50限目 特待のルール
彩花(あやか)は丁寧に生徒一人一人に挨拶をするレイラを見ながらつぶやいた。
「でも、登校の時はこんなにゆっくりとお辞儀しませんよね?」
「よく見てるわね」
彩花の発言に夢乃(ゆめの)は目を大きくしたがすぐに細め、長い髪を揺らした。
「まぁ、そうですね」
彩花は、まだお辞儀をしているレイラを見た。そんな、彩花を夢乃はじっとと見ながら歩いていた。二人の後ろを、藤子は何も言わずついていった。
「それで、なんで登下校は今みたいにお辞儀しないですか?」
「それは、初等部の時にそれやって遅刻する生徒が続出したらしいわ。だから、軽いお辞儀か手を上げるだけにするように注意を受けたらしいわ」
「そうなんですね」
彩花は納得しながら、自分の後ろにいる藤子を見た。彼女は、背が高いため彩花の後ろを歩いていても顔がハッキリと見えた。
彼女は姿勢は正しているが、明後日の方向をみてボーっと歩いていた。先程、教室で見せた凛した表情とは全く異なっていた。
彩花が藤子の事を気にしているのに気づくと夢乃はため息をついた。
「藤子さん」
「うへ? あ、なん……なにかしら?」
突然、話掛けられて藤子はどもってしまい、それに夢乃は顔をしかめた。藤子は慌てて、笑顔を作ると中庭にテーブルを指さした。
「あら、あそこが空いてるわ。先に席に行っていて。私はレイラ様に声を掛けてくるわ」
そう言って、藤子は足早にレイラ元へ行ってしまった。夢乃はため息をついて彩花と共に、藤子を見送ると彼女が指さしてテーブルに座った。
中庭には様々な花が咲いており、どこからかキンモクセイの香りもした。
「誰もいませんね。天気の良い中庭はいつも大勢の生徒は居ますのに」
「当たり前でしょ。教室でレイラ様が中庭に行くと宣言したのよ。来るはずないわ」
夢乃はあきれたように言うと彩花(あやか)は頷いた。
「だから、いつも教室で昼食を食べていたのですね。移動も大変そうですしね」
彩花は、挨拶をしてくれた生徒に深々と頭をさげるレイラをみた。挨拶をした生徒はレイラの方をチラチラと見ながら頭を上げるタイミングを図っている。
そんなレイラの横で藤子は、挨拶が終わるのを待っていた。
「ええ」
彩花は自分の腕にある時計をみた。それに気づいた夢乃は微かに口角を上げた。
「時間が掛かるでしょ。だからといって桜花会のレイラ様より先に食べる事はできないわよ」
「そうですよね」
彩花が席を立つと彼女のふわふわの髪が揺れた。
それはまるで犬の耳のようであった。
真っ直ぐで黒く硬い髪をもつ夢乃は羨ましく思った。
彩花は荷物を椅子に置くと、レイラの方に足早に向かったため夢乃は慌てて止めようとした。
「ちょっ」
しかし、彩花はあっという間にレイラの所についてしまった。
彩花は、頭を下げている生徒に向かって何か言うと、レイラの手を引いて夢乃の方に戻ってきた。
藤子は唖然として、数秒その場から動けずにいたが、レイラが移動した事に気づくとすぐに後を追った。生徒は素早くその場を去った。
数分の出来事であったが、夢乃はそれが信じられなくて何度も瞬きをした。
その間に、レイラと彩花は椅子に座り、藤子も遅れて座った。
丸いテーブルに夢乃は藤子と彩花に挟まれる位置関係になった。
本来、レイラ付きの特待Aである夢乃と藤子がレイラの隣に座るべきであり、普段ならこの現状に夢乃は怒りを覚えた。しかし、彩花の行動に驚きすぎてそんな事など頭から消えていた。
「中村さん何をしているの?」
戻ってきたレイラへの挨拶も忘れて、夢乃は立ち上がり彩花を怒鳴った。
周囲にいた生徒は察したように、すっとその場から去った。
中庭にはレイラ、藤子、彩花そして、夢乃(ゆめの)の4人だけになった。
「何がですか?」
彩花は全く状況を掴めておらず、キョトンとした顔をしている。レイラも同じ様であるが、藤子は青い顔をしていた。
全く理解していない彩花に夢乃は大きくため息をついて椅子に座った。そして、首を横に振った。
