53限目 覗き

「あれ? もう一人?」

「静かに」


 藤子は1人だと思って追っていた影は2人であった事に気づき声に出すと夢乃に怒られた。

 影は夢乃と変わらない小柄であり、藤子よりも明るい茶色の肩まであるふわふわパーマの少女であった。


「中村さん……? それにもう1人は……」


 藤子は目を細めた。

 ダークブラウンの髪をもつ長身の男子は二人と同じクラスの委員長である。


「阿倍野相馬(あべのそうま)君……?」


 ボソボソとつぶやく藤子に夢乃は「静かにして」と小声で怒った。藤子は慌てて自分の手で口をふさいだ。

 彩花と相馬が入った教室の扉の前までくると、夢乃と藤子は耳の手を当てて扉につけた。


「こんなことしていいのかな?」

「だから、静かに」


 藤子がボヤくと即座に口を抑えられて怒られた。藤子は眉を下げて頷いた。しかし、信用されていないようで、夢乃の手は藤子の口から離れなかった。


『彩花、余り桜花会の人間を挑発してはいけないよ』

『別に。挑発なんてしてない。楽しく会話しているだけ』


 心配する相馬に対して、彩花の感情のない声が聞こえた。

 自分たちと話す時のテンションと違い、夢乃と藤子は顔を見合わせた。そこで、夢乃は藤子の口を押さえたままであった事に気づき外した。


『あんな大きな声で、桜花会とその特待Aと言い合う事が君にとって“楽しい会話”なの?』

『あなたには関係ない』

『僕は心配しているんだよ。このままでは桜花会に制裁される。たとえ、あの方がそうじゃないとしても周囲が黙っていないよ。今日の周りの様子を見ていないのかい』

『心配? 貴方が?』


 彩花の発言は全て投げやりであった。それに対して、相馬の必死な声がした。


『君はここに何をしに来たんだい? 特待合格を狙っていたから金銭面を気にせず勉強したのだと思っていたんだが……』

『何しに……? 強いて言うなら、兄の婚約者を見にきた。そして、それが白紙になればいいと思っていた。結局、白紙になったからもうここには用はない』

『目的を果たしたなら、普通に学生生活を楽しめば良いじゃないか。なぜ桜花会に関わる』

『だから貴方に関係ないでしょ。それともまだ私のことイジメたりないの? 私のことが憎いなら余計にほっといてくれない?』

『違う。そんなことは……』


 彩花は変わらず、淡々と話しているが、相馬は次第に感情が高ぶり、声が大きくなっていった。


『私は貴方が憎い。破滅すればいいのに』


 彩香は突然低い声をだした、相馬を睨みつけた。


『それは、本当にごめんなさい』


 相馬は消えそうな声で謝った。


「阿倍野(あべの)くんってこんなに感情的になるのね」

「うん」


 夢乃の言葉に、藤子が頷いた。2人は、相馬と彩花の会話に夢中になり、周囲の様子が見えなくなっていた。だから、背後から近づく気配に一切気づくことがなった。


「何をしてるのかしら」

「ぎゃー」

「うわぁー」

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