26限目 父帰宅

 レイラは正門を出て、朝車を降りた場所へ向かった。レンガの塀沿いに歩くとすぐに桜のマークが彫られた木の看板が見えてくる。その看板を過ぎればすぐにガレージに着く。


 レイラの車以外に数台の車が止まっていた。どの車にも運転手が乗っており、全員姿勢を正して学校の方を見ている。その中に兄であるリョウの車もあった。


(兄貴まだ、いるのか。それしてもすげーなぁ。俺なら待っている間に本を読みたくなるな)


 レイラの車の前には運転手が立っており、後部座席の扉を開けて待っていた。レイラは少し歩く速度を上げて車に近づいた。


「ありがとうございます。お待たせして、すいません」

「いいえ、お帰りなさいませ」


 レイラが車に乗り込むと運転手はゆっくりと後部座席の扉を閉めた。


(涼しい。やっぱり、まだ外は暑いな)


 運転手は反対側に回り運転席に乗り込んだ。運転手はレイラの声を掛けると車を動かした。

 止まっている車も少なく、シャッターが開いているため、車は直進してガレージから出た。

 レイラは腕時計をみると、昼が近かった。


(あー先輩のせいで、帰りが遅くなった)


 しばらくすると、自宅が見えてきて、車は速度を落としゆっくりと止まった。

 運転手が車のドアを開けてくれたので降りると出迎えくれたのはレイラの担当家政婦の鈴木(すずき)トメだ。


「お帰りなさいませ」

「ただいま戻りました」

「お疲れですか?」


 トメがレイラから鞄を受け取ると心配そうにレイラの顔を覗き込んだ。

 レイラは「大丈夫ですわ」と言と自室に向かった。トメは「そうですか」と言ってレイラの後ろを歩いた。

 自室に入ると、トメは机の横に鞄を置くとクローゼットを開けた。


「やっぱり、何かあったのですか?」

「う~ん……」


 レイラは少し考えてから、ゆっくりを口を開いた。そして亜理紗の話をした。トメは頷きながら、レイラの話を真剣な顔でき聞いていた。


「そうですか。初等部の桜花会とは全く違いますよね。それで、なにか後悔しているのですか?」

「いえ……。トメの時もどうだっだのですか? 祖母は優しかったのですか?」

「ええ。私が特待Aの時に付かせて頂きましたレイラ様のおばあ様、敏子(としこ)様はとてもお優しい方でした。それに、レイラさんのように容姿端麗で優秀でしたから私はだだ楽しく話をしているだけでしたね」


 トメはワンピースを出し、レイラに渡しながら楽しそうに話をした。レイラはそんなトメがとても羨ましく思えた。

(夢乃も藤子は……仕事で部下と付き合っていた関係に似ているんだよなぁ。学生の友達とはちげーよな。むしろ、夢乃と藤子が友達なんだろうな)


 レイラは脱いだ制服をトメに渡し、受け取ったワンピースを頭からかぶり、袖に手を通した。ワンピースはゆるいためストンとおちすぐに着る事ができた。トメはその様子を見るとまたクローゼットの中を確認し始めた。


「そうですか。私も会いたかったです」

「惜しい方を亡くしましたね」

「それで、その……亜理紗先輩付きの特待Aはどうなると思いますか?」


 トメはクローゼットの中の制服の数を数えるとレイラが着ていた制服をクローゼット横のカゴにいれた。


「そうですね。その方々の事は分かりませんが、私が学生時代にも桜花会とトラブルを起こした方がいましたね」

「え? どうなったのですか?」

「気づいたらいなくなっていました。相手の桜花会の方が退学に追い込んだとか、学園側が粛清したとか、気を病んで入院したとか様々な話がありましたが、どれも噂の領域を超えるものはありませんでした」

「……」

「あ、私が卒業してからずっと後の話で噂でしか聞いていませんが桜花会でいなくなった方もいらしたらしいですよ」


(桜華こぇ、公立行きたい……)


