても過言ではないわ」
「なるほど、6年桜花会副会長の香織(かおり)様から受け取ったのですか」
「え、そう、そうよ」
彼女は一瞬動揺を見せたが、すぐに自信満々な顔をした。
「そうなのかい?」
突然聞き覚えのある声がして亜理紗は慌てて後ろを振り向くと、そこには桜花会会長の天王寺憲貞(てんおうじのりさだ)が腕を組み立っていた。その後ろには副会長の北大路香織(きたおおじかおり)と中岡圭吾(なかおかけいご)がいた。
それを、見て亜理紗は慌てて立ち上がり彼らに頭を下げた。彼女の特待Aも身体を震わせながら、立ち上がり頭を下げた。二人の顔は真っ青で今にも倒れそうであった。
「どうだったかな」
香織は憲貞の質問に答えた。
亜理紗は頭を下げたまま真っ青な顔になり、何も言えずにだた震えていた。
「う〜ん。亜理紗君、顔を上げてくれないかい?」
憲貞は自分のあご触れながら言った。その言葉を聞いて、亜理紗は真っ青な顔を見せた。彼女の特待Aは頭を下げた状態から動かない。
「は、はい」
「その扇子ついて、説明してもらえるかな」
「あ、いえ、その……」
亜理紗は両手を動かし落ち着かない様子で、答える言葉もしどろもどろだ。その様子に大きくため息息をついた。
亜理紗は憲貞の行動一つ一つにビクビクと怯えていた。
「私がその扇子を渡したのは……」
香織が、話そうとしたその時。
「キャァー」
大きな声が聞こえた。全員の視線がその声の方を向いた。
「申し訳ありませんわ。お弁当を落としてしまいましたの」
中庭に面している校舎の窓から顔出したのはレイラであった。レイラは顔を赤くしながら周囲に何度も謝っていた。
桜花会のレイラが、不特定多数の黒服に謝罪したことであたりは静まりかえった。
しばらくすると、彼女の特待Aの藤子が落ちた弁当を回収してにきた。
「失礼致しました」
そう言って頭を下げると、お弁当を回収して去って言った。レイラも窓から離れたようで姿が見えなくなっていた。
先程まで中庭の出来事に集中していた生徒たちはもちろんのこと当事者も呆気に取られてしまい、ピリピリしていた雰囲気はなくなっていた。
そして、亜理紗とその特待Aはいつの間にか姿を消していた。
「江本(えもと)貴也(たかや)生徒会長、中庭は開放されたみたいだな。問題解決して良かったな」
憲貞が亜理紗の座っていたテーブルを見て言うとニヤリと貴也は笑った。
「解決ですか。今後同じことを繰り返されては困ります」
「あはは。手厳しいな。問題ない」
「そうですか? 今日だって副会長を二人も連れて大層なことですね」
憲貞は副会長の二人にニコリと笑いかけた。
「私の人望だ。君こそ単身で苦情解決なんて、他の生徒会役員から信頼を得られているのかね」
「生徒会は忙しいのですよ」
「それはそれは、お手を煩わせてすまないね」
お互いに笑顔であるが、見えない火花が散っていた。
普段は笑顔を浮かべている香織も圭吾もこの時は真面目な顔をして息を呑んだ。
周囲には多くの生徒がいるにも関わらず、憲貞と貴也の声しか聞こえなかった。
「忙しいのですが、亜理紗様の件はこちらで預からせて頂きます。これだけの生徒からの苦情があると見過ごすわけにはいきません」
「あれでも彼女は桜花会だ」
「ええ、存じております」
二人はしばらくじっと睨み合った。
数分が経過して「わかりました」と折れたのは貴也だ。
「では桜花会中心で構いませんが、生徒会(わたしたち)も参加しますよ」
「もちろん構わない」
憲貞はそう言うと、ゆっくりと周囲の生徒たちを見た。そして、軽く頭を下げた。すると静かだった、生徒たちが一気にざわつき始めた。
