49限目 特待Aの仕事

 担当教師は教壇に立つと「おはようございます」と言って、教壇に紙の束を置いた。そして、教師はタブレットをその上に置き、指で操作し、タブレットの画面と生徒たちを見比べていた。


「学生証を入れてない人がいますね。入れて下さい」

「はい」

「すいません」


 教師に言われて、数名の生徒が慌てて学生証を各自机にあるカードリーダーに差し込んだ。


「画像と実際に席に座っているかを目視で確認しなければいけないこの制度はハイテクなのかローテクなのは分かりませんね」


 教師はため息混じりでぼやいた。レイラは教師の台詞に大きく頷いた。


「学校が決めた事ですから、雇われ人は従いますよ」


 教師は、ぼやきながらタブレットどけて、紙を持つと束を数え始めた。


「今回のテストは紙媒体ですよ。つまり、登校日のテストよりも重要です。頑張って下さい」


 教師は更に呟きながら、紙をクラス全員に配布して回った。

 レイラは教師の呟きを頷きながら楽しそうに聞いていた。なかには不愉快そうな顔している生徒もいるがレイラはこの呟きが好きであった。


「全員、配られましたね。では、開始」


 その声と同時に、紙をめくる音とペンを走らせる音がした。


(相変わらず、制限時間や諸注意を言わないな。これ何分なんだろう)


 レイラはそんな事を考えながら、次々と回答欄を埋めていった。時間が経つと共に、ペンを走らせる音がまばらになってきた。


「後10分ですよ」


 教師がここで初めて時間を言った。その声がしたあたりでレイラはペンを置いた。レイラの回答欄は丁寧な字で全て埋められていた。


(60分テストかぁ)


 10分後、教師はクラスの生徒全員からテスト様子を回収した。


「読めない字は採点しませんからね」


 もっとらしい事を言いながら、「それだけで、無賃労働時間が増えるのですから」とボソリと言った。

 これはこの教師がよくする発言だ。これを聞いてレイラは前世のニュースで学校教師のサービス残業の多さを特集した番組を思い出した。


(どこも学校システムは一緒なんだなぁ)


 テストの回収が終わると10分間の休憩になり、教師は出ていった。


「本当にこの学校テストばかりですね」


 突然、後ろから文句が聞こえたので、レイラが首だけ向けた。そこには机に上半身を乗せて寝そべって不満そうな顔をした彩花がいた。


「あら、特待Sともあろう方が夏休み明けのテストごときに苦戦してるの?」


 馬鹿にするような口調で話したのはレイラの右手隣の席に座る藤子だ。椅子から立ち上がり、身体を彩花の方に向け腕を組んでいた。長身な彼女が立て相手を睨みつけると迫力がある。

 レイラの左手隣に座る夢乃は椅子に座っていたが、椅子ごと彩花の方を向き頷いていた。


「何を言っていのですか? 今のテストなんて瞬殺ですよ」

「そう。それなら、先程の様に文句言わないで欲しいわ」

「問題なく解けますが、多いから大変と言っているのです。御手洗さんは、テスト大変じゃないのですか」

「当たり前よ」

「それなら、なんでSではなくAなのですか?」

「……」

「しかも、レイラ様より成績下ですわよね。それで、桜花会付き特待と言えるのですか?」


(俺(レイラ)より上だと特待Sでも上位だぞ)


 彩花は藤子を下から睨みつけた。バチバチと火花を散らしていた。それをレイラはじっと見つめていた。


(本音言い合えて喧嘩できる中っていいなぁ。前世の学生時代を思い出すな)