 トメはレイラの背中を優しく撫ぜた。そして、「怖がらせて申し訳ありません」と眉を下げて言った。レイラは首を振った。


「そうですわ、特待Aの支援金でいくらなんですか?」

「外部のもらしてはいけいない事になっているのですが、知りたいですか?」

「ええ」


 トメは少し考えてから小さな声で「特待Aしか存じませんが」と付け加えてから額を告げるとレイラは目を大きくして固まった。

 トメはクローゼットの方に戻り、服を入れてカゴと制服を持った。


「大金じゃないですか」

「そうですね。入浴しますよね? 準備はしてあります」

「あ、はい。ありがとうございます」


 トメが扉に向かうと、レイラはすぐに動き出した。彼女が扉を開けると、レイラは廊下にでて入浴室に向かった。


 脱衣所にはいると全てが整っていた。

 トメは「失礼致します」と声を掛けてレイラの髪をほどいた。編み込んでいた為ほどくと軽くウェーブが掛かっていた。


「レイラさん、私は制服をクリーニングに出すように頼んできますね」

「わかりました」


 トメが脱衣所を出て行くとレイラは服を脱ぎカゴに入れると、浴室に入った。レイラはシャワーの前の椅子に座ると鏡をみた。そして、顔や身体を触った。


(なにもねぇ身体だなぁ。レイラの身体だから、成長しねぇーだよな)


 扉を叩く音と共にトメが声がした。しかし、レイラはじっと鏡を見ている。

 トメは「失礼します」と言って入室するして、優しく声をかけながらレイラの肩に触れた。


「レイラさん」

「ひあぁ。え……? あ、トメしゃん……」


 肩を触られてレイラはビクリと身体をして、トメの方を見た。あまりに驚いたため彼女はろれつが回っておらず、それにトメは苦笑した。


「何度も呼びましたが、お返事がなかったので……って大丈夫ですか。鏡みてずっと変な顔しておりましたよ」

「いえ、胸が成長しないなと思いましたの」


 トメは苦い笑いをうかべながらレイラの後ろに立った。そして、「失礼します」と言ってレイラの髪に触れた。


「レイラさんはいつも、胸を気にされていますね。心配しなくとも大きくなりますよ。レイラさんはまだ13歳です。これからですよ」


 レイラはトメの言葉に頷きながら、鏡を通して自分の胸を見るとそれに触れため息をついた。そして、下を向いて直接胸を見た。鏡でも見て、直接見ても変わらない胸にレイラは悲しくなった。


(あのレイラだからなぁ。希望はねぇ。せめて攻略対象者に転生してればまゆタソの胸をもめたのに……。女じゃなぁ……)


 トメはレイラの髪を洗い、ブラシで溶かすとタオルで巻きあげた。それから身体を丁寧に洗いながら、百面相するレイラを顔を鏡越しに楽しんだ。レイラはまったくその事に気づく様子はなかった。


「レイラさん。午後はどうしますか」

「ピアノを弾きますわ。それから、部屋で勉強します」

「ご自宅にいられるのですね。承知いたしました」


 トメはおじぎをして「失礼致します」と言うと浴室を出ていた。レイラは礼を言うとトメが浴室を出て行くのを確認してから、浴槽にゆっくりと足から浸かった。暖かいお湯が身体を包んでいくこの瞬間がレイラはとても好きだった。ふーっと言いながら手足を伸ばし、お湯を堪能した。


(そういえば、婚約者ってなぁんだぁ)


 今日色々ありすぎて忘れていた重大な事を思い出した。亜理紗の事件がおこるまでは覚えていたのにと額に手を当てて頭を動かした。


 考えてもさっぱり分からず、イライラして手足を思いっきり伸ばした。すると、バシャンと音を立てて水しぶき飛びレイラの顔にもろにかかった。


「うぁ……。はぁ、出よう」


 レイラはため息をついてからその場で立ち上がり、湯船から出た。

 シャワーを浴びて浴室から出るといつもいるトメがいなかった。浴室を出てすぐ横にタオルがおいてあった。レイラはそれを取ると自分で身体を拭きながら脱衣所と廊下をつなぐ扉を見た。


(トメさんがいねぇ)


「遅くなり申し訳ありません」


 気づくとトメがレイラの前にいた。


「先程は席を外して申し訳御座いません」

「何かあったのですの?」

「大道寺さんに呼ばれておりました」


(オヤジ……)


