28限目 優しさ

 トメは2人分のお茶を入れるとお盆に乗せてテーブルに持っていった。

 レイラの前に一つ置き、更に目の前にもう一つ置くとお盆を片付けてから、「失礼します」と言ってレイラの対面にトメは座った。

 すぐにレイラは食い入るようにトメに質問した。


「あのですね。先ほど兄に今日の食事会の話を聞きました」

「リョウさんにですか」


 トメは目を大きくさせて、しばらく考えた後ゆっくり首を振った。


「リョウさんが何もおっしゃったわかりませんが、私が答えれることは少ないと思いますよ」

「兄は今回の事に反対と言ってました」

「そうですか」


 トメは困った顔をして短く返事をするとそれ以上何も言わなかった。


「私(わたくし)も嫌なのですわ。今のままがいいのですわ」

「時とは進むものです。環境は常に変化します。でも、もし本当にお嫌でしたら根拠を持ち相手に伝えるべきですね」


 トメは優しく笑った。


「そうですわね」


 レイラは挨拶をして、目の前の食事に手をつけた。


「それにしても、リョウさんは優しいですね」

「え……?」


 トメは一口お茶を飲んで、微笑んだ。


「最近、レイラさんに忠告してきたのは今日の事が関係しているのではないですか? しかし、様々な制限があり上手く伝えられなかったのでしょう」

「……そうかもしれませんね」


 レイラは綺麗にまかられた卵焼きを口に入れると、頬に抑えて幸せそうな顔した。次々と美味しそうに食べるその姿をトメは楽しそうに見ていた。

 レイラは、ものの数分で重箱弁当を空にした。部屋の外で食事をする時はひと目を気にしてゆっくり食べるが、本来の彼女は大食いであり食べるスピードも早い。


(やっぱりご飯を腹いっぱい食べると満足感が違うな)


 レイラは部屋に掛かっている時計を確認すると、トメの方を見た。すると彼女は笑顔で頷いた。


「そうですわね。準備いたします」


 レイラにそう言うと、トメは立ち上がりクローゼットの横にある箪笥を開けるとレイラの絽(ろ)の着物を用意した。

 レイラはトメと所へ行くと、青い無地の着物に袖を通した。


(うっ。食後すぐに着物はきついな。我慢だ)


 着つけが終わると自分の身なりを鏡で確認してから扉に向かった。


 トメは周囲の片付けるをすると、レイラの荷物を持ち扉を開けた。レイラは礼を言い、廊下に出るとトメは扉を閉めた。車へ向かうレイラの後に彼女はついていった。


 車までくると、運転手が扉を開けて待っていた。


 レイラが車に乗り込むと、運転手は頭を下げた。更にトメに頭を下げると、運転席に乗った。


 トメは彼女が車に乗ると頭を下げて、レイラを見送った。


 ゆっくりとトメが頭を上がると、レイラを乗せた車はいなくなっていた。


 トメは門の背を向けるとレイラが住む家と同じ敷地内にある家政婦専用の家にはいった。トメは靴を脱ぎ室内に入ると、すぐに談話室に向かった。


「あ、トメさん」


 そこの椅子に座って、お菓子を食べるいたのはレイラの兄であるリョウの担当家政婦である吉田(よしだ)ユリコの姿があった。


「お疲れ様です。ユリコさん」


 トメは挨拶をすると、冷蔵庫からペットボトルを取り出しそれを持ってユリコの前に座った。ユリコはそんな彼女を見て、自分の食べているお菓子をトメ方に寄せ「どうぞ」と言った。


「ありがとうございます。頂きます」

「で? 大丈夫そうなの? 色々とさ」


 ユリコは業務時間外は先輩であるトメに敬語はを使わない上にテンションが噂好きのおばさんだ。しかし、仕事をきっちりこなすのでトメは彼女の業務外の態度は気にしなかった。

 ユリコは右手を振りながらトメに更に話掛けた。


「大道寺さんに、レイラさんの友人の話が知られたのはユリコさんの責任ですよ」

「それは悪かったけど。どうせ、すぐにバレたわよ」

「そうでしょうけど……」


 トメはユリコに差し出されたお菓子を手に取り、口に運んだ。どこにでもあるクッキーだが、疲れた体には美味しく感じた。


「リョウさんも気にしていたのよね」

「リョウさん……」


 “リョウ”と言う言葉にトメは顔を上げてユリコの方をじっと見た。ユリコはお菓子を食べる手を止めてトメを見返した。


「どうしたの」

「リョウさんはどうやってレイラさんの情報を集めているのでしょうか。レイラさんの言葉遣いや友人の話を知っていました。まさかとは思いますが……。盗聴器とか?」

「あぁ……クククッ……」


 ユリコは口を抑えて肩を震わせた。トメがその様子をじっと見ているとユリコはチラリとトメを見て、更に笑い始めた。トメは眉を寄せて何も言わずに彼女をじっと見た。

 ユリコは一通り笑うと、顔を上げた。そしてテーブルの上で手を組んだ。


「盗聴器ねぇ……。ストーカーよ」

「え?」


 トメが驚いた顔をすると、それにユリコは目を大きくして首を傾げた。


「知らないの? リョウさんは自由時間のほどんど使ってレイラさんのストーカーをしているのよ」

「そうなのですか。小学校低学年までは知っていたのですが、最近はお見かけしないとので、やめたのかと思ったのですが“隠れるのが上手”なんですね」


 ニヤリと笑うトメにユリコも同じような顔をして頷いた。


「リョウさん。レイラさんの言葉遣いを大道寺さんに知られたらと焦っていたもの」

「そうですか。リョウさんはもうすぐ私がいなくなるから心配していたのですね」

「仕方ないわ。そういうルールだから」


 キッパリと言い切ると、トメは心配そうな顔をした。


「リョウさんの前任の家政婦も心配してたわ。最初は戸惑うけど慣れるものよ」


 軽く言ったが、トメの不安そうな顔を見るとユリコは眉を下げた。


「そうよね。そうは言っても寂しいわよね。13年レイラさんといるのよ」

「ええ」


 トメの様子を見て、ユリコは自分がリョウの家政婦を辞める日を想像した。まだ始めたばかりであったが寂しいとは思った。


「そう言えば、ユリコが休憩しているということはリョウさんはどこへ行かれたのですか? 今日は何も予定がなかったと思いますが……」


 トメは壁に掛けたあるホワイトボードを見た。そこには、リョウとレイラのスケジュールと必要事項が書かれている。

 リョウの予定には“図書館”と書かれていた。それを見て、トメを顔を青くしてユリコを見た。ユリコは何も言わずにまた、クッキーを食べ始めた。


「なるようにしか、なりませんよね」


 トメは諦めたようにつぶやくと、ペットボトルの蓋(ふた)を開け、口をつけた。


「でもさ、幼少期からいた家政婦が挨拶もなしに突然消えるっては酷だと思うわ」

「“そういうルール”なんですよね」


 トメは大きなため息をついてテーブルに突っ伏した。

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