33限目 契約終了

 レイラはトメが見えなくなるまで彼女から目をはなさなかった。 


 トメか見えなくなると姿勢を正して、カバンから手紙を出した。何も書かれていない、白の無地封筒だ。鞄からハサミを取り出すと、封を切り中からは1枚手紙が出てきた。

 封筒を鞄にしまってから手紙を広げた。


 そこにはいつもの様に明朝体で要件のみが書かれ、そこから感情が全く読めない。


『昨日付けで、山田サトエ。そして、本日付けで、鈴木トメと契約を終了する。以降の大道寺レイラ専属の家政婦は伊藤(いとう)カナエとする。明日、朝食後に居間で打ち合わせをすること』


(え……サトエさんにトメさんが? その話を今からするじゃねぇのか。誰だよ。伊藤カナエって……)


 レイラの手紙を持つてが震え、今にも手紙を破りそうであったが必死におさえた。深呼吸をして、丁寧に手紙を折ると鞄から封筒を出してそこに入れた。その封筒を鞄に戻した。


(クソクソクソクソ)


 レイラは頭を下げてかかえた。

 眉間にシワがより目が潤んでいた。そして、膝に掛かっているスカートが濡れた。


「う……」


 レイラは鞄からハンカチを出すと、スカートを拭き、目を抑えた。ハンカチはあっという間に湿ってしまった。


 その時。


 突然車が止まった。目をハンカチから離し、外を見るとそこは車の部品を売ったり修理をしたりする店の駐車場であった。


「レイラさん。申し訳ございません。車の調子が悪いので部品を見てきますね」


 運転手は前を見たままレイラに話しかけてきた。レイラは彼が顔を見ずに話しかけてきた事に驚いた。礼儀正しい彼は運転中以外でレイラに話がある時は必ずレイラの目を見て話しをする。


「それから、これは以前レイラさんが車に忘れたハンカチです。置いときますね」


 そう言ってハンカチをコンソールボックスの上に置くと車のドアを開けて出て行ってしまった。その間、彼は一回もレイラの方を見なかった。


 レイラは震える手で、コンソールボックスのハンカチに触れた。運転手はハンカチと言っていたがそれはフェイスタオルであった。


「……新品の匂いが……する……う、う……あぁぁ」


 レイラは運転手に貰ったフェイスタオルに顔を押し付けて大きな声で泣いた。全身の水分が出て行ってしまうかと思うほど涙がでた。


「トメ…さ……ん」


 しばらくすると、涙に限界がきたようで出なくなり気持ちも落ち着いてきた。

 どのくらいの時間が経ったのレイラには分からなかったが、運転手が帰ってきたので会食の時間が迫っているのだと思った。


 トントン


 運転手は運転席の扉をノックすると開けて入ってきた。そして、前を向いたまま紙袋をコンソールボックスの上に置いた。


「お待たせして申し訳ありません。紙袋の中身はお待たせしたお詫びでございます。“今”、ご確認ください」


 運転手は“今”という部分を強調するのでレイラはフェイスタオルで顔を抑えながら紙袋に手をかけ自分の膝に置いた。


「あ……」


 中身は言っていたのは袋に入っていたのはビニールに入ってたタオルとペットボトルの水であった。レイラはそのタオルを触れた。


(冷たい……)


 レイラはフェイスタオルを横に置き、濡れたタオルを目の上に置いた。


(気持ちいい)


 しばらくすると、タオルが温まってきてしまったため、目から外し袋に戻した。それからペットボトルの水を口にいれる。


「もし、長い間コンタクトをつけていて疲れましたら眼鏡にしたほうが良いかと思いますよ。顔……特に目のあたりが相手から見えなくなってしまいますが……。もし、目が疲れているのでしたら眼鏡の方が良いかと思います」



 相変わらず、運転手は前を見たまま呟くようにいった。


(あぁ、なるほど。優しいな。……って、この人の名前なんだってけ? いや、忘れたんじゃない。知らない)


「ありがとうございます。あ、えっと……」

「飯島敏則(いいじまとしのり)と申します」

「ありがとうございます。敏則さん」


 レイラは敏則の優しさ触れ嬉しくなったと同時に恥ずかしさも感じた。こんなにも暖かい人間の名前を知らない自分を穴があったら埋めてしまいたかった。


「いえいえ、それはお詫びの品でございますから。私の都合で車を止めてしまい申し訳ありません」

「いえ、そうで……」

「都合でございます」


 バックミラーに移った敏則(としのり)は穏やかに笑い、前を見ていた。それ以上の言葉は彼の優しさを無にするように感じてレイラは口を閉じた。


(トメさんといい、敏則さんといい。皆優しすぎる)


「それでは出発致しますね」


 敏則がそういうと、車はゆっくりと動き始めた。

 レイラは車の窓から修理店を見ていた。ごく普通の修理店であり、濡れたタオルやペットボトルの水が売っているようには見えない。


 車が走りはじめてしばらくしてからレイラは気持ちを落ち着けせて敏則に話しかけた。


(悲しんでいる場合じゃね。切り替えねぇと。これからのこと考えねぇと。そういえば、敏則さんはトメさんと同じくらい俺(レイラ)の専属運転手だよな。なんで契約終了になんねぇんだ)


「敏則さんはどこかの会社に所属しているのですか」

「私はレイラさんのお母様が経営されたている会社の社員でございます。今はレイラさんの送迎が主な仕事ですが以前は社長や役員の運転手をしておりました」

「母の会社はどのような業務なのでしょうか」

「カレンさんは多くの仕事をしています。メインは家政婦の人材派遣とホテル経営ですね。それと、レイラさんのお父様、貴文さんの病院経営の助言のなさっているようですね」

「家政婦の人材派遣??」

「そうですよ。レイラさんの家に派遣されている家政婦さんはカレンさんの会社の社員ですよ」

「……」


(そういえば、“契約終了”と書いてあったな。始めから決まっていたことなのか)


 レイラは顎に手をあてて考え込んだ。


(周囲は家政婦変更を知っていたと言うことか。あの優しいトメさんがそれを俺(レイラ)に言わないのは家のルールか)


 貴文の理不尽さにレイラはイライラした。それと同時にゲームのレイラの性格が歪むのもなんとなく理解できて寂しい気持ちになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る