 その名前を聞いた瞬間、レイラの思考がとまり持っていたタオルを床に落とした。トメはそれを拾うとカゴに入れて、新しいタオルを出してレイラの身体を丁寧に拭いた。その間、レイラは微動だにすることができなかった。


「オヤジが帰ってんのか。クソめんどくせぇ」


 レイラは父である大道寺貴文(たいどうじたかふみ)の帰宅に驚きすぎて心の声が出てしまった。


「レイラさん、大丈夫ですか? ここのところ、ずっと丁寧な言葉を心がけていたのに……」


 レイラはトメの言葉に気づき深呼吸をすると謝罪した。トメは眉を下げて「いいえ」と言って、水色の膝丈のスカートに白いブラウンを着せた。


「私はレイラさんが生まれた時からお世話をさせて頂いておりますが、レイラさんの周りで誰1人としてそんな言葉遣いはしていませんでした。どこで学んだのでしょうか」

「……さぁ」

「初めて、言葉をお話になられたと思ったらとても乱暴で驚きました」


(前世で俺が使っていた言葉遣いなんて言えねぇ)


 レイラは着替え終わると大きな鏡のある鏡台に座った。トメはレイラの後ろに立つと頭のタオルを取りそのまま彼女に肩に掛け、ドライヤーを取り出して頭を乾かし始めた。髪をとかしながら丁寧に乾かしていく。

 それが終わると、トメはレイラの髪を結い始めた。


「父とお目にかかるのはいつぶりでしょうか。とても楽しみですわ」


 笑顔を作るとチラリと鏡ごしにトメを見た。トメはチラリと彼女の顔をみるとしわくちゃな顔に更にシワを増やしてため息をついた。


「それは皮肉ですね」

「父を見間違えませんように、お部屋にあります父の写真を確認しておきますわ」


 めったに会えない父である貴文にレイラはいつもイヤミを言っていたが、それは会えない貴文への不満ではなく、トメとのいつもの言葉遊びだ。トメはそれをいつも苦い顔をして聞いている。


「父との話の内容を教えてくだいますか?」

「私から何も言えません。お部屋のお手紙があります」

「手紙……? 父は在宅なのですよね? それで手紙ですか?」


 レイラは不満そうに言うと、トメは申し訳なさそうに頭を横に振り、彼女はバックミラーを持ってくると「どうですか」と髪型の確認をした。

 細かく三つ編みにした髪を頭の上でまとめてお団子にしてあった。その髪をみたレイラは不思議な顔をした。


「よいのですが、なぜ三つ編みでお団子なのですか? お団子ならそんなに細かく三つ編みしなくてもいいのはないでしょうか」


 すると、鏡ごしにトメの暗い顔が見えたため、レイラは振り向き慌てて「勿論、この髪型も素敵ですわ」と言った。するとトメは笑ってくれたがどこか暗かった。


「大道寺さんからです。本日は夕食は皆さんで、外食されるそうです。ですので、その時三つ編みをほどき軽いウェーブの髪型に致します」

「……」


 その言葉を聞いて、レイラはトメ以上に暗い顔になった。


(なんだ? なんの用だクソオヤジ? アイツか食事と言う時はいつも何かある。まさか、トメのクビかぁ? そうなのか?)


「父の要件は知りませんわよね?」

「……申し訳ございません」


 トメはレイラの質問に答えずに、頭を下げた。その様子から、“彼女は知っているが言えない”のだとレイラは悟った。それがとても心苦しく、立ち上がるとトメに抱きついた。彼女は驚いたようだが、抱きしめ返してくれた。


(人事の事は俺(こども)にどうにもならねぇ。なんで俺(レイラ)はこんなに辛い思いをしているんだ)


 抱きしめてくれるトメの手がとても暖かく、彼女の優しさを全身で感じることができた。


 トメの温度。

 トメの匂い。

 トメの優しさ。


(俺(レイラ)が甘えられたのはトメしかいない。よし、今回の食事会がその話なら抗議しよう。対話という手段をとるなら手紙と違い決定事項ではないはずだ)


「トメさん、ありがとうございます。ピアノ室に向かいます」

「昼食はどうなさいますか?」


 レイラはトメから離れると彼女の顔を見てニコリと笑って「部屋に大量にお願いします」と伝えた。トメがそれに承諾したのを確認するとレイラは入浴室からでた。

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