21限目 特待A

 二人はゆっくりと声のする教室に近づいた。

 扉の隙間からそっと覗くとそこには机に座りペンを走らせる亜理紗がいた。その周りを黒服の女子生徒が二人彼女を囲む様に立っていた。


「亜理紗様、いい加減にしてください」


 ポニーテールの女子生徒の一人が強い口調で亜理紗に言った。亜理紗は黙ってひたすらペンを動かしていた。

 いつものレイラに強気で絡んでくる彼女の姿とは全く違った。


「あれは特待Aだ」

「え?」


 特待Aと言えばレイラのクラスの夢乃と藤子と同じ立場の人間だ。しかし、あまりに彼女らとレイラの関係と違いすぎて目を大きくした。


「驚いた? レイラのクラスの特待Aと違うよな。どうしてこういう状況になっているかわかるかい?」


 レイラは香織の言葉に首を振った。

 桜花会を神格化するために存在する特待Aが桜花会のメンバーである亜理紗を責めている意味が理解できなかった。


「そもそも、特待とは入試で優れた人間に入学金や授業料免除の特典が与えられるものだ。それは桜華も他校と同じだんだけど、桜華の場合更に支援金というモノがでる」

「知っていますわ。他の学生を支援するという名目のモノですわ」

「そうだね。実際は他の生徒とは桜花メンバーを指す。で、桜花メンバーがどういう人間だかは知っているよね。レイラもそうだし」


 レイラは香織の顔を見て頷いた。特待は全員が学力優秀であるが、桜花メンバーはそうではない。


「なんとなくわかった? レイラみたいに優秀な人間につく特待Aは楽でいいと思うよ」

「そうですか」


(俺の努力もあるが、俺(レイラ)は元々記憶力いいしな)


 レイラはそっと教室の中を見た。相変わらず、亜理紗は女子生徒二人に囲まれている。


「だから、何度言ったら亜理紗様は理解してくださるのかしら?」

「本当に……」


 ポニーテールの女子生徒は亜理紗の書いている紙を人差し指で何度もさしていた。その横で二つの三つ編み眼鏡の女子生徒があざ笑うように亜理紗を見ている。亜理紗は「はい」と返事をして、紙から視線をそれさずにペンを動かしていた。


「また、そこ違いますわよ。さっきと同じ問題。教えましたよね」

「だーいじょうーぶですかぁ」


 キーキーと怒るポニーテールの女子生徒にたいして、みつ編み眼鏡の女子生徒はバカにしたように言った。

 周りに人がいないと思いっているのか彼女たちの声はどんどん大きくなっていった。


(これは見ていて気持ちがいいものじゃねぇな)


「これじゃ亜理紗もストレスたまるよな」

「……」


 笑顔の香織にレイラは目を細めた。彼女はおもむろに鞄を開けると一枚の紙を出してきた。


「なんですか?」


 レイラがそれを受け取るとじっとみた。それは中学3

 年間で習う基本問題と少し応用問題だ。


(なんだ? 俺にやれっていうのか? できなくねぇが中1になったばかりだぞ)


「どう?」

「どうってできますが……これがなんですか」

「今、亜理紗が特待Aに教えてもらっている問題かな」

「そうなんですか」

「コレは桜花会にとって癌なんだ」


 香織は教室で騒いでる特待Aの女子生徒を指さしてレイラの瞳を見つめた。キレイな顔の彼女に見られレイラは顔を赤くした。


「……」


 レイラは目を大きくして固まっていると、香織は楽しそうに笑いながらまた鞄を探っている。


「はい。これ。スペシャルアイテム」


 満面の笑みで渡してきたのは扇子(せんす)であった。レイラは思わず受け取ってしまった。が、その扇子をよく見て後悔した。


(コレ桜花会扇子だろ)


 レイラは何度も瞬きして扇子を見た。様々な角度から確認した。


「あの、この扇子は。私(わたくし)はまだそういうつもりはないですわ。それに、香織先輩の下についたとしても先輩、すぐ卒業ですわよね」


 不安に言うレイラに、香織は目を大きくして驚きたがすぐにニヤリと口角をあげた。


「大丈夫。正式には桜花会と生徒会の役員の前で渡さないと効果は発揮しないからさ。でも、威圧くらいできる」


(責任は持つから、やってみろってことかぁ)


「わかりました」


 レイラは扇子を握りしめると頭を下げた。すると満足そうに香織は笑うと「じゃ、よろしく」と言って教室の扉を勢いよく開けるとレイラを押した。

 レイラは躓きそうになりながら教室にはいった。


「誰?」


 教室に入ったとたん、黒服二人の視線が集まった。後から、亜理紗がゆっくりとレイラの方を向いた。


(こわぁ、やべって。どうすんだよ。まだ心の準備できてねぇって)


 ポニーテールの女子生徒がレイラの事を上から下まで眺めた後、口を開いた。


「白服に赤いスカーフ。桜花会の中学生ですか? 何か用ようでしょうか? 」


(あぁ、マジどうしよう。あ、そうか。レイラは悪役令嬢だ。このゲームは知らないが一般的な悪役令嬢風に行けばいいか?)


 レイラは香織にもらった扇子を広げると大きく回して口元を隠した。


「あら、先輩方でしたの。廊下まで品のない声が聞こえましたので何かと思いましたのよ」

「私たちは特待Aですの。だから桜花会でいらっしゃいます亜理紗様にお勉強を教えて差し上げているところですの」

「お勉強……?」

「そうですわ」


 レイラは彼女たちのもとに扇子をゆっくりと動かしながら歩いた。その姿に女子生徒は苦い顔をしていた。レイラは「失礼しますわ」と言って亜理紗がペンを走らせている紙をみた。

 亜理紗は目を細めて、レイラを睨みつけた。


(なんじゃこりゃ。これはひどい。これじゃ、解ける問題も解けねぇ。本当に意地悪だな)


 黒服二人はレイラが問題用紙を見るのをニヤリといやらしい笑いを浮かべて見ていた。

 レイラは大きく音を立てて扇子を閉じると黒服二人はビクリと身体を動かした。


「あら、豊川先輩ともあろう方が何も遊んでいるのですか」


 レイラはそう言って、置いてあった鉛筆を持つとサラサラと問題に書き込みをした。すると、曇っていた亜理紗の顔がパッと明るくなった。


 それを見た黒服の二人はどんどん顔色が変わっていった。

 そして、次々と問題を解いていき30分もしないうちに亜理紗が困っていた問題は全て解く事ができた。


「やっぱり、豊川先輩で素晴らしくできる方ですわよね」


 レイラは音を立てて扇子を広げると口元を覆った。


「そうよ。愛里沙にかかればこんな問題たいしたことないわ」

「では、豊川先輩この特待Aの補助は必要ありませんわね。この程度の問題を分かるように教えられないなんて戦力外ですわね」


 レイラの言葉を聞いて亜理紗は目を大きくして口を抑えた。そして、小さな声で「まさか」と言った。


 黒服二人は段々、涙目になってきた。


「え……あの、亜理紗様。私たち亜理紗様に必要ですわよね」

「そうですわ。同じクラスで亜理紗様に教えられるのは私たちだけですわ」


 必死に懇願する黒服二人からレイラはゆっくり扉の方へと視線をずらした。すると、扉のガラス部分に見覚えのある顔が映ったかと思うとノックもなくゆっくりと開いた。


「大丈夫かい。なにがあったかな」


 心配そうな顔して現れたのは香織だった。

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