20限目 クッキー
「あら、今、誰かいらっしゃったのかしら?」
「豊川先輩が睨みつけて追い返したのでしょう」
レイラが呆れた顔をすると、亜理紗は大きな目を細めてキッと睨みつけた。
「何ですって。私のせいだと言うの。それにいつまでその席に座っているつもり?」
レイラはローテーブルの上にあったクッキーを一つ手に取ると、口に入れた。
(席かぁ。ここにいろって言われたんだよな。にしてもこのクッキーうまいな。帰らなくてよかった)
「ちょっと、レイラさん。私の話を聞いていますの?」
「え? 席の話でしたっけ?」
レイラは口元に手をやると立ち上がり、部屋の奥へと移動した。
「分かってくれて嬉しいわ」
嬉しそうに笑いながら「失礼しますわ」と言うと圭吾の隣に座った。その瞬間圭吾は突然立ち上がった。
「え……?」
亜理紗は驚いて、圭吾の視線の先を見た。その途端、彼女は顔色を変えて立ち上がった。
「亜理紗。楽しそうだね。来たことに気づかなかったよ」
そう言って香織は笑顔で立っていたが目が笑っていなかった。その横にいたのは銀色の眼鏡を光らせている無表情の真人だ。二人の後ろにレイラがいる。
「いつ来た。挨拶もしないなんて偉くなったな」
銀色の眼鏡を触りながら真人が亜理紗を睨んだ。真っ青になった亜理紗は助けるように圭吾を見たが彼の瞳に亜理紗は映っていなかった。
「圭吾様……」
「挨拶したらいいんじゃないの?」
弱々しい声で圭吾を呼ぶ亜理紗に彼は冷たく言い放った。それを聞いて、亜理紗は涙目になった。
(強気な女の子の涙っていいな)
レイラはニヤケそうになる顔を必死で抑え無表情を作った。
「中岡副会長、会長の手伝いをしてあげて下さい。アレ今日中の終わらないと大変ですので。よろしいのでしょうか」
「分かった」
真人が表情もなく伝えると圭吾はすぐに返事をして亜理紗を見ることなく会長席へと向かった。
「圭吾様」
小さな声で亜理紗は圭吾を呼んだが彼は振り向くことはなかった。
「“圭吾様”。貴女はここへ何しに来ているんだ?」
「え……」
真人の言葉に亜理紗はへたりとその場に座り込むと大きな目から涙を流し始めた。それを二人は冷たい目で見ている。
真人は一枚の紙をだして亜理紗に渡した。彼女は紙を受けとるが意味が分からないようで首を傾げている。
「これは夏の間に頼んだ桜花会の仕事だ。君だけ提出されていない。昨日までと、頼んだはずだ」
「あっ。あの……私、忙しくて……」
ボロボロと大粒の涙を流す亜理紗に真人はため息をついて香織を見た。香織は口を歪ませて、彼女を見た。
「あのさ、権力を振りかざすのが桜花会の仕事じゃないんだけど。中学生のうちはそれでもある程度は許されたけれども、君は4年生。高校生になったんだよね? 3年生の後輩を威圧して入室させなかったり、1年生に絡んでる場合ではないよね」
亜理紗は優しい口調であるが、笑っていない香織の目を見るとビクリと身体を動かした。
「あ……すぐに、やってきますわ。申し訳ありませんでした」
亜理紗は手で涙を拭きながら立ち上がると、真人にもらった紙を握りしめた。そして、「失礼しますわ」と言ってその場を立ち去った。
(あーゆー典型的な悪役みたいなの可愛いよな。って、もしかして俺(レイラ)じゃなくて亜理紗が悪役令嬢じゃねぇのか? いや、ちがう。亜理紗は今、高1。今、中1のまゆタソが高校入試で入学するころには亜理紗は大学生じゃねぇか)
「あはは。レイラが私を使って亜理紗を撃退するなんて彼女に恨まれるぞ」
(そうなのか? 香織に頼めばなんか上手くいくと思ったのに)
香織は笑いながらソファに座った。それに続き、真人が香織の対面に座ったのでレイラも「失礼しますわ」と言って真人の横に座ろうとしたが、香織に腕をつかまれた。
「そっちではなく、私の横に座りな」
「え……、でもそこは上席ですわ。北沼先輩より良い席になんて……」
「私が許可したから問題ない」
香織は自信満々に言うと再度レイラの手を引っ張った。その力でレイラは後ろから倒れこむようにソファに座った。
「私もお菓子を食べたい……」
一番遠い場所でちいさな声で憲貞は呟きソファに座る三人を恨めしそうに見た。
「終わったらいけますよ」
と圭吾が書類の束をポンポンと叩くと憲貞は黙って書類にペンを走らせた。
レイラはちらりと自分の腕時計をみた。すると、香織が「帰りたい?」と聞いてきたので素直に頷いた。
「そうか。なら送ろう」
「え、大丈夫ですわ」
突然の香織の発言にレイラは驚いた。彼女はそんなレイラの反応を気にするようすはなく、立ち上がると座ってるレイラの手を引いた。
「行こうか」
「え……はい」
彼女の強引な態度に、レイラは諦めて返事をすると立ち上がり鞄を持った。
レイラは香織に手を引かれて廊下にでると、そのまま廊下を歩いた。レイラはじっと、彼女と繋いだ手をみた。
(女同士ってこんなに接触が多いだな。そういえば、夢乃や藤子もよく手を繋いでるな)
レイラは女の子同士が手を繋いだり、抱きしめ合ったりするのを羨ましく思っていため今のこの環境がとても楽しかった。
香織と手を繋いで廊下をしばらく歩いていると4年生の教室から声が聞こえた。
「教室に残っている方がいらっしゃるなんて珍しいですわね」
レイラが香織に声を掛けると、彼女は足を止めてレイラの方を向いて「しー」と人差し指を口の前に持ってきた。
レイラは意味がわからなかったが、すぐに口を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます