42限目 新しい家政婦

 朝食を終えると、リョウの専属家政婦ユリコにレイラの専属家政婦だと伊藤(いとう)カナエを紹介された。


 カナエは先程まで話題に出ていた彩花(あやか)に瓜二つの顔をしていた。


(だから、兄貴は朝来て中村彩香の話をしたのか)


 レイラは危うく大声を上げそうになったが必死に取り繕い笑顔で挨拶をした。

 2人は笑顔で、レイラの前に立つと頭を下げた。レイラも立ち上がり挨拶をした。


「それでは、これから今後の事について打ち合わせをしたいと思いますがよろしいでしょうか?」


 レイラはユリコの言葉に頷くと、手のひらを上にして目の前にある椅子をさした。


「承知致しましたわ。お2人共お座りになって下さい」


 二人はおじぎをしてから椅子に座った。

 カナエの顔を見れば見るほど彩花にそっくりであるため、レイラは笑顔が引きつるのを必死で我慢した。


(コイツは彩花のなんなんだ?)


「改めまして、伊藤カナエです。レイラさんの担当になりました。よろしくお願い致します」

「ええ、お願いしますわ」


 カナエがテーブルにおでこがつく、ぐらい深くお辞儀をすると、レイラは軽く首を曲げた。


「家政婦の皆さん、名前で呼んでいますのでカナエさんと呼ばせて頂きますわね」

「はい。よろしくお願い致します」


 カナエは緊張しながらも笑顔で答えた。


(とりあえず、打ち解けないなぁ。それから彩香との関係をさぐるか)


 レイラはとりあえず、彼女の緊張をとこうと質問した。


「カナエさんは何か得意なことはありますか?」

「得意な事ですか。編み物が得意です」

「編み物って時間が掛かりますわよね。忙しい中、時間を作るのがとても上手なのですね。素晴らしいわ」


 レイラは両手を合わせて、口元に持ってくると大げさに褒めた。カナエはそれに照れたように下を向いて笑った。

 その様子をユリコが目を細めて、見ていた。彼女の顔は笑顔であったが目は一切笑っていなかった。


「いえ……、動けない時期があったものですから」

「動けない……? どうなさったのですか?」


 レイラは眉を下げて、首を傾げて手をさすりながらカナエの方を見た。


「あの……実は」


 カナエは小さな声でつぶやくように言葉を発した。そして、チラリとユリコの方を見た。ユリコは相変わらず笑顔だが、一切口を開かない。

 カナエは困ったような顔をしてレイラを見た。


「ユリコさん。少し二人にして下さいますか?」

「承知いたしました」


 ユリコは笑顔のまま、席を立ち「失礼します」と頭を下げると部屋を出て行った。給仕担当のタエコは疾(と)うの昔に居間を退室しているため、そこにはレイラとカナエの二人きりになった。


 レイラはユリコが退室したのを確認すると、テーブルから身を乗り出した。そして、テーブルの上にあったカナエの両手を自分の手でそっと包んだ。


「不安な事があるならどんな事でもおっしゃって下さい。これから、私の担当をして頂くのです」

「……」


 戸惑うカナエに、レイラは少し顔を近づけてなるべく優しい声なるように心がけて、言葉を掛けた。


「もちろん、他言は致しませんわ」


 その途端、カナエの顔は桜のように薄いピンクに染まった。


(俺(レイラ)の美しさに見惚れたか? これは何かきけるんじゃね。チョロいな)


 彼女の桃色に染まった顔を見て、レイラは更にあたたかな微笑みを向けた。


(よし、いけ。はなすんだ)


「あの……わ、私」


 カナエの言葉が耳に入るとレイラは、全身全霊で彼女の方に意識を向けた。


 しかし……。


 何かを話そうとしたが、言葉を止めた。そして、下を向いてフルフルと子鹿の様に首を振った。


 レイラは少し考えてから、立ち上がった。

 彼女の真横に立つと再度、両手でそっと彼女の手に触れた。

 すこし、かがみ自分の視線がカナエの下に来るようにした。


(体勢きついが仕方ねぇ。膝(ひざ)をつくと下すぎんなだよな)


 カナエは目を大きくて、レイラの方を向いた。


「カナエさん、心配なさらないでください。お話は父から聞いております」

「え?」


 レイラの言葉にカナエは目をキョロキョロと動かして落ち着きを失った。


(名前しか聞いてねぇけどな。しかも手紙だ。だから、ちゃんとしりてぃ。)


 カナエの彩花と似ている容姿。

 カナエに動けない時期があった。

 中村夫婦に隠し子はいない。


(カナエと彩花が関係ないとしても俺(レイラ)の家政婦になるんだからな。まぁ、とりあえずキーワードでもつぶやつか。違うのなら友だちの話とか言えばいいかぁ)


「あ、あやか」


 レイラがボソリと呟くとカナエはビクリと身体を動かいた。

 彼女はテーブルに視線を落とし、顔を強張らせて唇と手に力が入っている。


「そうですか。全部知っておられるのですね」


 カナエは蚊の羽音(はおと)のように、かすかで弱々しい声で話始めた。頬同士が触れそうな距離までレイラはカナエに近づいたが、彼女の声は聞き取りにくかった。レイラは全神経を耳に集中させた。

 カナエはレイラに触られていない手で自分の胸を抑えて、じっとテーブルを見つめた。


「カナエさん」


 レイラはゆっくりと彼女の名前を呼ぶと、触れている手をなぜた。すると、カナエの身体がピクリと動いた。


「……」


 彼女は下を向いたまま、何も言わない


(うーん、だんまりかぁ。初対面で聞き出すのは難しいよなぁ)


 レイラは目をつぶりゆっくり開けた。


(よし、話をかえよう)


「カナエさんはなぜ、大道寺(ここ)で働こうと思ったのですか」


 レイラの言葉を聞くと、カナエは頭を上げてレイラの方をみた。その顔はほんのり赤みを帯びていた。


「家政婦派遣会社を紹介してくださった方がいたのです」

「どなたですか?」

「し、知り合いです」


(知り合いねぇ。今日はこれが限界かな)


「そうですか。本日は顔合わせですので、実際の勤務は明日からお願いしますわ」


 レイラは優しい笑顔を作った。

 カナエは困ったような表情を見せたが、何度か頷いた。


 その時。


 扉を叩く音が聞こえた。レイラが返事をすると、「失礼致します」と言ってユリコが入室してきた。


「レイラさん、そろそろよろしいでしょうか? 次のご予定の時間が迫っております」

「ええ」


 レイラが返事をすると、ユリコはカナエに帰るように促し、二人はレイラに挨拶をするとその場を去った。


 誰もいなくなった居間でレイラはゆっくりと息を吐いた。

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