 レイラは二人の正々堂々と思った事を言い合える関係が羨ましく思えた。


「楽しそうですわね」

「え?」

「う?」

「えー?」


 レイラのつぶやきに3人がほぼ同時に反論の声をあげ、レイラの方を見た。その声は大きくクラスにいた生徒全員が4人の方を見た。

 それでなくも、桜花会、大道寺レイラとそれを取り囲む特待のメンバーであるため常に目立った存在であるが特待Sの彩花が加わり更に、注目を集めるようになった。


「何を言ってますの?」


 不機嫌そうに夢乃にレイラは首を傾げた。


「だって、思ってる事を言い合える関係って素晴らしいですわ。私は、いつも陰口ばかり叩かれますのよ」

「それはレイラ様を羨んでるだけですわ」

「そうかもしれませんわね」


 レイラがため息をつくと、夢乃が彩花を指差した。指を刺された彩花は目を点にしていたが、しばらく考えてニヤリと笑った。


「“ 髪を結んでもらっているのですか。さすが、お嬢様ですね”」


 彩花は朝よりももっと嫌味たらしくレイラに伝えた。レイラは「朝、聞いた台詞ですわ」とトボけた声をだした。

 夢乃と彩花は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。


「レイラ様、あれは嫌味ですわよ。私でも分かります」


 藤子が心配そうに声をかけた。


「ええ、嫌味だって事はわかりますよわよ。いい歳して身の回りの事もできないと指摘されたのですわよね?」

「レイラ様は、正々堂々と思った事を言って欲しいのですわよね。中村さんは言っておりますわ」

「あっ」


 そこまで、説明されてレイラは気づいた。


「なるほど、そうでしたのね。ありがとうございます」


 レイラは彩花に近づくと、彼女の手を両手で握り礼を言った。彩花はもちろんの事、側にいた夢乃も藤子もキョトンとした顔をしている。


「レイラ様……?」


 手を握られて彩花は困惑していた。

 藤子と夢乃はお互いに顔を見合わせると、おだがやに笑い、楽しそうに頷くレイラ見ていた。


「これから、どんどん思った事を言ってください」


 彩花は気恥ずかしくなり下を向いた。


 その時。


 教室の扉を叩く音がした。レイラは残念そうな顔をしながら「それでは、また昼休みにお話しましょう」と言って、前を向き椅子に座り直した。彩花はどう返事をしていいか分からずにレイラの背中を見ていた。


 3コマの授業を受けた後、昼になった。


「レイラ様、お昼はどうなされますか?」


 夢乃は、教師が出ていってからすぐにレイラに聞いた。レイラは少し考えてから、後ろを振り返った。彩花はレイラと目が合うとビクリと体を動かした。


「先程の約束通り、お話ししましょう。中村さんはお弁当ですか? それとも食堂でしょうか?」

「……」


 彩花は困った表情を浮かべた。


「レイラ様が聞いているのよ。答えなさい」


 藤子はその後どう言葉を繋げていいか迷い、チラリと夢乃の顔を見た。夢乃はため息をついて、彩花を見た。彼女は答えに悩んでいる様であった。


「レイラ様、彼女はいつも一人でお弁当を食べております」

「なるほど、ではちょうど良いですわね。私たちもお弁当ですのよ」


 楽しそうにお弁当の準備をするレイラに反して、彩花は眉を下げていた。

 藤子は何も言わずに、夢乃に助けるを求める顔をしている。


 夢乃は再度ため息をついて首を振った。そして、レイラに聞こえない様に声をひそめた。


「中村さん一緒に昼を食べましょう」

「え? あなた達は私と食べるの嫌ではないのですか?」


 彩花が心配そうに聞くと、夢乃は微笑んだ。


「特待である以上、桜花会の望みはできる限り答えなければならないのよね」

「そうですね」


 暗い顔をする彩花に藤子は笑ってみせた。


「別に、私は中村さんが嫌いじゃないですよ。ただ、なんていうかそういう風にしなくちゃなのですわ。だからレイラ様が望むなら歓迎しますわ」

「しなくちゃ……?」


 藤子の不自然な言葉に彩花が首を傾げると、夢乃は頭を抱えていた。


「藤子さん。もう黙りなさい。中村さん、レイラ様が貴女を受け入れ貴女がレイラ様に無礼な働きをしなければ私は何も言いませんわ」

「レイラ様って桜花会なんですよね」


 彩花は、楽しそうに鼻歌を歌いたいながらお弁当を準備をするレイラを見た。


「アレだから、私たちが必要なのです」


 彩花は納得して大きく頷いた。


「優秀なレイラ様の特待Aだからいるだけかと思いました」

「勉強を教えるだけが仕事じゃないのよ」


 夢乃はため息をついた。


 お弁当の準備をしているレイラは突然、手を止めてニコリと笑い3人の方を向いた。


「ねぇ、天気がいいのですから中庭に行きましょう」

「……い、いいですわね」

「そ、そうですね」


 レイラの提案に、夢乃と藤子は笑顔を引き攣らせながら返事をしたのを見て、彩花は首を傾げた。


「ぜひ向かいましょう」


 レイラは二人の反応を気にせずに、また準備を始めた。


 4人は弁当の入ったカバンを持つと、レイラを先頭に中庭に向かった。昼休みということもあり、多くの生徒と廊下で擦れ違った。その都度どの生徒もレイラを見ると一度立ち止まり挨拶をした。レイラもそれに対して丁寧に返すため、中庭までの行くに通常に倍近くの時間が掛かった。


「桜花会の移動って大変ですね」


 彩花が同情するように呟いた。その間もレイラは挨拶を返してるので彩花の言葉は彼女の耳には届かなかった。そのかわり夢乃が答えた。


「こんなに時間が掛かるのはレイラ様だけよ。他の桜花会の方は止まったりはしないわ。しても手を挙げる程度よ。挨拶を返さない方もいるわ」

「そうですね。こちらが頭を下げている間にいなくなりますよね」

「レイラ様みたいな方はいないわ」


 そう言って夢乃はレイラの方を見た。それにならって藤子と彩花も同じ方を見た。


 女子生徒がレイラを見つけると、立ち止まりゆっくりとそして深くお辞儀をした。レイラは笑顔を作り、同じ様のお辞儀をした。女子生徒が頭を上げようとしたがレイラがまだお辞儀をしている事に気づきまた頭を下げた。女子生徒は何度もレイラの様子を確認して、彼女が頭を上げたところで合わせて一緒に頭を上げてた。


「女子生徒に同情します」

「それは同感よ」


 彩花の言葉に夢乃は頷いた。


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