18限目 特待生
担任教師は穏やかに笑うと朝の挨拶をして、持っていたタブレットを起動した。それを見た担任教師は目を細めた生徒の方を見た。
「中村(なかむら)さん。出席になっていませんよ。早く、カードリーダーに学生証を入れて下さい」
「え、あ、はい」
彩花(あやか)は慌てて、鞄をごそごそと探し始めた。それを見て周囲の生徒は冷たい目を彼女に向けた。
「それではテストを始めますので、皆さん端末を見てください」
担当教師はまだ、学生証を探している彩花を横目にしながら、生徒へ伝えた。生徒たちは教科書を全てしまいタブレットを出した。
(教科書も端末で見れられればいいのになぁ)
レイラは机にあった教科書をすべて鞄にいれて、タブレットを出し起動させた。そして、テストアプリのアイコンに触れるとテストの表紙が現れた。
担当教師のテスト説明が終わる頃に彩花は、学生証を発見してカードリーダーにいれた。担当教師はその様子を見て、タブレットを確認した。
「それでは開始します」
全員がタブレットを出してテストアプリを起動していることを確認すると、“テスト開始”ボタンに触れた。それと同時に生徒全員がタッチペンを動かした。
テスト開始から数十分後ペンを置く生徒が増え始めた。
担当教師が時計を確認すると「そろそろ終わりになります」と声を掛けた。その数分後、各生徒のタブレットから入力不可になった。
「それでは皆さん、宿題となっていたものを提出して下さい。提出した方から解散して構いません」
そう言うと、担当教師は生徒を見渡してから「失礼します」と言って部屋をでていた。
「それでは宿題を持ってきたください」
後ろの方からした。レイラは声の方を見て、端末提出できればいいのにと常々思っていた。
(ハイテクだかローテクだかわかねぇ世界だよな。これはゲーム側の都合か? そのゲームも内容わかんねぇしな)
「レイラ様、委員長の所に宿題を持ってますわ」
夢乃(ゆめの)が立ち上げると藤子(ふじこ)も立ち上がった。
「いえ、自分の物は自分で提出しますわ」
「何を言っているのですか?」
「そうですわ。そうやっていつもご自分でやろうとして」
「私たちを頼ってください」
一言はなった言葉が倍になってかえってきた。自分のことを自分でやろうとするとすぐに責めらせる。
(二人とも俺の言いなりみたいな顔して全然言う事聞かねぇだよな。彼女らには仕事だもんな。ルールにのっとて行動するよな)
レイラは宿題を二人に渡した。二人は「承知しました」と丁寧にお辞儀をした。そして、仲良く話しながら委員長にもとへ宿題を出しにいった。
「レイラ様が御手洗(みたらい)さんと山下(やました)さんを従えているわけではないですね」
当然、後ろから声を掛けられて振り向くとそこにいたのは彩花であった。レイラは何も言わずに彩花をじっとみた。
「私、“白服”や“桜花会”の事知っていたんですよ」
「……」
レイラは眉を寄せて首を傾げた。そんなレイラを見て、彩花は優しい笑顔を見せてくれた。
「レイラ様は兄と婚約してるじゃないですか。義理の姉になる方が気になったんですよね」
「?」
レイラは目を大きくしたまま動けなくなってしまった。
(婚約? してたっけ?)
「私がレイラ様の義妹になったらあの二人どんな顔するんでしょうね」
「……」
ニヤニヤとする彩花をレイラは黙って見ていた。彼女からもらった情報をレイラが処理しきれずにいたのだ。
彩花は黙っているレイラを見て、不思議な顔をした。
「あれ? 聞いてませんか?」
(聞いてねぇよ)
レイラが頷くと、彩花は口を押された。わざとらしく「言ってはマズかったですかね」と舌を出した。
それでも黙っているレイラに彩花は眉間にシワをよせた。
「う~ん。何も言ってくれないと分からないですよ?」
レイラは言葉を選びながらゆっくりと話をした。
「婚約者の件は存じませんでしてわ。中村さんのお兄様と私の婚約で中村家や大道寺になにか良いことがあるのでしょうか」
「レイラ様、私の兄に会ったことありませんよね? それなのに気になるのは兄の事ではなく家の利益なんですね」
(親が決める婚約に相手の事を俺が気に入ろうが嫌おうが関係ねぇしな。つうか、なんだその婚約者設定。どこかの貴族か王族かよ。あー男と結婚か。最悪だな)
内心不満しかなかったが、レイラはそれを表には出さずに穏やかな顔をした。
「父や母が選ぶ方でしたら、間違えありませんわ」
レイラが両手を合わせて微笑むと彩花は「そうですか」と口をとんがらして答えた。
「まぁ、いいです。利益ですよね? えっと、私の父は中村製薬会社(なかむらせいやくかいしや)の経営をしています」
「分かりました」
(なるほどね。製薬会社との癒着目的か)
「わかりましたわ。ありがとうございます」
レイラは彩花に挨拶をすると、カードリーダーから学生証を出し、教科書類を鞄に入れ立ち上がった。すると、彩花は目を大きくした。
「え……? それだけでいいですか? もっとお話できますよ」
「そうですか。ありがとうございます。ですが、予定がありますのでまたの機会にお願い致します」
レイラは彩花に笑顔をおくり、扉の方を向くと去っていった。
彩花がレイラの後ろ姿が見えなくなっても、彼女が出て行った扉を呆然と見ていた。すると、夢乃と藤子が戻ってきた。
