34限目 婚約者

 レイラは車が走り始めると、自分の鞄を開け眼鏡ケースを取り出した。

 中にはまゆらと交換した眼鏡が入っていた。眼鏡は使用感はあるものの歪みは一切なかった。


(度が合わなかったらどーしょうかなぁ)


 レイラは眼鏡を一度ケースに戻すと、鞄からウェットティッシュを取り出した。それで手を拭くと、目からコンタクトを取りゴミ箱に捨てた。


 眼鏡ケースから眼鏡を取り出すと顔に掛けた。あたりが暗いため正確な見え方を確認することはで気なかった。


(う〜大丈夫だろ。まぁ、アイツらの顔なんて見えなくてもいいしな)


 車の速度が落ちてきたため、レイラは外を見た。そこには大きなホテルがあった。


「いつもの場所ですか」

「左様でございます」


 車が止まると、ベルボーイが近づいてきた。敏則が後部座席の扉を開けると、レイラは車から降りた。


「大道寺様で御座いますね。お待ちしておりました」

「はい」


 レイラが、後ろを振り返ると敏則が頭を下げていた。レイラは彼に向かって頷いた。ベルボーイの案内でホテルのロビーまでくるとそこの時計を見た。


(やべ、食事開始時間を30分オーバーしてる)


 レイラはベルボーイを見た。


「申し訳ありません、食事の場所まで急ぎで案内していただけますか」

「承知しまいました」


 ベルボーイは頭を下げると早足で進み始めた。レイラはその後を追った。

 ロビーの奥にあるエレベーターに乗ると最上階まで上がった。エレベーターを降りてすぐのとこにレストランはあった。

 レイラはベルボーイの案内で、店に入ると奥の個室へ向かった。


「失礼致します」


 そう言って、ベルボーイは扉を軽く叩くと部屋から返事がした。彼は扉を開けてレイラに入室を促した。

 レイラは深呼吸をしてから「失礼します」と言って部屋に入った。すると、ベルボーイは挨拶をして静かに扉を閉めた。

 部屋には長方形テーブルあり、その一番奥に座っている父である貴文が眉を寄せて入ってきたレイラを見た。それに対してレイラが身体を硬直させると貴文の隣に座ると母カレンが貴文の肩に触れた。すると、彼は長く吐き笑顔作った。


「レイラ、遅かったではないか」


 カレンの横で一番扉に近い席に座るも兄リョウレイラの方に視線を向けていた。微笑んでいるが、それは嬉しいわけではなく家族会食の時の顔だ。

 リョウの隣と対面の席が空いていた。


(なんだ? 面接か? なんで奴ら一列に座っている。手前の席ががら空きじゃねぇか。兄貴の隣は俺(レイラ)の席か?)


 レイラはいつも違う配置に違和感を思えたが、笑顔で睨みつける貴文に圧に負けその事は聞けなかった。


「申し訳ありません」

「時間は伝えたある。どういうつもりだ」


 レイラは微笑んでいる貴文からは、視線をそらす事ができずその場立ち尽くした。


(やべー、クソオヤジの圧。手から変な汗が出てきたし)


「答えられないのか?」


 貴文の横で、カレンがタブレット端末を出すと操作を始めた。そして、それを貴文に見せると彼は頷いた。


「理由を説明しない気か?」

「あ……いえ、車の中でトメさんの件を知りました。それで、心を落ち着ける時間が必要でしたの」

「家政婦の変更ごときで心が乱れるとは情けない」


 レイラは貴文に言い返したかったが、言葉がでなかった。


(クソ野郎)


 レイラはトメをただの家政婦と切り捨てる貴文に怒りを感じた。何度も怒鳴りつけようとしたが一言も発することができず、握りしめる手に汗を感じた。

 リョウは目を細めて、レイラを見ている。


「大体、遅刻することが分かっていて車を止める運転手も問題だ。確か君の会社の人間だったな」


 貴文が隣にいるカレンに声掛けると、彼女は静かに頷いた。


「解雇はしませんよ。しかし、貴文さんのご希望でしたらレイラの運転手を変更します」

「あぁ、それで構わないよ」


 その言葉にレイラは青ざめた。


(トメさんたちだけではなく、敏則さんまで失うのか)


「父さん、一つ良いでしょうか」

「なにかな」


 ずっと黙っていたリョウを口を開くと貴文は彼の方を見た。リョウは貴文の顔を見て息を吸った。そしてゆっくりと吐いた。


「ありがとうございます。家政婦のトメさんとサナエさんを今回変更して更に運転手まで変更するのは環境を変えすぎと感じました」

「レイラは新しい出会いを求めているようだからね。準備してあげたのだよ」


 貴文のその言葉に、リョウは眼鏡のテンプルを抑えてチラリとレイラの事をみた。


「出会いですか……?」


 リョウはスッと顔を青くして目を泳がせてた。

 貴文は相変わらずの心ない笑顔のまま、リョウからレイラに視線を移した。


「最近、図書館で得体の知れない人物と会っているようだな」

「……」


 レイラがリョウの方を見ると、彼は暗い顔で貴文の方を見ていた。カレンは無表情で全体を見回していた。


「彼女はどう見ても、公立の学校に通う底辺の人間のようではないか」

「そん……」

「なんだ?」


 レイラはまゆらを侮辱するような事に苛立ちを覚えて反論しようとしたが、やめた。


(落ち着け俺。まゆタソが俺にとって大切な人間であることがバレるのはマズイ。奴にビビってる場合じゃねぇ。頑張れ俺)


 レイラは口に手を当て、視線を床に向けると少し考えて、貴文を見た。


「確かに最近、毛の色の変わった方とお話しましたわ。私の知らない世界を知っていましたので面白くなりましたの。でも、もうお会いすることはありませんわ」


 レイラは震える手を必死に抑えて、笑顔を作った。


「なぜだ」

「彼女の話に飽きたからですわ。やはり、ああ言った方は私にあいませんわ」


 レイラの言葉に、貴文は満足げに笑い頷いた。隣に座るカレンも無表情であるが同じように頷いていた。


(うまくいったか? とりあえず、テンプレの悪役令嬢ぽいこと言ったが……)


 レイラは早くなる心臓を落ち着かせながら、貴文の方を見る。


「なるほど。よく分かっているじゃないか。安心した。確かにいつも同じではつまらないな。好奇心は大切だ」

「ええ」


(よかった。これでまゆらに被害がいかないだろう)


「では、家政婦を変えた私の判断は間違えではなかった。運転手も変えよう」

「―ッ」


(まじかぁ。そうくる?)


 レイラは眉をひそめそうになったのを必死で抑えた。貴文はテーブルで手を組む、ちらりとリョウの空いた席を見た。レイラはそれにすぐに気づき、返事をして座った。


「レイラには用意した者がいる」

「……」

「どうした浮かない顔をしているな。今日はレイラの婚約者に来てもらっている」

「私に婚約者がいたのですか」


 以前、同じクラスの特待S、中村彩花に婚約者のことは聞いていたが父である貴文に言われる事で再実感した。

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