41限目 ヤケになった約束

 リョウは頭を掻きながら椅子に座った。


「それでは、次は私の話でいいですか?中村彩花(なかむらあやか)を知っていますね」

「ええ、同じクラスの方ですわ」

「登校日、仲良く話をしていましたね」


 レイラはまた自分の交友関係に対する批判かとうんざりした顔をした。するとリョウは慌てて手を振った。


「そんな顔しないでください。違います。彼女と関わるなと言う話ではありません。彼女の事、どれだけ知っていますか?」

「……?」


 レイラはキョトンとして首を傾げた。


「そうです。今回レイラさんとの婚約が白紙になった中村幸弘(なかむらゆきひろ)は桜華出身で桜花会に所属しています。しかし、妹は所属せずに特待Sで入学しています」


 渋い顔をして声を潜め、いかにも重大事項として語るリョウの意図がレイラはよく分からずにいた。


「それが、問題ですか? 桜花会なんてお金を払えば、誰でもはいれますわ。それより特待の方がお金貰えるし良いと思いますわ。私の成績なら特待に入れたはずでしたの、父が勝手に桜花会に入れた時はショックでしたわ」


 レイラは大きなため息をついて、心底不満そうな顔した。それを見たリョウの表情は地蔵にように固まった。


 しばらく、間を押してやっと口を開いた。


「……特待、希望出したのですか」

「ええ、もちろんですわ。しかし、父に承諾を頂けなかったようですわ」


 レイラは特待に入れなかったことを後悔していた。先日、家政婦のトメから特待支援金の額を聞いた時には父を恨んだ。


「当たり前ですよ。大道寺が桜花会に入らずに特待なんてものになるなんて恥知らずもいいところです」

「特待は恥ではありませんわ」


 レイラがリョウを睨みつけると彼はビクリとして口を閉じた。


「特待になるのは大変ですわ。ですので、皆様努力をしております。それに比べて桜花会は親のお金で入るのですよ。親の努力に胡坐をかいて威張っているのですわよ」

「全員がそうではありませんよ。北大路副(きたおうじ)会長や中岡(なかおか)副会長など、優秀ですよ。中村幸弘(なかむらゆきひろ)だって私立ですが医大生です」

「そうですね」


(優秀の定義は学力だけじゃねぇだろ)


 レイラは価値観の違いを感じた。


「そもそも、特待は学費が払えなかったり生活に困ったりしている優秀な学生を受け入れるためのものです。それを支援したのが桜花会です」

「……そうですね」

「桜華の特待はそんな善意ではなりませんけどね。今年の桜花保護者会は秋にあるようですね」


 レイラは“特待になりたい”と思った事を後悔した。


 まゆらの様に眼鏡を変えかえるのも躊躇するような家庭のために特待は存在する。少し考えてば分かることであった。

 もし、自分が中学入学の時に特待を選択していたらその分の落ちた優秀な人物がいただろう。


(確かに、大道寺が特待を利用するのは恥なのかもしれない……)


「それでは話を戻しますよ」


 そう言って、リョウは自分の腕にある時計を見ると眉をひそめた。


「先程話した理由により、中村彩花が、特待であるのは不思議なのです」 


 レイラはなんて答えて良いかわからなかったため黙って頷いた。リョウは「うーん」としばらく悩んでから口を開いた。


「レイラさん、中村彩花のことを噂も含め余り知らないですよね」


 レイラがゆっくりと頷いた。

 リョウは、困った顔をしながら言いづらそうにして、レイラを見ている。


「どうなさったのですか?」

「いえ、確信があるわけではないので……」


(あーめんどくさいな。子どもの差別いえばアレだろ)


「彩花さんは父の英明さんもしくは母の好美さんが不倫してできた子どもとか、連れ子とか?」


 はっきりしないリョウに対して、キッパリと言い切った。


(中学生の女子だから、言いづらいのか? 中身はおっさんだからその手の話は大丈夫なんだよ)


「いえ、その可能性は勿論調べました。しかし、そういった証拠は全くありませんでした。二人は非常に仲が良いようです」

「では……?」


 リョウはレイラの質問に目を泳がせて、それ以上言葉にするのをためらった。


(言う気はなのか。まぁいいか)


 レイラは何も言わないリョウをじっとみた。彼は相変わらず挙動不審であった。レイラはため息をついてから姿勢を正した。


「そもそも、中村彩花さんは本当に中村幸弘さんの妹なのですか? 私は中村さん本人から聞いただけですので確証がありませんわ」


 レイラの言葉に、リョウは大きく首を振った。さっきの様子から一変して自信を持って発言した。


「戸籍上は妹となっていますね。だだ、彼女は父である英明の母の家で育っています。そのため不倫を疑ったのですが、一切その証拠が出てこないですよね。英明さんも妻の好美さんも娘であることを認め、“身体が弱いため祖母の家にいる”と言っています」


(“戸籍上”ねぇ。離れて暮らしているという事は娘の行動を把握してねぇのかもな)


 レイラは頷きながら、眉を寄せて考えながらゆっくり言葉を発した。


「先ほどお兄様は父である英明さんは娘である彩花さんを桜花会に入れなかったと言いましたが、逆に入れられなかったという考えはどうでしょうか? 例えば、桜華に入れる予定ではなかったが、本人の意思で入試を受けたのです。願書の保護者署名欄は別に親である必要ありませんよね」

「……」


 リョウは予想外のレイラの言葉に眉を寄せた。レイラは腕を組み、二本の指を口に当て身体を左右揺らした。


「彩花さんはなぜ桜華に入学したのでしょうかね」


 彩花の行動は考えれば考えるほど、訳がわからなかった。


 レイラは登校日で見た彩花を思い出した。最初はお淑やかであったが、当然豹変して“兄”の話をニヤニヤとした笑いを浮かべていた。


 レイラは息をはき、壁にある時計を見ると立ち上がった。


「着替えてから朝食に向かいますので、お兄様は先向かって下さい」

「いえ、待って下さい。その……」


 リョウがまだ話を続けようとするので、レイラは面倒臭くなりクローゼットのそばに行くと脱ぎはじめた。それを見たリョウは、慌てて立ち上がり「それでは、また」と言って素早く部屋を出ていった。

 レイラは彼の出ていった扉をじっと見た。


(中村彩花の話を兄貴はなぜわざわざしに来たんだ?)

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