19限目 桜花会室

 誰もいない廊下をレイラは姿勢を正して真っ直ぐ前を向き静かに歩いていた。外からは部活をする生徒の声が聞こえた。


 赤い扉の前で立ち止まると『桜花会』と書かれた札を彼女は見上げた。


 深呼吸をした。


 レイラは鞄から学生証を出すとノブの横にある機械に通した。すると、カードリーダ機械音がなり扉の鍵が開く音がした。レイラはそれを確認するとゆっくりと扉を開けて中に入った。


「失礼致します。一年の大道寺です」


 レイラは頭を下げて名乗った。

 中に入ると、頭を上げ部屋の中を見渡した。

 部屋の中央にある円卓に6年副会長の北大路香織(きたおうじかおり)と書記の北沼真人(きたぬままさと)が楽しそうに話をしていた。


「いらっしゃい。朝ぶりだね」


 会長の天王寺憲貞(てんおうじのりさだ)が、扉のすぐ近くの白いソファに足を組み、その上に肘をついた格好で声掛けてきた。

 その目の前には5年副会長であるが平岡圭吾(ひらおかけいご)が足を揃えてローテーブルに置いてあるクッキーを食べていた。


(相変わらず、ここは真っ白だな。部屋も制服も白い。あれか? この制服って保護色か?)


「天王寺(てんおうじ)会長。会長業務はよろしいのでしょうか」


 レイラはチラリと一番奥の書類が山積みになった会長机を見た。憲貞(のりさだ)は苦い笑いを浮かべた。


「休憩だよ」

「そうですか。それでは失礼致します」

「え? 待ちたまえ」


 来たばかりだというに頭を下げて部屋を出ようとするレイラに憲貞驚いた。

 声を掛けられてレイラは立ち止まり「なんでしょうか」とキョトンとした顔をした。


「まだ、来たばかりじゃないか」


 憲貞はローテーブルに置いてるクッキーを進める様にレイラの方に押したが、レイラはそれに触れる所が座る気もない。


 帰る気満々だ。


「特に用がありませんので。仕事は終わっておりますし、登校の際は必ず桜花会の部屋にくるという義務は今果たしましたわ」

「あはは、その通りだね」

「圭吾」


 くるくる自由に曲がった茶色毛を揺らして楽しそうに笑う圭吾をたしなめる様に憲貞は名前を読んだ。それでも彼は笑うのやめないため憲貞は険しい顔をした。


「圭吾。5年副会長なんだ、しっかりしてくれなくては困る」

「しっかりは中岡副会長ではなく会長ではありませんこと?」


 レイラは再度一番奥の書類が山積みになった会長机を見た。それを聞いて圭吾は更に笑うと憲貞は何も言わずにぶすっとした。


 圭吾は立ち上がると、レイラの方に歩いていった。彼はレイラに正面にまで来るとニコリと笑った。


「なんですの?」


 自分よりも高い圭吾をレイラは笑顔をつくり見上げた。


「う~ん。もう少しいてもいいんじゃないかな」

「なぜですか……?」


(やることないのにいても無駄だろ)


 目を大きく開き首を傾げる。


「レイラ君、桜花会(ここ)は効率よく仕事をする場所ではない」


 レイラの質問に、憲貞が答えながら腕を組んで足を組みかえた。


「レイラさん、上流の人間の中で関係をつくることも大切だよ」


(上流って、貴族じゃねぇだろ。つうか、この世界に貴族設定ないだろ)


 レイラは圭吾の言葉につい反論しそうになったが、喉まできたところで飲み込んだ。


(中岡(こいつ)と敵対するのはよくないなぁ。来年もいるし、仕事できんだよなぁ)


 レイラは少し考えてから談笑を楽しんでいる6年副会長の香織の方を見た。彼女もレイラ達の事が気になっていたようで目が合った。


『会長に仕事をやるように言って』


 香織は声を出さずに口を動かした。圭吾もそのことに気づいたようで横にずれ道を開けた。


(マジかよ。面倒くさいけど、まぁ桜花会の人間とも仲良くしなくちゃだめかぁ)


 レイラは頷くとゆっくりと憲貞の近くにいくと「失礼します」と隣の席に座った。彼は姿勢を変えずに瞳だけを動かしてレイラの方を見た。


「会長の入学式での演説は素晴らしかったですわ。しかし、あの会長の机を見て見当違いだと思い帰ろうと思いましたの」

「そうなのか」


 憲貞は勢いよくレイラの方を向くと一気に近づいてきた。レイラはすぐに距離を取りたかったが必死に我慢し、笑顔を作った。


「私はちょうど今から仕事をしようと思っていたのだ。レイラ君はここで菓子を食べているとよい」

「でも、私まだ香織先輩と北沼先輩にご挨拶してませんわ」

「さっき私にも挨拶をせず帰ろうとしたではないか」

「そうでしたっけ」


 顎に指をあててレイラはすっとぼけた。するとそれを聞いていた香織はレイラの方を向くと「構わない」と言ったので、レイラは甘えることにした。


「では、会長の仕事ぶりを存分に見て憧れてくれたまえ」


(はぁ)


 憲貞は満足げに笑い一番奥の会長席に座って書類を眺め始めた。その合間で、レイラの方をチラチラと見ていた。

 圭吾はレイラの目の前に座りにこやかにお菓子を食べ始めてた。それを見てレイラもお菓子に手を伸ばした。


 その時、機械音がして、扉の鍵が開く音がした。


「失礼しますわ。4年の豊川亜理紗(とよかわ ありさ)ですわ」


 ゆるく巻いた長い髪を揺らしながら亜理紗は入室するとすぐに、周囲を確認した。そして、憲貞の所へ行こうとしたがレイラと圭吾が仲良くお菓子を食べているのを目にすると動きを止めた。

 亜理紗は無言で足早に白いソファの方へ行った。


「圭吾様、お久しぶりですわ」


 亜理紗は圭吾に微笑んだあとレイラを上から睨みつけた。


「レイラさん。なんなの? なぜ、貴女が圭吾様より上席に座っているの? 礼儀がなっていないわね」


(亜理紗も美人だよな)


 レイラはマジマジと彼女の顔を見た。

 何も言わないレイラに亜理紗は苛立ち、眉間にシワを寄せた。


「なにか言ったらどうなの」

「豊川さん。そんなに怒るとせっかくの素敵な顔が台無しだよ」

「まぁ、圭吾様、亜理紗と呼んで下さい」

「あはは」


 亜理紗の願いに圭吾が乾いた笑いをしていると扉の鍵が開いた音かした。扉が開くと白い制服を着た生徒が入ってこようとしたが、亜理紗に気づくと彼は入室せずに扉を閉めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る