「中村さんは特待説明会に出ているわよね?」
「説明会? 全員出席のは出ましたよ」
「その後に行われたものよ。特待のランク別に集まりがあったはずよ」
「あー、ありましたね」
「中村さん」
適当に答える彩花に、夢乃は唇をワナワナと振るわせた。それを見て、藤子が慌てて、「まぁまぁ」と彼女の肩に触れた。
夢乃はフンと鼻をならしてそっぽを向いた。
「中村さん。夢乃さんが怒鳴るのも無理ないのよ。貴女のあの行動はマズイわ」
「あの行動ですか?」
「レイラ様の手をひいた事よ。専属の特待Aが必要に迫られたした行動なら許させるかもしれないわ。けど……、中村さんは違うでしょ」
「……? それの何が問題なのですか? 」
藤子の説明を全く理解しない彩花に彼女は困ったような顔をした。そして、更に続けようとすると夢乃に口を抑えられた。
「まだ、分からないの? レイラ様の行動制限した事よ」
真っ赤な顔して強く伝える夢乃に「ふふふ」とレイラは口を抑えて笑い始めた。その様子を見て、まだ何か言おうとした夢乃であったが口を閉じた。
「なんだか、夢乃さんと、藤子さんはいつもと逆ですわね」
穏やかに微笑むレイラに、夢乃は目を大きくして自分の言動を振り返った。藤子を見ると首を振っている。
「こういう時、いつもが藤子さんが啖呵を切りますわよね?」
レイラに視線を送られた藤子は彼女の質問にどう答えていいか分からず、夢乃へ視線を送った。
夢乃は首を傾げるレイラを見て、目をつむりそしてまたゆっくりと開けた。
「申し訳御座いません。レイラ様をお守りするためには童顔ちびの私より迫力のある藤子の方が適任と考えました。そのため、私が考えた台詞を藤子に言わせていました」
「あら、台本があったのですね」
「そうです」
夢乃は顔を青くして唇を噛んだ。
「そうですの。別に私の事守らなくても構いませんわ。校外では自分で対処しておりますしね」
「いえ、その、あ、周囲の悪意から守る以外にも特待Aは様々な場面で桜花会のサポートを致しますわ」
黙っていた藤子が顔を青くしながら伝えた。その顔はいつになく必死であった。
「何をですか? レイラ様は学年トップですよ」
彩花の言葉に、藤子と夢乃はギクリとして顔を合わせた。藤子は口を閉じたが夢乃はレイラに縋るような目をして訴えた。
「確かに……、そうですが……。他にも私達にできる事はあると思いますの」
彼女たちは桜花会らしかぬ行動の多いレイラをサポートしてきたが本人の前でそれを言う訳にもいかず、口ごもった。
「何ができるのです?」
オロオロする藤子と夢乃を見て、彩花はにやにやと嫌な笑いを浮かべている。
「そういえば、朝、特待生変更の通達が来ていますね」
「特待生変更ですの?」
彩花の言葉に聞き返すレイラを見て、藤子と夢乃は手に汗を握った。
「ええ、レイラ様ご存じなのですか? 朝メールも来ておりましたよ」
「そうですか。見ていませんでしたわ」
そう言って、レイラはカバンから学校用のタブレット端末を取り出した。確かにそこにはメールが一件来ていた。
レイラは指を素早く動かして、メールを開き目を通すと頷いた。
(あー。桜花会4学年、豊川亜理沙(とよかわありさ)が専属特待Aを解任ねぇ。で、うー、あ、そうか。解任されると特待から一般生徒になるのか)
レイラは登校日にあった、亜理沙とその特待Aの様子を思い出した。彼女らはそれだけの事を亜理沙にしてきたのだがら解除は当たり前だとレイラは納得していた。しかし、解除理由についてメールでは“豊川亜理沙の希望により桜花会及び学校側が承諾”としか書かれていなかった。
レイラが夢乃と藤子を見ると彼女たちは涙目になりそれを楽しそうに彩花が見ていた。
(ドSだな)
「わかりましたわ。時間もないですし食事にしましょう」
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