「あら、レイラ様は行かれてしまったのね」
「そうね」
二人は教科書類やカードリーダーから出した学生証を鞄にしまいながら、話していた。そして、藤子が彩花に気づくと目を細めた。
「まだ、いたの?」
彩花はニヤリと笑った。そんな彩花に藤子も夢乃も息を漏らした。
「さっきのが演技であることは分かっているわよ。ねぇ」
「ええ。弱々しい態度で話しかけるから何かと思ったわ」
「レイラ様に近づきたかったんでしょ」
「にしても、やりすぎだわ。本気で頭にきたわよ」
「レイラ様が止めなければ、手が出ていたわ」
藤子と夢乃は口々に文句を言った。それを聞いた彩花はつまらなそうに顎(あご)を机につけた。
「そうですかぁ」
立っている二人をだるそうに見上げた。すると、藤子が鞄を閉めて彩花の方を向いた。続いて、夢乃も同じようにして振り向いた。
「中村製薬会社の社長のご令嬢であることは知っているわ」
「お兄様も桜華にいたのよね。そして、その時は桜花会のはずよ。なぜ入らないのかしら?」
「よくご存じですね。ゴシップが大好きなんですね。それとも誰かさんに取り入るための情報なんですか?」
ニヤニヤしながら話す彩花に二人は目を細めていた。それに彩花は目を大きくした。
「あら、今回は怒らないですね。さっきあんなに顔を真っ赤にしていたのに」
「安い挑発にはのらないのよ」
藤子の言葉に彩花は「ふーん」と言いながら周囲を見た。教室にはもうほとんど生徒はいなく、残っている生徒も自分の事に夢中であり、三人を気にする者は一人くらいなものであった。
その一人は集めた宿題を机に置くと、鬼のような形相で三人の方に向かってきた。それに気付いた夢乃と藤子は顔を見合わせてると「それでは」と身体の方向をかえて扉に向かった。
教室から出た二人は玄関にゆっくりと向かった。
「夢ちゃん、委員長と中村さんって仲良すぎない? さっきも怖い顔してたけどわざわざ席まで宿題取りに来たし」
「あ〜」
夢乃は手を口に当て少し考えた後、藤子の手をひいて彼女をしゃがませると耳元に口を近づけた。
「多分だけど、委員長が惚れてるのよ」
「えーだって」
藤子が大声を出したので、夢乃が慌てて口をふさいだ。その力が強かったため藤子は後ろに倒れそうになったが、夢乃は足を踏ん張り自分よりも背の大きな藤子を必死に支えた。
藤子が自分の力で立ったことを確認すると息を吐いて離れた。
「声が大きいわよ」
「ごめん」
藤子が眉を下げて夢乃を見ると、彼女は両手の縦に振りながらため息をついた。
「それにしても、夢ちゃんは本当すごいね。中村彩花の事すごく知っていて」
「中村彩花はバカではないわ。一学期は静かにレイラ様の事を見ているのが気になっていたのよ。だから、調べたの。いつか何か言ってるかもしれないと思ってね」
「そうなんだ。よく見ているね」
ヘラヘラとしまりのない顔で笑う藤子に夢乃はため息をついた。藤子は長身に釣り目であるため迫力のある見た目をしているが中身は残念であり気を抜くとすぐに顔が緩む。
夢乃の横で、藤子は楽しそうに門までの長い桜道を歩いた。
「ごきげんよう」
二人は守衛に挨拶して機械に学生証をかざした。そして、門から外に出ると二人は学校のレンガの塀沿いを駅に向かって歩いた。
藤子は周囲を見て、桜華の制服が見えなくなると隣を歩く夢乃に小さな声で問いかけた。
「でも、なんでいつも誰かを威圧する時夢ちゃんがお話しないの? 夢ちゃんが考えたことなのに」
「私のような童顔で低身長な人間が言うより迫力があるからよ。それと威圧ではなく、指導よ」
藤子は夢乃の頭に手をやり、ポンポンと撫ぜると彼女はキッと下から藤子を睨みつけた。そして、藤子の手を払い落したため、彼女わざとらしく手をさすった。それを見て夢乃はフンと鼻を鳴らして足を速めた。
藤子は慌てて、「ごめん」と言いながら夢乃を追った。
「でも、本当に周りを威圧することが桜花会を守ることになるのかぁ」
「指導よ。桜花会は神格化しないといけないのよ。それが私たち特待Aの仕事でしょ」
「まぁ、特典分は働くよ。他校に比べて特待の内容がいいと思ったらまさか役割があるとは……」
「いいじゃないの。大道寺(だいどうじ)家と仲良くなれることも特典だわ」
夢乃がニコニコして足を進めると、藤子が頷いて同意した。
藤子は両手を頭の後ろに持っていき同情するような顔した。
「でも、中村彩花は特待Sなんでしょ。しかも、上位組だから生徒会じゃん」
「そうね」
「……ねぇ、中村彩花が桜花会に入らないのはなんで? さっきけしかけたけど、答えてくれないし。夢ちゃんは知っているの?」
「う~ん。それは言えないのよ。昔の週刊誌に載っていただけで確証がないわ。安易に広めて自分の首を絞めるのはごめんよ」
夢乃はゆっくりと首を振って目の前に見てきた駅をみた。駅はそれなりに人がいた。
学校から歩くこと数十分。
「久々に歩いたけど、遠いよね」
「なら、バスに乗ればよいのではなくて」
「節約したい。それに、夢ちゃんと話をするこの時間が好き」
満面の笑みで言われ、夢乃は顔を赤くして何も言わなかった。
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