32限目 着替え
レイラはいつもセミがうるさく鳴いている図書館から駐車場へ向かう道を歩いていた。
(着物は服より、あっちぃなぁ)
鞄からハンカチを取り出し、汗を拭いた。
駐車場に行くと運転手が後部座席の扉を開けて待っていた。
レイラは車の近くに行くと礼を言って、車に乗り込んだ。運転手は車に乗り込むとレイラに声を掛けて車を走らせた。
車は少し走りすぐにスピードを落とした。レイラが窓を見ると、そこには自分の家があった。
車が止まり、運転手が車のドアを開けてくれた。
降りるとそこで出迎えくれたのは夕方担当の家政婦である山田(やまだ)サトエではなく、日中担当の鈴木(すずき)トメであった。
家政婦も人間だから、体調や家庭の事情で突如交代することはあるためレイラは気にしなかった。
「ただいま帰りました。トメさん、サトエさんになにかありましたか」
「それについては、お父様からお手紙が届いておりますので部屋で確認して頂けますでしょうか。申し訳ございませんが私の口からは伝えることは難しいです」
「そうですか」
レイラの鞄をトメが受け取ると、彼女に礼を言った。そして、家の玄関に向かい歩き始めた。トメのその後を追った。
レイラは玄関に着くと靴を脱いですぐに脱衣所に向かった。そして、そこにはいると、すぐにトメに着物を脱がしてもらった。
肌襦袢(はだじゅばん)は汗をすってぐっちょりあった。
「あら、胸の汚れはどうしましたか? 水でしょうか」
トメが着物を確認しながら、レイラに聞いた。
「……そんな、ところですわ」
レイラはうわずった声で答えがトメは深く聞かず「そうですか」と答えた。
トメに髪を解いてもらうとレイラは浴室に入った。入るとすぐに、鏡の前に座った。
後からトメが来て、レイラの後ろに立つと髪を触った。
「あら、髪の中までびっしょりですね」
「ええ、せっかくトメさんが編みこんでくれましたが洗ったらとれてしまいますわね」
「セットしますから大丈夫ですよ」
(この汗量はトメさんにとって予想外だろうなぁ。公園暑かったからなぁ)
レイラは眉を下げて申し訳なさそうな顔をした。するとそれにトメが気付き首を振った。
「汗は構いませんよ。暑いですからね」
ニコニコと優しく微笑むトメを見ると、レイラは心苦しく思った。
トメはレイラの髪を洗い終わると、タオルで頭の上にまとめて身体を洗った。それが終わると、「外でお待ちしております」と言って出て行った。レイラは返事をすると浴槽にゆっくりと足を入れた。
身体が全てお湯に入るとレイラは息を吐いた。
(風呂は気持ちいいが、これからの事を考えると気が重いなぁ)
身体が温まると、レイラは浴槽からでてシャワーを浴びて脱衣所に繋がる扉を開けた。
トメが待機しており「失礼致します」と言ってレイラの身体を拭いた。それから、真っ白のワンピースを着せられて鏡台に座ると髪を乾かされて先を巻かれた。
ハーフアップにバレッタ。そして、毛先がカールしているその髪型をしている。
「レイラさん。どうですか?」
トメがバックミラーを出すとじっと鏡を見るレイラをトメは心配そうに「何か問題ありますか?」と声を掛けた。
レイラは「いいえ」と首を振って自分の髪型の出来を褒めた。すると、トメは安心したようにニコリをわらった。
(はぁ、夕食が緊張しすぎる)
「夕食に出かける準備をいたしますが、いつもの用意でかまいませんか」
「部屋で手紙を読む時間もないのですね」
「そうですね。お手紙は車で読めるよう鞄に入れておきますね。本日はカレンさんもリョウさんも今回はご一緒ですよ」
「はい」
レイラの父である大道寺貴文(だいどうじたかふみ)はめったに家族と食事をしない。それは母である大道寺(だいどうじ)カレンも同様である。
レイラはため息をつくと椅子から立ち上がった。
「本日は大切なお話だそうです」
にこりと笑うトメの表情から寂しさをレイラは感じた。
「はい。承知しておりますわ」
(家族全員で食事なんて、そりゃ重い話だろ。あー行きたくねぇ)
レイラは気合を入れて、脱衣所の扉をでるとそのまま玄関に向かった。
靴を履き外へ出ると、車が止まっており運転手が後部座席の扉を開けて待っていた。
レイラは乗り込むと車の窓から頭を下げるトメを見た。
運転手がトメに頭を下げた。最近やっている行動だが、今日はいつもよりも深く長く下げていた。
(なんだ?)
レイラは気になったが、運転手の寂しそうな表情を見たら言葉がでなかった。
彼は車に乗りこむと「それでは出発します」とレイラに声を掛けアクセルを踏んだ。
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