39限目 貴文とカレン

 リョウとレイラの住む家に着くと、貴文はリョウを車から降ろし挨拶をすると再び走りだした。

 しばらくすると、リョウたちが住む家より小さな家についた。貴文は川野に礼を言い、明日の予定を伝えると車を降りた。いつもは川野に扉を開けてもらっていたが、今は降車時間短縮のため自ら扉を開けた。


 玄関を開けて靴を脱ぎ、リビングに行くとそのままソファに倒れた。


「お帰り」


 そう言って、台所からお茶を持ってカレンが現れた。彼女は先ほどまで来ていたスーツは脱ぎ、Tシャツと短パンというラフな格好をしていた。

 貴文はカレンがソファに座ったことに気づくと、頭をずらして膝枕をした。


「カレンちゃん」


 貴文はカレンの名を呼びながら、彼女のお腹に顔をつけた。カレンは貴文の頭をなぜながら「お疲れ様でした」と言った。


「折角、二人と会える日を使ってあげたというのに、あの人ら最低だよ」

「そうだね」

「可愛い、レイちゃんをよくも……。その場で殺したかった」

「よく我慢したと思うよ。たかちゃん偉いよ」

「社長がさ、すげー頼むからさ。レイちゃんを息子の婚約者にしたあげたのに裏切者だよ」


 ぷりぷり怒る貴文の髪をカレンは優しくなぜた。


「本気で大道寺に彼を迎える気はなかったでしょ」


 カレンは、貴文の耳を触ると彼はカレンのお腹に顔ごゴシゴシとなすりつけた。


「婚約したのは幼少期だからね。桜華学園在学中問題起こすし、大学でもいい話聞かないから白紙にはするつもりだったよ。本当はレイちゃんに知らせないでなかったことにしようと思ったのにさ。あのタヌキさ、根回し上手いだもん」


 貴文はカレンの背中に手を回しギュッと抱きしめながら文句を言った。


「そうだね」

「あ、リョウを抑えてくれてありがとね。あれはやばかったね」


 貴文はカレンのお腹から顔をはずすと、彼女の顔を見た。カレンはリョウの怒った顔を思い出して眉を下げて笑った。


「リョウちゃんは、レイちゃんの事となると感情操作ができなくなるね」

「それは注意したよ。報復するなら冷静にならないとね」


 カレンは貴文の髪をくるくると人差し指に絡めて遊び始めた。貴文は気づいていたが一切気にしていない。


「あ、レイちゃんは冷静だったね」

「監視カメラ見たの?」

「まぁね。そもそも、問題がおきれば見るよ。自分が経営しているホテルだしね」

「そっか」

「そういえば、レイちゃん、珍しい眼鏡していたね」

「……」


 貴文は黙り、むすっとした顔をしてカレンを見た。彼女は貴文の髪を乱暴に触った。


「わぁ……」


 貴文は情けない顔をしてカレンを見た。カレンはぼさぼさになった髪をゆっくりと後ろに流した。


「あ~。あれが、例の女の子にもらったやつ?」

「交換したらしい。あの女は絶対レイちゃんを狙っている」

「中学生の女の子でしょ。そんなことにリョウちゃんつかって」


 カレンをほほを膨らますと、貴文は飛び起きて座った。そして、カレンの顔を見た。


「怒らないでくれよ。リョウも乗り気だったんだって」

「そりゃそうでしょうね。リョウちゃんはレイちゃんに自分知のしらない知り合いができるのを嫌っているから。誰かさんと一緒でね」

「……」


 貴文は眉を下げてカレンの顔を見た。そして、両手を合わせて小さな声で「ごめん」とつぶやいた。


「あまり、レイちゃんの交友関係に手を出さないように」


 カレンは貴文にむかって人差し指を向けてそれを上下に振った。貴文はソファの上に正座して膝の上に手を置いて首を傾げた。


「ごめんね?」

「もう、可愛いなぁ」


 貴文のその姿にカレンは顔を赤くした。普段は張り付いたような笑顔をしている分、こういう仕草をされるとカレンは弱かった。


「じゃ、レイちゃんが次あの女の子と仲良くしてたら見守るんだよ」

「……でも、大道寺家を利用するかも」


 不安そうに貴文は言った。


「その時は、守ればいいの。あの女の子が本当にレイちゃんのために動いてくれるいい子だったどうするの?」

「その時は、今回の詫びも兼ねて最大限に歓迎するよ。だからいい?」


 首を傾げて、カレンに貴文が頼むと彼女は彼の可愛さに負けて「しょうがないな」と言った。


「で、トメさんたちの退職理由をレイちゃんにちゃんと説明した?」


 カレンは思い出したように貴文に聞いた。


「え? なんで? ただの家政婦交代だよ。それは大道寺家の規則じゃん」

「……」

「レイちゃんは、学校以外に同じくらいの友だちがほしいようだから今回は若い子にしたよ」


 楽しそうに話す貴文にカレンは真面目な顔をしてじっと、彼を見つめた。


「13才になったから家政婦1人にして新しい人にするって話をレイちゃんにした?」

「しないよ。そういう感情を揺さぶられる出来事がレイちゃんを強くするだよ。常に冷静な判断ができる人間にならなくちゃね」


 ニコリと笑う貴文に、カレンは眉を寄せた。しかし、その意味が貴文には分からないらしく、首を傾げている。


「どうしたの? リョウの時も同じだったじゃん」


 カレンはゆっくりと首を振った。


「リョウちゃんは後継者だから、大道寺家の規則についての本を渡しているでしょ」

「あー、そうだね。でも、あのレイちゃんなら大丈夫だよ」


 貴文は軽く答えると、時計を見て目を大きくした。


「あ、もうこんな時間だよ。一緒にお風呂はいろ」


 貴文はカレンの手を引いた。カレンは嵐の予感がしたが、可愛い夫にお風呂を誘われ考えるのを放棄した。


「まぁ、いいか」


 貴文はカレンの手をひいて自分の方に引き寄せた。そして、腰に手を回して寄り添いながら浴室へ向かった。

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