54限目 不審者

 レイラは桜花会の仕事を終えると、廊下を歩いていた。すると、よく知った人物が空き教室であるはずの扉に耳をつけていた。


(不審者か)


 彼女はため息をついて、教室の扉を覗く不審な影に声を掛けたのだ。


 すると、彼女たちは驚きの声をあげて、振り返った。


「夢乃さんに藤子さん」

「レイラ様」


 その時、突然教室の扉が開いた。


「え……? 桜花会、それにその特待A」


 顔を出したのは相馬であった。彼は外にいた人物の目を大きくした。

 夢乃と藤子はすっと立ち上がり、レイラの前にでた。


「なんですの? その言い方は無礼よ。レイラ様と言いなさい」

「そうね。私たちの事も名前で呼びなさい」


 打ち合わせをしたように息のあった台詞を2人は言った。


(なるほど。これが“台本”の台詞かぁ)


 レイラは面白くて笑いそうになったのを必死でこらえ、目の前2人の肩に軽く触れた。


(覗きは良くない。強く注意しねぇとな)


 レイラは無表情で2人を睨みつけた。


「何を言っているのですか。貴女たちが除き見している方が問題ですわよ。それを棚に上げ相手を批難するなんて論外ですわ」


 普段声からは考えられないほど低い声を出したレイラの顔に怒られた本人たちだけではなく、相馬もビクリとしていた。


「申し訳御座いません」

「失礼致しました」

「謝るのは私ではありませんわよね?」


 レイラが睨みつけつけると、二人は涙目になって勢いよく相馬の方を見た。そして、膝に頭がつくほど深くお辞儀をすると声を合わせて謝罪をした。


「申し訳御座いません」


 相馬はすぐに笑顔を作り、2人に優しく返事を返そうとしたが、後ろで深々と頭を下げているレイラが目に入ると何も言えなくなった。


「私の特待Aが、大変失礼な事を致しました。申し訳御座いません」


 彼はチラリと教室内にいる彩花を見ると、彼女は目を大きくして声をあげた。、


「え……? レイラ様」


 頭を上げようとした夢乃だったが、レイラが深々と頭を下げている事に気づくと再度頭をさげた。そして、藤子の服を引っ張り彼女が頭を上げないようにした。

 藤子は引っ張られる理由が理解できなかったようだが、夢乃の行動に抵抗することなく従った。


 相馬(はどうしていいかわからずにとまっていると、後ろから意地悪の悪い声がした。


「阿倍野委員長? 桜花会のレイラ様とその特待Aの夢乃さんと藤子さんが頭を下げてますよ」

「え? あぁ」


 上手く言葉にする事ができない相馬を見て、ニヤリと笑い彩花はレイラのもとへ向かった。

 レイラに側に来ると、彼女は膝をおりレイラよりも姿勢を低くすると頭を下げているレイラを見上げた。


「レイラ様、“阿倍野委員長”は分かりませんが私は何も怒っていませんしので頭を上げて下さい」

「そうですか。ありがとうございます。しかし、阿倍野君が怒っている以上頭を上げる事は出来ませんわ」

「そうですか」


 彩花は、立ち上がり相馬の方の向いた。彼は唇の端をピクピクと動かしていた。


「委員長は、桜花会のレイラ様がここまで頭を下げていますのに許して下さらないのですか?」


 彩花は口をおさえていつもよりも丁寧な言葉遣いをした。それはまるでこの状況を楽しんでいるかのようであった。


「いえ、そんな事はありません。頭を上げて下さい」


 レイラが頭を上げるとそこには困り果て真っ青な顔をした相馬の姿があった。レイラよりも少し後から頭を上げた夢乃と藤子も顔色が良くない。


 ただ、彩花の頭の上には楽しそうに揺れる音符が見えた。


「許して頂けて安心しましたわ」

「いえ、驚いただけですので怒ってはおりません」

「そうですか」

「それでは、僕はこれで失礼します」


 相馬は頭を下げると、足早にその場を去った。レイラと夢乃、藤子は彼が見えなくなるまでその後ろ姿を見ていた。


「あはは」


 相馬の姿が完全に見えなくなると、彩花は笑い始めた。それに、レイラが首を傾げ、夢乃と藤子は驚いた顔をした。


「特待に頭を下げる桜花会をはじめて見ました。それに、委員長のあの顔もはじめてですよ。学校楽しいですね」

「そうですか」


 彩花は、ニコニコと機嫌よく笑い楽しそうであった。


「レイラ様は、面白かったです。以前お話した、豊川亜理紗様とは全く違いました」

「豊川亜理紗様って、ふるふわウェーブが腰まである桜花会4学年の方ですか」


 彩香の言葉を聞いて、夢乃がぼそりと言った。


「そうですよ。彼女はレイラ様と違い、そうですね……。そこのお二人と同じように敬えと怒っていました」


 彩花は、手のひらを上にして夢乃と藤子を指差した。


 レイラは登校日の亜理沙の態度を思い出しながら、二人を見た。レイラに見られて彼女たちはビクリと身体を動かした。


「ごめんなさい。別に二人を怒っているわけではありませんわ」


 ビクビクする二人にレイラは優しく声を掛けると彼女たちは大きく頷いた。


「しかないですよねー。特待マニュアルには彼女たちの態度が正しいと書いてあるんですから」


 夢乃が驚き、彩花の顔をじっとみた。すると、彼女はヘラヘラと右手を降って笑った。


「マニュアルって、あの百科事典みたいなのですよね。説明会でもらった簡易マニュアルではなくて」

「簡易? そんなのあるんですか。普通のマニュアル全部覚えてたので問題ないですね」

「覚えた……」


 夢乃は開いた口が塞がらなかった。黙って聞いてた藤子も目をシロクロさせている。


(まぁ、あれを覚えるのはすげーよな。俺もこのレイラの記憶力がなければ無理だったなぁ)


 レイラは特待マニュアル以外にも校則類を全て覚えていた。桜花会である以上当たり前だと6学年副会長の香織に言われたのだ。


(それより、コイツが亜理沙に接触してる方が気になるだよな。ルールを覚えた話なんてどうでもいいんだよ)


「亜理沙様と何かあったのですか?」

「えー、特に何もないですよ。会ったのは年度始めの桜花会と生徒会の会議の時です。私は特待Sですので生徒会に所属しなくてはいけないんですよ」

「特待Sなら、阿倍野(あべの)君もいるわよね」


 夢乃が口を挟むと、彩花は鼻で笑った。それに対して夢乃は顔にシワを寄せた。


「あはは。委員長ですか? あの人は特待Sギリギリですよ。あの人はクラス委員がせいぜいですよ」

「つまり、委員長呼びは生徒会に入れず特待Aでも出来るクラス委員長をしているとバカにしているということ?」


 ずっと黙っていた藤子がボソリとつぶやいた。それに対して彩花はニヤリと笑った。

 その笑顔に藤子はゾッとして思わず身体を抑えた。

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