次の瞬間、黒川兄弟が現れると中庭の全てのテーブルにクッキーやマカロンなど高級菓子置かれた。全ての準備が整うと黒川兄妹は周囲に頭を下げた。
「これは、憲貞様からの詫びです」
「どうぞ、お召し上がりください」
そう言うと、校舎の窓から中庭を覗いていた生徒たち次々と降りてきた。
中庭が黒服で埋め尽くされた事には、黒川兄弟はもちろんのこと、桜花会の憲貞と香織、圭吾そして生徒会長の貴也はその場からいなくなっていた。
「茶番ですわ」
「ですねー」
その様子を窓から、レイラと彩花が見ていた。
教室にいた生徒は中庭に行った。行くことを戸惑っていた藤子と夢乃もレイラが許可したことで中庭に降りため、教室にはレイラと彩花の二人きりになった。
「茶番って、レイラ様がお弁当を落とした件も含まれますよ」
「あらら」
「何で、香織様の言葉を止めたのです?」
「なんのことです?」
しらばくれるレイラに彩花はため息をついた。
「特待の中で噂になっているのですよ。亜理紗様が持ってる扇子は本当はレイラ様がもらったのではないかと」
「そうなのですか」
短く返事にレイラに彩花は困ったような表情を浮かべた。
「出どころはわかりませんがね。そんな噂が出てきてからすぐに亜理紗様が桜花扇子を持っていたので特待の人間は疑惑の目で彼女を見ていましたよ」
「そうなんですか」
「で、本当のところはどうなのですか?」
期待に満ち溢れた目をしている彼女にレイラは口を曲げた。
「扇子……。忘れましたわ」
「言う気はないですね」
「忘れたのですわ」
その時、レイラの携帯が震え制服のポケットから取り出すと、彩花に声をかけてから電話に出ると、眉をしかめた。
「もしかして、査問会でも開かれるのですか?」
「はぁ、楽しそうですね。そろそろ、午後の授業が始まりますわよ」
そう言って、レイラが席に着くとパラパラと外にいた生徒たちが室内も戻ってきた。その生徒は中庭で食べた料理や中庭での出来事の話をしていた。
「さすが、憲貞様ね」
「ええ、お菓子美味しかった。それに憲貞様のルックスは素晴らしいわ」
「でも、威圧的じゃない? だったら、優しげな貴也会長の方が良くない。それに生活水準が私たちと同じよ」
「えー、“私だけのものだ”と言われて囲われるのもありじゃない?」
「憲貞様に?」
「そう」
「私は、圭吾会長がいいな。王子様よ。でも、今日は笑顔も見れず声も聞けず残念だったわ」
女子がキャーキャー黄色い声をあげて楽しむのを男子確かは白い目で見ていた。
「結局、金か顔かかよ」
「憲貞様は顔も金も持っているぞ。江本生徒会長は顔と頭がある」
「ねたむ対象にするには次元が違うすぎる」
「なぁ、顔と頭を持つ相馬(そうま)はどう思う?」
クラスの男子に声をかけられて、相馬は困った顔をした。
「いや、俺は大した事ないよ。つうか、あの人たちには関わりたくない。怖いし」
「そうだよな。でも、特待Sなんだから桜花会や生徒会との関わりがあるだろ」
「そうでもないよ。俺は生徒会に入れるほど頭がいいわけではないしね」
相馬が考えながら、話すとすぐ隣にいた男子生徒が、思いつたように手を叩いた。
「そうだ、お前が特待Aに落ちれば桜花会付きになるじゃないか」
「……そうだね」
微笑みながら、相馬はブルリ体を揺らした。それを見た相馬の逆隣に男子生徒が「やっぱ、桜花会はこえぇよな」と言った。相馬は同意するように頷いた。
午後の授業が終わると、下校したり部活に行ったりする生徒がいるため教室内はだいぶ人数が減った。
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