29限目 リョウとまゆら

 リョウは、車を降りると運転手から黒い腕輪を受け取って、腕につけると運転手がじっと見てることに気づいた。


「なんですか」

「今日はコンタクトにしていらっしゃるのですね」

「そうですね」

「眼鏡がないとレイラさんにそっくりですね」


 リョウはその言葉に嬉しそうに笑った。


「やっぱり、似ていますか? ユリコさんにも言われたですよね」

「ええ、ご兄弟ですね」


 リョウは心底嬉しそうな顔をしながら運転手に迎えの時間を伝えて、目の前の図書館に向かった。駐車場から図書館までの短い距離であったが暑さが厳しく、汗が滴り落ちた。

 リョウはそれをハンカチで拭いて、図書館の中に入った。


「ふ~」


 図書館の中は、冷房がきいていた。

 リョウは深呼吸をすると、階段を上がった。


 図書館内のは人がほとんどおらず、リョウが入った部屋には目的の人物しかいなかった。

 彼女は一番奥の席に、扉に背を向けて座っていたためリョウから彼女の顔がよく見えなかった。

 リョウは静かに室内に入ると、彼女に見つからないように本棚の方へ行き、その間から彼女を見た。


「あれは……」


 リョウは彼女の顔を見た瞬間、目を細め眉間にシワを寄せた。その時、リョウは彼女と目があった。

 彼女はリョウに気づき、眼鏡を抑えて本を見ながらノートにペンを走らせていた。

 リョウは本棚の陰に隠れると深呼吸をした。そして鞄から手鏡を出して、自分の髪型を確認して笑顔を作り頷いた。


 彼女のもとへ向かった。


「やぁ、こんにちは」


 リョウが笑顔で声を掛けると彼女はビクリと身体を動かして、彼を方を見た瞬間、顔を真っ青にした。


「あ……、え」


 余りに驚きすぎて言葉がでない彼女に、リョウは「座ってもいいですか」と言った。それに対して、彼女は小刻みに首を振った。


「あの、え……、あ、な、なんですか」


 リョウは彼女の言葉を無視して座り、手をテーブル上で手を組むと笑顔で彼女の方を見た。


「いえ、その眼鏡どうしたのかと思いまして。それは今は入手困難な商品ですよね」

「え……、あの、これはもらったのです」

「そうなのですか。それはとても珍しいものなんです。同じ物を妹に上げたのですよ」

「……」


 リョウの言葉に、彼女は目をぱちくりさせてじっとリョウの顔を見た。それに気づいたリョウは再度微笑むと彼女はガタガタを震えながら下を向いた。


「その眼鏡を見せてもらっていいですか」

「あ……、えっと、その」


 リョウが彼女の前に手を出すと、彼女は眼鏡を両手で押さえて下を向いた。そして、目だけで彼の方を見た。

 リョウはレイラの方に差し出した手を自分のもとに戻すと目を細めた。


「そうですよね。“知らない人”に貴重な眼鏡を渡したくないですよね」


 “知らない人”という名を強調して言うと、彼女は伺うようにゆっくりと頭を上げた。そして、リョウの顔をじっくりと見た。


「あ、いえ。すいません。妹さんというのは……?」


 まゆらは震えを無理やり抑えて、ゆっくりとリョウに話しかけた。


「妹はレイラと言うのですよ。私とそっくりな顔をしておりまして、よく図書館にきているみたいですね」

「あの、その……私、眼鏡を多分、妹さんに頂きました」


 リョウは自分の反応を伺うように話す彼女に優しい表情を浮かべた。


「そうですか。貴女が、妹の“友人”でしたか。私はレイラの兄、大道寺(だいどうじ)リョウです」

「だ、大道寺……」

「そうです。貴女はなんとおっしゃるのでしょうか」

「あ、え……すいません。河野(かわの)まゆらと申します」


 まゆらは頭を下げると、彼女の視界に手が映り驚いて頭を上げた。すると、リョウは笑顔で再度、まゆらの方へ手差し出した。


「え?」

「わかりませんか。その眼鏡は私が妹へ渡した物です。返して下さい」


 まゆらが眼鏡を抑えると、リョウの顔に笑顔が消えた。先ほどの優しい顔がウソの様に無表情で冷たい目をしている。綺麗な顔で睨みつけらえてその迫力にまゆらの心臓の動きが早くなった。


「なるほど。まぁ、貴重な物ですから返却はしたくないですね」


 リョウは頷くと鞄から厚みのある封筒を出した。そして、それをまゆらの方に無造作に投げた。まゆらは訳がわからず、その封筒に触れた。


「それを差し上げます。ですので、眼鏡を返却し今後、妹に関わらないで頂きたいのです」

「え? あ……」


 まゆらは封筒を手に持ち、そっと封を開けた。封筒の中には紙がたくさんは入っていった。


「え……? なに」


 まゆらが、封筒から恐る恐る出し、お金であることに気づくと慌てて封筒に戻してテーブルに置いた。そして、それをリョウに方へ押した。


「こ、こんなの……。もらえません」

「足りないという事ですか?」

「ち、違います。これはレイラさんと……あ、え……」


 リョウに睨みつけられて、まゆらは言葉を止めた。必死に話そうとしたが、彼の圧に負けてしまい言葉が出てこないのだ。

 まゆらはぎゅっと口を結び、鞄を手に取ると勢いよく椅子から立ち上がり扉に向かって走った。そして、廊下に出ると一気に階段を飛ぶように降りた。

 図書館の玄関を出た後、まゆらは立ち止まり振り返った。


「追ってこない……」


 まゆらは、胸に手を当てて呼吸を整えた。そして前を向いて姿勢を正したその時、目を大きくして身体の動きを止めた。

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