27限目 戦闘準備

 トメに昼食を部屋に頼むとレイラは気合を入れた。


(夕食前に大量に食べよう。クソオヤジと戦うなら夕食なんて食べられねぇ)


 レイラはピアノ室に着くと気合いを入れて扉を開けた。するとピアノの音が聞こえたが、すぐにその音がやんだ。

 弾いている人物がレイラの入室に気づき手を止めたのだ。


「レイラさん」

「お兄様」


 レイラが扉を閉めて、ピアノの方を向くとリョウは椅子に座ったまま首だけを動かし彼女を見た。レイラは目を細めてると「失礼いたしました」と言って部屋から出ようとして扉の取っ手に手をかけた。


 その時。


「待って下さい」

「なんですの?」


 リョウの声にレイラは取っ手から手を離し声の方に振り返った。彼は優しく笑いながら眉を下げていた。


「あの、今日の夕食の事ですこし話をしませんか」

「え?」


 レイラの心臓が大きく動いた。

 彼はピアノの椅子から立ち上がり、奥にある椅子とテーブルを指さした。そこは普段、曲を書くと時使用してる場所だ。


「夕食で父が話そうとしていること少し知っています」

「そうなのですか」


(なんとー兄貴。役に立つじゃないか。これでクソオヤジに対抗する手段を考えられる)


 レイラは両手を胸の前で揃えると嬉しそうに笑った。

 それを見て、リョウは微笑むと椅子の方に歩いて行った。レイラは彼の後をゆっくりと追った。

 リョウは両手を組みテーブルの上に乗せ、ゆっくりと呼吸をしてレイラが椅子に座るのを待った。レイラは丁寧にスカートを支えるとゆっくりと椅子に座った。


「レイラさん。 私はこの後習い事がありますので手短に話ますね。今回の食事会で父が話そうと思っている事ですが。私は今回の件は反対です」

「そうなのですか」


 レイラはリョウの発言に目を輝かせた。レイラのその表情にリョウはとても嬉しそうに笑った。


(トメの件は兄貴に関係ねぇ話だからと思ったが、多少なり関わりがあるもんな兄貴も寂しいだな)


「やっぱり、レイラさんも今回の話の内容知っていたのですね。よかったです。内容を話す事を父に禁じられていたので、どう伝えようか悩んでいました」


(クソオヤジ、トメにも口止めしてたよな)


 レイラは内心イラついたが顔に出さないように笑顔を作った。


「そうなんですか。でもお兄様が反対してくれるとは思っていませんでしたのでとても心強いです」

「勝手決められるのは良く思いませんよね」

「勿論ですわ。でも、どうしてお兄様は知っているのですか?」


 レイラがじっとリョウの瞳を見つめると、彼は眉を下げて困った顔をした。そして、「その、あ……」と何か言いかけたが口を閉じた。レイラはじっと彼の言葉をまった。


「それは父直接聞いてもらっていいですか?」

「そうですか。では話せることをお願いしますわ」


(そこもダメか。まぁ仕方ないか)


「私が知っているのは、それを父が直接レイラさんに言うということです。そこで、レイラさんの意見を聞くようなことを言っていました」

「本当ですの? 珍しいですわね」

「まぁ、流石にそこまで鬼ではないということでしょうね」


 レイラはリョウに話を聞いて気持ちが落ち着いた。そして、さっきまで落ち込んでいた気持ちが浮上した。


「ありがとうございます。お兄様。それでは私は失礼します」

「ピアノを弾きにきたのではないのですか?」


 立ち上がろとしたレイラにリョウは驚いて声を掛けた。


「ピアノ……そうですね」


 リョウと話、満足してしまったためピアノを弾きにきた事をすっかり忘れていた。


(ストレス発散と気合いを入れるために弾こうと思ったから、トメの件がスッキリした今別に弾かなくてもいいんだよな)


「やはり、弾きに来たのですね。では久しぶり合わせましょ」


(なこと、言ってねぇ。てか、兄貴、時間ないって言ってなかったか?)


 リョウは立ち上がり、レイラの手をひいた。彼の楽しそうな顔を見たら諦めた。


(学校では冷たい態度だが、兄貴は俺(レイラ)を昔から好きだよな。アレだな思春期のテレか)


 でかい男だが、レイラはなんとなく可愛く思えた。


 リョウに誘導されてレイラはピアノの椅子に座ると、彼は棚からヴァイオリンを持ってきた。

 ピアノの横に立つと音を出した。


(お、ちょっま、いきなりか)


 レイラも慌ててリョウ合わせ、弾き始めた。

 リョウはチラリとレイラを見た。


 それはレイラが良く知る曲であった。

 リョウの音は更に激しくなり、レイラはついていくのが大変になってきた。


(うぁ、そうくるか。マジか)


 一曲弾き終るとリョウはヴァイオリンを下ろし、「ふう」と言ってヴァイオリンの弓を持っている手で汗を拭った。

 レイラはその様子をチラリと見た。


(やっぱり、楽しいんだよなぁ)


 リョウはレイラのその視線に気づき、嬉しそうに笑った。その無邪気な笑顔を見ると、可愛いやつだとレイラは思った。


(でかい図体だがまだ中3だもんな。体に精神が追いつかないよな。それでも兄として、妹の事を考えて必死なんだよな。俺は大人なんのに、忠告に反発してごめん)


 レイラは弟を見るような優しい目をした。


「ありがとうございます。楽しかったです」

「こちらこそ、ありがとうございます」


 レイラは優しく笑い、ピアノにキーカバーをかけ鍵盤蓋(けんばんふた)をしめ立ち上がった。すると、リョウは目を大きくて首を傾げた。


「もう、終了ですか? お茶のお稽古まで2時間ありますよ」


(よく、知ってんな)


「他にやりたい事がありますの。それにお兄様も習い事ですわよね」


 名残惜しそうな顔をするリョウに優しく微笑むと「失礼致します」と言って部屋から出るとすぐに自室に向かった。


(そろそろ、昼飯来るんじゃねぇ? 兄貴には悪いが行くぜ)


 レイラが自室に戻って数分後、トメが食事を持ってきてくれた。


「レイラさん、お食事をお持ちしました」


 トメは数人で食べるような三段の四角い弁当をテーブルの上に並べた。その美味しそうな匂いに誘われるようにレイラの身体は自然と動き、弁当のあるテーブルについた。


「いつでも美味しく頂けるようにお弁当にしました」


 レイラはトメに礼を言うと、四角い弁当箱の一番上を開けた。中には彩り豊かなおかずがあり、ご飯はおにぎりなっていた。

 レイラは自分の口の中にヨダレが多く出るのを感じた。


「お茶、準備いたします」

 トメは微笑みながらカートの上で熱いお茶を湯呑にそそいだ。


「トメさんの分のお茶もお願いします。話ながら食べたいですわ」

「かしこまりました」

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